第4話 アイドルちゃんとクラス委員をやることになる。


まさしく、春一番だった。


新クラスに激震をもたらした、転校生兼アイドル・佐久間杏の自己紹介が終わり、迎えた一限目。


さぞ、ロングホームルームも盛り上がるのだろうと思えば、打って変わって、教室内はしんとしていた。


さながら、さざ波一つ立たない夜の湖面だ。


さっきまでの盛り上がり、ちゃんとキープしてこいよ! と突っ込みたくなる。


「クラス委員長、立候補したい人いないの〜? 誰か〜」


理由は、毎年恒例のコレである。


いくらクラスにアイドルが転入してきたからって、急に豹変する若狭先生が怖いからって、このイベントばかりはどういうわけか立候補者が現れない。


いつもは姦しくお喋りしている女子まで、だんまりを決めて辺りをキョロキョロ見回し牽制しあうのだ。


「委員長と副委員長になったら、隣同士の席になれるよ〜」


子どもみたいな猫撫で声で先生は誘うが、高校生にもなれば、誰もこんな大きすぎる釣り針には掛からない。


普段は公然といちゃつくリア充たちも、素知らぬふりである。



……デメリットが多すぎるんだよなぁ、委員長って。


とくにうちの高校は、大変な方だと思う。


去年一年間の経験があるので分かるが、クラスのまとめ役、先生の雑用、委員会出席など、とにかく仕事が多い。



やってくれよ、お前しかいないだろ、とでも言いたげな視線が俺によこされるのは、ひしひしと感じていた。


先生さえも、ちらちら俺と、それから去年一緒に委員をやった比嘉さんを懇願するように見る。


ふと目があって、俺と彼女は苦笑いしあった。

彼女の淡くカールした茶色いポニーテールが、ふわっとその背中で揺れる。

ちらりと見えた柔らかい表情が、彼女の魅力だ。

目下のホクロがまた、なにとはなく、いい。


俺は、基本的に物を断れない。よっぽどでなければ、断らないようにもしている。


それは小学校の卒業式の日、そう、佐久間さんへの告白に失敗したあの日に原因があるのだけど――――今思い返しても仕方がない。


……なんにせよ、もう受けるしかなさそうだった。

外堀も内堀も、すっかり埋まっているのだし。


俺は、無言で手を挙げる。


同志たる比嘉さんも少し遅れて手を挙げてくれたのだが……


「あら、女子の委員は二人も立候補してくれるんだ! 先生、嬉しいよ〜」


新しくやってきた女神さまの手も、ぴんと上がっていた。

佐久間さんは、席替えが決まるまでの措置として、前方の空いていた席に座らされていた。

ここからでは表情は窺い知れない。


アイドルさまと隣の席になれる、滅多にないチャンスである。

これで男子たちも立候補に走るかと思ったのだが……、それは起こらなかった。


「どうせ、湊川にぞっこんだしなぁ。どうせ立候補したのも、あいつが手をあげたからだろ、どうせ」

「戦略的撤退だな、これは……。どうせだめだ」


ひそひそと、どうせ、どうせと繰り返される。

ぞっこん、って言うけれど、俺本人さえその理由が分かってないんだけどね……?


「じゃあ、お二人さん! 立候補への熱い思いを語ってくれるかな。いわば、選挙演説〜!」


機嫌のよくなったらしい若狭先生。

彼女は途端に明るい声になりでそう宣言して、突然のアピールタイムが予告される。


俺と似て、比嘉さんは空気を読む側の人間だ。

うなじのあたりを小指の先でかきながらも、恥ずかしそうに席を立って、


「えっと、うちは去年も委員をやったから……その、今年もやってもえぇかなって思って」


これだけ言い残して座る。


まぁ消極的な理由である以上、仕方がない。クラスメイトの大半が同情の目を向ける中、ターンは佐久間さんへと移った。


席を立ち、後ろを振り返って胸に手を当てる。

指がむにゅっと沈み込んでいたことは、誰も言葉にはしないが、男子は全員、気づいていただろう。

こうしてよく見れば、その旨は制服の内側では窮屈そうなほど、たわわに実っている。


が、そんな邪な目にかかわらず、彼女は清らかな声で言う。


「私は、絶対にクラス委員になりたいです。なぜなら、私はこれまで諸事情であまり学校にも通えず、こういった役割とも縁遠い人間でした。せっかく新しく転校してきたこともあります。ここで新しいことに挑戦したいんです」


これがアイドルの影響力なのか、と感服してしまった。


言葉自体は、月並みな言葉だ。だというのに、どこか感じさせるものがある。

ついつい、応援したくさせる。


「クラスのみんなに支えて貰いながらになるかもしれませんが、ぜひ、どうかよろしくお願い申し上げます」


彼女が頭を下げると、自然、拍手が沸き起こった。男どもに至っては指笛まで吹いて、まるでライブ会場みたいな光景だ。

結果は火を見るよりも明らかで、多数決もとっていないのに満場一致、佐久間さんに決まった。


「じゃあ二人とも、クラス委員よろしくね〜」


先生に促され、俺も立ちあがる。

今度は、熱狂感のない形ばかりの拍手がぱらぱらと起こった。


まぁこの差ばかりはしょうがない。

なんたって、相手はアイドル様なのだから。


俺は教室の端と端に離れていた佐久間さんに目を向ける。すると彼女は、ぱちんと片目を瞑ってウインクをくれた。

席移動が始まる。


クラス委員二人の席は、隣同士かつ、全体を見渡せるようにということで、教室後方の窓際と決まっていた。


佐久間さんが窓際で、俺はその隣である。


こちらへとニコニコの笑顔を称えて歩いてくる彼女を見つつ、今行くからね! という会見終わりの一言が、鮮明に蘇る。


だって、本当に自分の元へ来るだなんて誰が思うだろうか。

昨日、日本中の人が、俺が私が、と取り合っていた彼女の隣という特等席。


「よし、っと。隣の席もらえた! じゃあ翔くん、これからよろしくね」


そこに、なぜか俺がいた。

四年の時を経て、本当に彼女は目の前に帰ってきた。


「なんかこの景色懐かしいね。なんだか小学校に戻ってきたみたいだ」

「……そんなに幼く見えるか、俺」


ぶっきらぼうになりつつも、どうにか会話に応じる。


「まぁたしかに、童顔だとは思うけどね」

「いきなり、それ言うか……? ちょっと気にしてるんだよ、これでも」

「えへへ、いいじゃんか。会ってないうちに、めっちゃ渋い顔になられてたら分かんなかったかもしれないしさ」


首を傾げて、彼女はこちらを覗き込む。


そして、テレビのクールな印象とは違う。言ってしまうならば昔と同じような、可愛らしい笑みがそこには咲いていた。


「ねぇ、どっちが委員長やろっか?」


おかしなことが起きている。そのはずだ。

けれど、それがさも当然かのように、彼女の振る舞いは変わらない。


「……俺がやるよ。去年もやってたからさ」

「そっか、じゃあ私が副委員長だね。協力しあおうね?」


わけがわからない。


ただ一つ分かっているのは、春だということ。

いつかなくしたはずの春が返ってきたのだ。


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