第29話 美少女アイドルちゃんは、二人の時間を邪魔されたくない
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ショッピングモールに来たとなれば、迷うのはやっぱり昼ごはんだ。
テナントごとに分かれたレストランフロアもあれば、フードコートのように色んなものが集まった場所もある。
とりあえず俺たちは、レストランフロアを見て回っていた。
「うーん、なんの気分かなっ。なんか、気分の上がる奴がいいよね、せっかくのデートだし♪」
「気分の下がるご飯とかあるのかよ」
「ゴーヤ、きのこ、アボガド、ぶなしめじ!」
「単に嫌いなもの聞いたわけじゃないんだけどなぁ。まぁ、じゃあそれは避けようか」
「うんうん。あっ、そうだ。ここは私に奢らせてね?」
何円でも払っちゃいます! と、ブルジョワは健在だ。
「いやぁ、まだ料理うまくなってないし、いつも作って貰っちゃってるから、これくらいわねー」
「……えっと、いいの? でも、いつも材料費はほとんど貰っちゃってるよ」」
彼女がやってきたあの日から、俺たちは朝、夜はほとんど共にしている。
余裕がある時はほとんど弁当も作っているので、もはや三食同じだ。
それはほっとけば、カップ麺やらで済ませてしまう彼女が心配なのもあったし、
単に二人分の食費の方が安く上がるというのもあった。
料理って、一人暮らしには向いてないんだよなぁ、とにかく材料が余るし。
弁当に使い回すにしても、一人ではなく二人分というのは助かる。
「手間がかかってるでしょ? そのささやかなお礼だよ。お。ねぇ、あれとかどうかな?」
彼女が指差した店のは、到底「ささやか」ではない。
黒と白のモノトーン配色で作られたそのお店は、見るからに高級そうな焼肉店だ。
とはいえ、ランチタイム価格という可能性もある。
ちらっと怖気付きながらも値段表を見てみれば、「五千円〜」との記載だ。
「〜」っていうのが恐ろしい。青天井ですか、ソシャゲのガチャですか?
「うん、ここにしよっか? お肉っていうのもいいよねっ」
な、なんと頼もしい。そして自分が小さく思えてくる。
「えっと、さすがにここは……」
「そっかー、じゃあ別のところだね」
そんな会話とともに俺たちが店前を離れようとすれば、中から出てきた店員さんが俺に言う。
「どうですか、彼氏さん。とっても綺麗な彼女さんとちょっとリッチなランチは」
「……えっと」
彼女でもないし、奮発しようと息巻いてるのは俺じゃない。
「当店のお肉は最高級のランクでして、もちろんろ国産、さらにはA5ランクもございますしーーーー」
一方的に勧誘してくるタイプの店員さんらしかった。
店の雰囲気を鑑みれば、むしろマイナスになりそうなくらい、のべつ幕なしだ。
……こういうの、買わない(買えないとも言う)までも最後まで聞いちゃうんだよなぁ。
断れない性格ゆえ、店に入れないとなんだか申し訳ない気持ちにもなる。
が、
「もう結構ですよ。ありがとうございます、また別の機会にきますね」
今日は俺一人ではなかった。
佐久間さんは、鉄壁の笑顔を作ってその店員に突きつける。
その顔も、とても美しく綺麗だった。
けれど、作っているということは、すぐに分かる。どちらかといえば、アイドル・佐久杏子の顔だ。
ぽやっと木漏れ日のような笑顔ではなく、涼やかな氷の微笑み。
眼鏡をかけていても、その迫力は落ちないらしい。
最後はペコペコ頭を下げながら、店員さんは店の中へと戻っていった。
一連の流れを見届けて、俺はその場に立ちどまってしまう。
「さ、行こっか? 翔くん」
肩を俺の方へ軽く当てて、佐久間さんは腕を引いて先に行こうとする。
……なんというか、格好いいなと思った。
余計なものを余計と言える強さだ。
アイドルだから当然なのかもしれないけれど、俺に欠けているものを彼女は持っている。
「気に病むことないよ、迷惑だもん、あぁいうの。客引きと変わんないじゃん?」
「……ありがとう、佐久間さん」
「どーいたしまして!
……って、ちょっと偉そうに言ってみたんだけど。翔くんと二人の時間だからさ、あんまり邪魔されたくなかったって言うのが一番かも。えへへ」
格好いい、と可愛いの切り替えスイッチが柔軟すぎて怖いんだが!?
「あ、ねぇねぇ、海鮮とかもありだよね」
再度、俺たちは数多ある店を見て回る。そうして結果的に落ち着いたのは、
「遠慮したわけじゃないなら、いいけどさぁ」
「そうじゃないよ、別に。アンパイって奴?」
フードコートだった。
ちょうどいい値段帯のご飯が、ずらりと並んでいて、各々の自由も効く。
レストランフロアのご飯は、どれも立派で、俺にしてみればどれも敷居が高く見えた。
「せっかく翔くんにいいところ見せようと思ったのに〜」
「いいところ、って?」
「私の彼氏になったら、ヒモになれます! 貯蓄もたくさんあるので!」
なに言ってるの、この人。
「……ヒモになりたい願望はないよ、別に」
「ちぇー、そっかぁ」
そこはむしろ、一応働くという意欲を褒めてほしい。
「……まぁ、いいんじゃないの、フードコート。高校生のうちは、これくらいが普通だって」
「えっ! ……これ、普通のデート?」
「そうだな、高校生らしい普通のデートだと思うよ。値段も相応だし、肩肘張らない感じも相応じゃないかな」
実際、客席をよく見て回れば、何人も同じ学校の奴がいるだろう。
あえて探すような趣味はないが、リア充たちはいつもその辺にありふれている。
「そっか、普通のデート! うん、がぜん盛り上がってきたよ、私!」
普通の、と言うワードが佐久間さんの心を盛り上げたらしい。
俺たちはその普通に倣って、フードコートをくるりと一周する。
別々のメニューでもいいね、なんて話していたのに、その末に立ち止まったのは、全く同じオムライスだった。
列に並ぶ間、佐久間さんが問う。
「翔くんはなんでオムライスにしたの?」
「……なんとなくだけど、昨日は三食とも和食だったし」
「あははっ、全く同じ理由だ。金曜日の学食とかもラーメンだったもんねぇ。洋食を欲してたんだよ、私たち」
一呼吸おいて、
「なんか通じ合ってるみたいで嬉しいかも」
と、佐久間さんは首を下げて笑いこぼす。
ロマンチック風に言うけれど、個人的にはそうではないと思っていた。
「同じ食生活をしているんだから、別に奇跡とか運命じゃないんじゃ?」
「ふふっ逆に考えるんだよ、翔くん。
奇跡とか運命に頼らなくても、通じ合えちゃったんだ。そう考えたら、素敵でしょ?」
また格好いいモードきてない? 今日ちょっと移り変わり激しくない?
「トッピングは、チーズ三倍濃厚ダレとデミグラスのあいがけかな! さらに、トンカツどん!」
「……俺はシンプルなままでいいかな」
「遠慮しちゃだめだよ?」
してない、本当にしてない。
ただ佐久間さんが、味の濃いものが好きなだけだ。
「というか、カロリーのことはいいのかよ。全部乗せたら、菓子パンなんか簡単に超えていくんじゃ……?」
「食べた満足感があるならセーフなんだよ! 菓子パンで埋めるには、一日の上限目安カロリーが低すぎるからね。感覚的に勿体無いじゃん?」
なにその、謎理論。妙に説得力を伴っているのは、彼女の演技力ゆえか、本気(マジ)ゆえか。
菓子パンではなく、一日の上限目安カロリーの方に文句をつけるあたりが、彼女らしい。
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