第28話 美少女アイドルちゃんはお金に糸目をつけない



普通の高校生だとついさっき言ったのに、寝具屋に入るや、


「ついでだから、翔くんのも買い換える? 私、お金出すよ。いくらでも使えるからねぇ」


なんて、超ブルジョワ発言が飛び出て、俺はちょっとくらっときた。

やっぱり稼いでいらっしゃったアイドル様だ。その金銭感覚は現在調整中らしい。


黒いデビットカードをちらつかせ、鼻高々といったご様子だった。


たしかに俺の家のマットレスは大したものじゃないが、別にへたってもいない。

使えるものは最後まで使う主義だし、貰うには金額が大きすぎる。


どうにか固辞すると、やっと自分用のベッドを吟味しはじめてくれた。


こだわりは、シングルベッドだと言うが、その理由は一人で使うからではないようで、


「翔くんと二人で寝ても、この幅なら、君を近くに感じられるもん。だからセミダブルよりシングルだね」

「なんで俺も一緒に寝る前提なの……?」

「ふふっ、どきっとしてくれた?」


するに決まっている。

前に一度ベッドに忍び込まれたけれど、それは知らないうちにだった。


直接口にされるのは、別枠だ。


「そういうわけだからさ、……行こ?」


そう言うと彼女は、俺の袖口をちょっと掴む。うるんと光を弛ませた瞳で、お試し用のベッドを指差す。


「えぇっと、佐久間さ。落ち着こう、ここ、ショッピングモールだから! こんなところで一緒に寝るのはちょっと」

「ん? それくらい分かってるよ? 単純に、翔くんも私も気にいるベッドがいいなぁと思ってさ♪」

「………ごめん、一回俺を殴ってもらっていい?」

「えぇ、やだよ!? どうしたの急に!?」


どうもこうも、自分のたくましい妄想に嫌気がさしただけだ。

一発殴られて、目を覚ましたい。のだが、彼女はそうドメスティックでもない。


一緒になって、ベッドの固さやら、質感やらを試していく。

彼女がそのうちの一つに、ころんと仰向けに転がり


「うーん、もう少し固めの方がいいかなぁ。翔くんはどう思った〜?」


なんて目を瞑っていた時には、店内の空気がざわついた気がした。


ズボンスタイルだとはいえ、足元から見れば、そこに広がるのは、やや内股になり、恥じらうような姿の美少女。

うん、アニメのアイキャッチみたいな光景である。


俺はもはやSPになりかわり、こちらをちらちら「気にしてないですよ〜」みたいなそぶりをしつつもガン見してくる紳士たち、いや変態どもを牽制する。


「翔くん?」


と、彼女はやっと身体を起こしてくれたらしい。

けれど、状況はとんと理解していないようだ。


俺は背中の方を向きながら、眼鏡っ子に扮した彼女に、ため息混じりに言う。


「佐久間さんはもう少し自分の魅力を知った方がいいよ」

「……私、ちゃんと魅力あるかな?」

「いまさらそこに不安になるのかよ。塊だよ、塊」

「そうかな? 翔くんにとっても、そうならいいなぁ」


佐久間さんのアピールとやらは、場所時間を問わず発動できるらしい。

チートすぎて敵わない。


「……俺にとっても十分そうだよ」


そう言いはしたが、自分でもかなりくぐもってしまったと思うから、彼女に聞こえたかどうか。


結局むず痒くなって、俺は後頭部をかいた。それでも落ち着かず、こんな時の秘密兵器、スマホを取り出す。


ここ最近、クラスメイトらによる大量の問い合わせも、ひと段落してくれていた。


通知は一件のみ、陸奥からだった。


『グリーンカレーって辛くね? ビビったぜ』などという、心底どうでもいいメッセージだったが、『暇すぎん?』なんて、くだらない返信をする。


彼には、佐久間さんの許可も得た上で、同じアパートに住んでいることは伝えていた。


今日買い物は出ていることも承知しているはずだが、よっぽど時間を持て余しているらしい。


「む、デート中に他人とメッセージなんかしちゃうんだ、翔くんは」


いつのまにか靴を履き終えたらしい佐久間さんが、それを肩口から覗いてきていた。


なんのやましいこともないのに、ほとんど手癖的に、画面を閉じてしまう。


「……か、隠した!? まさか女の子と? もしかして、あの比嘉さんって子と……?」

「違う違う、陸奥だよ。あのお調子者とだよ」

「じゃあなんで閉じたのさ〜」


ぷくっと頬を膨らませる佐久間さん。


怒っているんだよな……?


正直リスみたいで可愛いだけ、撫でてやりたくなってしまうだけだが、どうにか堪える。


ほら、と画面を開いて証拠を見せてやったが、どちらにしても不満らしい。


俺の顔を包むように、両手が伸びてくる。ぐいっと方向を変えさせられた。


「別に誰とメッセージしててもいいんだけどさ……。デート中なんだし、今くらい、私だけを見ててよ」

「わ、わ、分かったから!」

「ほんとかなぁ……。スマホはやだよ? せっかく空いてる翔くんの手が埋まっちゃう。もったいないもん」

「ほんとだから! もう触らないし。とりあえずベッド見よう、な? な?」


世間一般の眼鏡っ子には、ない概念かもしれない。

ありえないくらい、ぐいぐいくる。


控えめな図書委員キャラとは正反対だ。


俺が必死でなだめると、やっと納得してくれた。


……とまぁ、そんなハプニングもあったが、とにもかくにも、購入を終える。


かなり高いやつだったと思う。それこそ、プロのスポーツ選手が使うような。


怖いのでよく見ていないが、二桁万円は軽く超えていた。

そんなものをカード一枚で決済してしまうのだから、口座残高もかなりのものなのだろう。


資金力を持ったJK、この世に敵なし、なのもしれない。

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