第47話 私と私どっちがいい?
♢
続編を一生やり続ける少年誌みたいだった。
攻撃態勢を取り続ける佐久間さんは、続々と俺に襲いかかってくる。
世の中のツンデレだとか、クーデレだとかいう属性には、全然はまらない。
かといって、デレデレかと言うと、それも微妙なところ。
造語を作り出すなら、ストデレ。
デレているつもりのない、真っ向ストレートデレだ。
それは、とにかく場所を問わない。
最寄り駅のそば、スーパーまでやってきても、同じことだった。
放課後すぐに来たものだから、ラッシュにも、セールにも少し早い。
まばらな人出をいいことに、いや、たぶんそんな状況は関係なく、
「やった、リベンジだ♪ 翔くんとお買い物〜♪ 私、多幸ものだ!」
なんてことを、一切の恥じらいなく言うのだから。
カゴを手首のスナップでくるくると回して、その気分はかなりいいらしい。
さっきから、ずっとエビス顔だ。お賽銭を入れたくなるくらい、見事に幸せそうである。
隣を、小学生の女の子が同じようにカゴを振り回しながら駆け抜けていっても、彼女は気にしない。
後ろから見ていた俺には、あの子がそのまま大きくなったのが佐久間さんかのように見えた。
精神年齢、完全一致。五か、六くらいだろうか。
呆れを通り越して、力なく笑うほかない。
そんな俺の顔を、その美少女がくるんと振り返って覗いた。
絹みたいな髪がふわり浮いて、元の位置へ戻る。
どくんと胸の鼓動が跳ねた。なに、このPVみたいなワンシーンは。
海岸線をバックにしていたら、間違いなく、それだけで惚れていたな、うん。
生鮮食品コーナーでよかった。
スーパーでしか耳にしない謎のテーマソングが流れている、アンニュイ不思議空間でホント良かった。
「それで、湊川シェフ! 今日はどんなやつを作るの?」
腰を折り、踊るかのように彼女はバックステップをとる。
「んー……。春キャベツが余ってるから、腐らせる前にどうにかしちゃいたいな」
「ふむふむ、……わかんない! キャベツわかんない。
私の中のキャベツ、ロールキャベツだけしか出てこないかも」
「ごめん。もうざく切りにしちゃったから、それはできないな」
「うーん、じゃあ…………」
彼女はつと、その美しい顎を上向けて上目に考える。
結局浮かばなかったようで二人、陳列棚を細かくチェックしていくこととなった。
大豆もやしと、緑豆もやしを見比べる美少女女子高生。
まだ溶け込めてはいないが、これもいずれお馴染みの光景になるはずだ。
トンカツか、野菜炒めか。
少しの議論の末、野菜炒めに決まって、俺たちは次のコーナーへと移る。
「これはマストでしょ、あとこれも! ね、翔くんは欲しいものないのー。お姉さんがなんでも買って進ぜよう!」
「……別にいいのに。しいていうなら干し梅、とか?」
「渋っ! やっぱり渋っ! 翔くん、おじいちゃん!」
お菓子コーナーだ。
俺は別に、買うものなどなかったのだけれど……
彼女は、こだわりたっぷりだ。
ポテトチップスを選んだと思ったら、今度はおせんべい。
彼女は、塩味の揚げ餅と、ゆず味噌味のお煎餅を持って、交互に見比べる。
両手でそれぞれ掴んだので、二つとも買うのかと思ったら、
「翔くんはどっちがいいと思う?」
と尋ねてくる。俺が単純に気分で選ぼうとしていたら、
「ちなみに、どっちを選んでも、それぞれ特典がついてきますっ」
「なにそれ、ハッピーセットみたいな?」
「ふふん。私特製のハッピーセットだよ〜! えへへ。まず、こっちの揚げ餅はーーーー」
と、彼女は右手を持ち上げて猫の手。
とぅるるるぅ〜、と全力の巻き舌で、ドラムロールをやってみせる。
巻き込むように菓子袋を持って、ゆらゆら揺らした。
「じゃん! こっち選んだ君には、この揚げ餅と、なんと私の右手がついてきます。ぎゅってできるよ。お得だって思わない?」
いやいや、一般市場なら間違いなく、佐久間さんの右手に握ってもらえる方が価値高いけどね?
お得すぎて、びびる。タイムセールでもありえない特売だ。
「なぁ。ちなみに、何分くらいなんだ?」
「何分でもいいよー、翔くんの望むまま!」
……よかった。三十分とか言われたら、心臓が飛び出てしまう。
「でもでも、まだ決めるのは早いよー。左のほうがいい特典かもしれないからねっ」
……まぁもう、左の特典は分かりきってるようなものだけどなぁ。
「味噌煎餅には、私の左手が……と見せかけて、両腕がついてきます!」
「なっ、外した……!?」
「予想の上を行ったりします、私は!」
うん、まったくだ。いつも、一歩先を行かれている気がする。
でも置いていかないで、いちいち俺を気にかけて振り返ってくれている。
ある意味、導いてもらっているのかもしれない。
「えっと、じゃあとりあえず、塩煎餅の方で頼む」
「むぅ、翔くんは私の両手ほしくないの?」
子犬が餌をねだるみたいに、きゅるんとした目で尋ねられて、俺は首を20度ほどずらす。
「…………ノーコメントで頼むよ」
嫌だった、というより、怖かった。
だって可愛いが上限を超えているのだ、彼女は。
スーパーで両腕掴まれて密着されちゃうと、男子としては色々ときつい。
「というか、味噌の方がいいならそうしたら?」
「…………ばれちゃったか。これならさ、渋いもの好きな翔くんも食べてくれるかなって思ってさ」
「……そういうこと。じゃあ、俺も食べるよ」
「うん、二人でシェアだね。ありがとう〜! そうするねっ」
そう言うついで、彼女は右手で俺の左手を掬ってくる。
どっちの特典でも、大して変わらなかったかもしれない。
結局、落ち着けるわけがない。
ドキドキとして、そこからの買い物は気が削がれてしまった。
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