第27話 美少女アイドルと休日お忍びデートさせられた話

とまぁ、これくらいでは語り尽くせない。


そこれまでの生活を思うと、天と地ほどに差があるドタバタぶりだったのだが……。


それでも、数をこなせば慣れてくる。人間の体の神秘かもしれない。


ーーそうして迎えた二度目の休日、日曜日。


俺たちは隣人同士、連れ立って、買い物に出てきていた。


目的は、佐久間さんの家の家具だ。


一度部屋の内装を見せてもらったら、ほとんど、がらんどう。布団以外にはなにもないような状態だった。


洗濯機や冷蔵庫の設置は先週末に終えたが、まだそれだけ。


話を聞くと、徐々に揃えていくつもりだったらしい。アパートへ転がり込んできたのは、本当に着の身着のままだったという。


「嬉しいな、二人で買い物、嬉しいな♪」


五七五のリズムで今にスキップしそうに、佐久間さんは大きく手を振って歩く。


パンツスタイルだった。

スニーカーのうえ、健康的に細く透明感のある足首をアクセントにした、カーキのズボン。


上は、白シャツだが、ただものではない。袖に網目の入った、着こなす難易度の高そうな一着だった。


「ん、私の服見てくれてる? どー、こんな姿もできますってアピールのつもりだったんだけど」


俺の前へ躍り出て、くるんとひとつ回転。手首を猫の手にして袖をつまみ、両手を上げて見せる。


そろそろ旬の終わる桜に代わって、花が咲いた。

そんな印象だ。華やかさもありながら、締めるところは締まっていて、格好良くもある。


すらりと長い足が、さらに際立っていた。そこらのティーンモデルより、よっぽど着こなせている。


「よく似合ってるよ。でもちょっと、回られると恥ずかしいかも」


ここは最寄り駅から少し先、ターミナル駅近くの小道だ。

あえてわざわざ人通りの少ないルートを選んだが、何人かの通行人はいて、彼らはこちらを物珍しそうに見る。


佐久間さんは遅れてそれに気付き、ぱっぱと膨らんだシャツを抑える。


一瞬恥ずかしそうにしていたが、


「君のためのデートコーデだよ。デート!」


機嫌のいい証拠だろう。

またすぐに元の調子を取り戻して、何度も「デート」と歌うように繰り返した。


「ただのお買い物、って話じゃなかったっけ……?」

「男の子とお出かけするんだもん。初めてだよ、私にとっては立派な初デートだよ。えへへ、君と以外は考えられなかったから嬉しいんだ♪」


両手でバランを取りながら縁石の上を伝い歩く。降りるときには、よっと軽やかに跳んで、俺の方を見た。


そこまで嬉しそうにされると、もうデートでもいい気がしてくるから変だ。


……というか、恥ずかしいから認めたくないだけで、これはどう考えてもデートだ。


俺だって、これでもきちんとした服を着てきた方だった。

知識がないなりに時間はかけてネットを駆使してサンプルを探し、苦心はしたのだ。


「翔くんの服もデートにぴったりじゃん。シンプルなシャツとデニム。杏はとっても好きです! 百点!」


そして、真正面からストレートの褒め言葉を食らう。

こればかりは、慣れるようなものじゃない。


「超フツーだよ、別に」

「えー。なんか高校生は髑髏マークの服着てるくらいが普通だ、ってウェブサイトに書いてあったよ」


なんつー怪情報だ、それ。


髑髏だとか龍だとかは、せいぜい中学生までだろう。

というか同じサイトばかり見て、知識偏ってない?


「ね、それで私は何点かな。せっかく髪も短くしたし、ちょっとボーイッシュに仕上げて見たんだけど」

「二十点」

「なななな、なんでぇっ!!?」


がーん、と効果音が聞こえてきそうな声で、彼女は顎をぱくぱくさせる。


理由なく、Sっけを発動したわけじゃない。俺は声を潜めて、言う。


「バレないのかよ、その格好。なんというか、一応いつもより周りに人が多いわけだしさ。気を配った方がいいんじゃないか」

「……あー、そういうこと。なら、眼鏡もかけちゃうね」


これで、どうかな? と再び彼女は俺の前へ。


モデルがアイドル様なのだから、やっている場所が道端なのを除けば、ファッションショーかなにかみたいだ。


何度か、微調整をしてくれる。


その度に何度も見させられたのだが、そうなりはと、これでバレないのか、やっぱりアイドル・佐久杏子を隠し切れていないのか、だんだん分からなくなってくる。


そういう意味じゃあ、海の匂いと同じだ。


「もう翔くんから見て可愛いならOKってことにしたいんだけど、どうかな?」

「……じゃあ満点だよ」

「やった〜、えへへ、眼鏡っ子好きなの? これからは常備しようかなぁ」


別に、眼鏡に対してのこだわりはそれほどない。眼鏡キャラが眼鏡外したら美少女、なんて展開にも怒らないよ?


そういうことじゃなくて、可愛いという審査項目なら、最初から満点だ。

ただ、口にするには俺があまりにウブだったけれど。




大型のショッピングモールは、ターミナル駅のすぐそばにあった。

休日の昼前だ。大勢の買い物客でごった返す、エントランス前に着く。


すると彼女は少しだけ前髪を重くして、俺の腕に絡みついてきた。


反射的に俺が避けようとするとグイッと引き寄せる。言うには、


「こうしてていいかな……?」


と。


眼鏡の上から俺の顔をのぞく様は、まさしくお忍びデートのアイドルという感じだった。


「バレないよ、きっと。あくまで普通にデートだもん、普通の高校生の、ふっつーのお買い物デート」

「……普通の、か」

「そ、普通の。なんてことない高校生二人組だもん、私たち。引っ付いてたら、わざわざ見てくる人もいないと思うな」


たしかに、変にぎこちなくしているよりは、堂々としている方がいいのかもしれない。


口車に乗せられているような気もするが。


「まぁそれもそう、なのか……?」

「そうだよ。ちなみに普通の高校生はデートしたら、一回はチューするらしいよ? くんずほぐれつするらしいよ?」

「やめてくれない、その怪情報シリーズ!?」


今度ばかりは、大間違いすぎる。道端で、くんずほぐれつ、してる奴もいるけども!


それは非常識サイドの人たちだ。


そうこうありつつも、俺たちはショッピングモールへと踏み入ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る