第46話 一緒に写真を。
「もうちょっと、右肩上げて? そう、それで、にこって」
「こ、こうか?」
「えーっとね、もうちょっと。……あ、そうだ、好きなもの。じゃあ美味しい煎茶のこと思い浮かべてみて?」
俺の頭に真っ先に浮かび上がったのは、八女茶。
福岡県のブランド茶で、ふくよかな甘さがあって、そのライトグリーンな色も心を落ち着けてくれてーー
「翔くん、その腑抜け顔はだめ!」
「……そんな顔してたのか、俺。お茶の効果絶大だな、飲んでもないのに。カテキンすごい」
「今、カテキンの効果はいいのー。
もうちょっとこう、きりっと爽やかに微笑む感じだよ。
恋愛ドラマのエンディングで、俳優さんが女優さんの手を、控えめに引くときみたいに。10話中の3話めくらいの感じね」
要求が細かい! 素人に要求するレベルじゃないっての。テイク何回めですか、これ。
というか、それ以前に言わせて欲しい。
「こんな証明写真みたいな撮り方する必要ある……?」
わざわざ、俺は窓際に座らされていた。
背景はカーテンで真っ白にして、背をピンと伸ばして自然な笑み。こんな写真、高校受験の時以来だ。
「えっ、なんか違うかな? ズレてる、私?」
うん、と頷いてやる。角度にしたら120度は違う。
「もう俺が撮るよ。二人で写ればいいんじゃないか?」
「あっ、それだよ、それ! そっか、翔くんだけを写さなくてもよかったんだ。ふふん、じゃあやっぱり二人だね〜♪」
俺とて慣れているわけではないが、佐久間さんよりはマシだ。一応、スマホと共に青春時代を四年間送ってきているのだ。
スマホをインカメにして、見切れないようにだけ簡単に角度を調整する。
もうちょっと寄ってくれ。
普通ならば、そんなやり取りがあるのだが、初めからほとんどゼロ距離だ。
すぐそこに女の子の、脳髄を痺れさせるような匂いがする。
俺は理性をフルで駆り出して、シャッターを一回だけ押した。
「見せて、見せて!」
犬のしっぽが見えるくらいの、食いつき方だった。
佐久間さんは俺の横へと回ってくる。その黒く美しい瞳には、きらきら星が宿されていた。
スマホを彼女の前に差し出してやると、おー、と新鮮な反応をする。
一般的な女子高生の反応ではない。彼女らなら、リテイクを求められているかもしれない。やや、ぶれてしまっていた。
……たぶん、俺の動揺のせいで。
それでも、彼女は感心しきりである。
写真を知らない人と話しているような気分だった。
あ、これあれだ。
たぶん、異世界転生した漫画の主人公と同じ気分だ、これ。
「撮れてるね。ばっちり撮れてる! 翔くん、撮るのうまいね? わぁ、えへへ! 嬉しいがすぎるよ」
「……それってどれくらい?」
「お弁当二個食べられるくらい!」
「いや、俺の弁当は、俺のものだからな?」
やっと即席撮影会が終わり、俺たちはランチに戻ることにする。
正常な違和感センサーを取り戻したのは、ようやっとそこだった。
ここ、教室だったわ⭐︎
暗示の魔法が弾けたみたいに、俺は唐突に全てを理解する。
そして恥ずかしさは、身体中の毛を立たせながら、俺の体を硬直させた。
佐久間さんは、とぼけ顔で首を捻り、頭の上に、はてなマークを浮かべて俺を見る。
強心臓がすぎないか、君?
「…………すげぇな、お前ら」
ずっと一連のやり取りが終わるのを待っていたらしい。
陸奥が言葉通りの感心半分、残りは呆れ半分だろう、一歩後ずさる。
クラスメイト全員が、俺たちを遠巻きに白い目で見ていた。幸いなのは、同じ弁当だとは気付かれなかったらしいことか。
「えっと、悪い、陸奥。なんか用事だったか?」
「いや、用事はあったんだけどよ。お前らのミラクルワールド見せられたら、すまん、飛んだ。
全部飛んだ。全部、彼方へハラウェイした」
「…………帰ってきそうか?」
「いや、帰ってこないわ、これは。あまりにも衝撃的すぎた」
また思い出したら来るわ、と。
記憶の飛んだらしい親友は、そのまま後退りして、自席へと帰っていく。
たしかに、彼女がいる日々を普通にしていこうという話だったけども。
これは、明らかに域を超えてしまっていた。
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