第45話 有言実行!
やると言ったからには、やる。
宣言したからには、公約に嘘はつかない。
そんじゃそこらの政治家よりよっぽど信用できるのが、佐久間杏だ。
仮にアイドル総選挙があったとしたら、その誠実さだけで圧倒し、勝ち抜いてしまうだろう器である。
本当に、彼女ははぐいぐいと、押せ押せとばかりに迫ってきた。
「翔くん、お昼ご飯食べよっか?」
「あぁ、うん。じゃあ、また中庭でもいくか?」
「ううん、ここで食べるんだよ。ほら、その鞄、反対にかけ直して? 机くっつけられないよ」
そこまでやるのか、と思うが、もう机はスライドしてきている。
俺がひとまずカバンを避けると、教室後方に、二人だけの小島ができた。
そして彼女は、ふにゃっと目元を緩める。俺だけにしか向けない、信頼しきった顔だ。
「いつもありがとうね。本当に、ありがたいじゃ済ませられないくらい感謝してる」
なんの躊躇いもなく言い、渡していた赤の弁当包みを解いていった。
あれは、湊川家で購入したものだ。
対になる青色のものは今、俺の鞄に入っている。
全く同じ犬のロゴが入っていて、それがセットなのは丸わかりだ。
「今度、私も作ってくるね、お弁当。ひっそり練習してるんだ〜」
「……楽しみだけど、怪我はすんなよ? ラー油と見せかけて、血でした、みたいなのはやめろよ」
「むぅ、ありえないしっ! 前のはトマトだし!」
周りの目を気にしたくなるところだったが、そう、ここはぐっと堪えて、あたかも自然に振る舞う。
下手なことをすれば、より目立ってしまう。
同時に弁当の蓋を開けることとなる。
当然、中身は、なにからなにまで一緒だった。俺がそう詰めたのだから、間違いない。
きんぴらごぼう、ちくキュウ、オクラの煮浸しという、若干渋めなメンツがお出迎えしてくれる。
学生のお弁当らしいのは、かつおが香る関西風だし巻き卵と、冷食の肉団子くらいか。
…………所帯じみている、我ながら。
一人暮らしなんだけどな、一応。
しかし、そんな地味なお弁当へ日本一華やかだろうJK、佐久間さんはスマホのカメラを構える。
くくっとピンチして、おかずたちをズームする。
ま、まさか、このザ地味弁当をインスタにでもあげるつもりか!?
いつの間にそんなに使いこなせるようになったのだろう。この間まで、連絡先交換すら危うかったのに。
「い、いや、これはSNSには向かないと思うな、うん。アップするなら、もっと華やかなものを作るけど……」
「あげないよー、SNSなんか。
そもそも、私そういうの絶対見ないしやらないようにしてるからね」
「え、そうなの?」
「事務所の方針でもあったしさ♪ 家のPCでもエゴサ厳禁だったんだ」
彼女はピントを合わせるのに苦心しながら、無頓着そうに言う。
なるほど、それは実に賢い。事務所、グッジョブだ。さすが、一流アイドルを抱えているだけある。
「って、じゃあなに用の写真だよ」
「これは私の個人的な趣味ってだけ〜。翔くんとお喋りできなかった三日間で始めたんだ。
これを見るだけで、いつでも翔くんのあったかさを感じられるじゃない?」
彼女は写真をスクロールして見せてくれる。が、すぐ一番上に達してしまった。
そもそも数える程度しか撮影されていない。
そして、そこに保存されていたのは、俺の弁当、俺と見て買った家電、それからたぶん俺のために練習したのだろう料理(残骸に見えたが、そこは指摘しない)だけだ。
「あ、これね、翔くんと一緒にお買い物行った時のオムライス〜!」
孫を溺愛するおばあちゃんの簡単スマホかよ……!
唯一違うとすれば、俺本人の写真がないことだろうか。
こうも周縁のものばかり、収められているのも、身体の輪郭をそっと撫でられているみたいに、こそばゆい。
「俺、写ろうか」
それは落とすつもりのなかった言葉だった。
なのに、うっかり言ってしまった。もう喉元には帰ってきてくれない。
「ほんと!? やった〜、待ち受けにする!! やり方わかんないけど……」
「それくらい、俺がやるよ」
一度言ったものを撤回させてくれるほど、彼女は甘くない。
そう、佐久間杏は公明正大なのだ。
地味弁当をいったん脇に置いて、即席の写真撮影が行われる。
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