第26話 美少女アイドルちゃんの反復横跳びを目の前で見せられる件
♢
ーーまたある日は、こんなことも。
体育の授業において、毎年恒例の身体測定が実施されていた時だった。
「いやぁ、いいなあ。女子の反復横跳びってまじよくね? このために今日学校きたまであるぜ、俺」
とは親友、陸奥爽太郎だ。
体育館の壁際で三角座りしながら、ぼけぇっと腑抜け切った顔で、授業を眺める。
その視線の先には、クラスの女子だ。
体力測定は、男女混合で行われるため、女子がやるターンは男子は待機になる。
だが、実質的には待機というよりご褒美として捉えている奴がほとんどらしかった。
「俺、このために、さっきの授業は爆睡してきた。今は視界もばっちり」
「お前もかよ? 僕もだ。昨日から楽しみにしてたんだよなー」
他の男子も、ほとんどがそれに同調していた。
男子高校生って単純馬鹿だなぁ、と思う。
「まさか現役アイドルの体力測定が見られるなんて」
「眼福でしかないよな、まじで。なんか見えたりしねぇかなぁ」
「心の目で見ろ、心の目で透視するんだ」
……本当、救いないな?
だが実際にその光景を見てしまうと、所詮は俺も一人の男子高校生だった。
その他大勢と同様、アップで軽く跳ねる佐久間さんに、ついつい視線が吸い寄せられる。
当然の結果といえば、そうだ。
そりゃあ他にも綺麗な子はいるが、彼女たちはどこまでいっても、原石だ。
磨かれ方まで別次元、さながらダイヤモンドのようなアイドルがそこにいれば、どうしても霞んでしまう。
とくに、その胸の破壊力ときたら、なかった。
ジャージで隠しているというのに、彼女が左右に跳ねると、小気味よく揺れてしまうのだ。
陸奥が、俺の左肩を小突いてくる。
「いいのか、お前の嫁、かなり変な目で見られてるみたいだけど」
「……嫁じゃないし。というか、昔からこんな目で見られてきてるだろうよ。アイドルなんだから」
そう返してはみたものの、なんというか、複雑な気分にならなくもなかった。
男子たちの馬鹿な発言のせいだ。よぎるのは、水玉模様。
ブラジャーもパンツも見たことのある俺は、勝手に妄想が広がっていってしまう。
まともに佐久間さんを正視できなくなって、俺は別の人へと目をやることにした。
自然吸い寄せられたのは、腕を十字に組んで身体を伸ばしていた比嘉さんだ。
みながアイドル様に夢中になっている中、俺は一人、ほっこりしてしまう。
少しずつの所作が、丸っこく柔らかいのだ。
そのうえ、緩いパーマのかかったポニーテールが、跳ぶたびにふわりと肩から浮くのもいい。
動いたせいか、耳の横から垂れてきた後れ毛も、また彼女の魅力を引き立てていた。
健全に、ずっと見ていられそうだ。
胸がないとかそういうことではなく、ほわほわ眺めてしまう。
「じゃあ、そろそろ本番やるよ。二人組ペア組んで、それぞれ測定ね」
そこへ、女性の体育教師が、大きく手を叩いて声をかける。
女子たちはそれぞれ、わらわらと仲のいい者同士などで固まりだした。
そういえば、うちのクラスは、女子も男子も奇数人だ。
実は重度の人見知り、佐久間さんはどうするのだろうか。
転入以来、俺以外と会話しているのをほとんど見たことがないほど彼女は拗らせている。
数人だけいる小学校時代の同級生から声をかけられた時も、その態度は変わらない。
むしろ、下手に顔を知っている分だけ、余計に居心地悪そうにしていた。
……さて、どうなるやら。
これぞたぶん、運動会の娘を見守る気分。
蚊帳の外から心配になりつつそれを見ていると、彼女は確かな足取りで、女子たちの輪を抜け出す。
かと思えば、なぜかこちらへ近づいてきた。
おぉ、生足が接近してくるぞ! おみ足が! などと馬鹿を言い、騒ぎ立てる男子たち。
俺は一人、冷や汗がたっぷり出ていた。なんとなく展開が読めたからだ。
彼女は時折、度を超えて大胆になる。
「先生、私、湊川くんに見てもらってもいいですか?」
「……あぁ、女子は一人余るのね。仕方ない、構いませんよ。どうせ見学してるだけですから」
……やっぱり、そうなるんだな。
要望が通って彼女は少し微笑む。
それから膝をちょっと曲げて腰を折り、まるで迷子の少年に手をのべるかのよう、俺に差し出してきた。
「ペア、よろしくね?」
と。
「貴様、俺たちのささやかな楽しみまで独占するつもりか!!」
なんて周囲からの怨嗟の声もあり、俺はその手を取るわけにもいかなくなる。
けれど、教師命令ならば反論もできないので、立ち上がった。
男子で俺だけが見学タイム終了だ。
男子らからブーイングを浴びるが、スルーするほかない。
測定を行う場所は、早い者勝ちとのことだった。
俺たちは体育館の一番端、男子から最も遠いところに陣取る。
「……もしかして、私をみんなの目から守るため?」
「まぁ、そんなとこだけど……。余計だったか? 慣れてるもんな」
「ううん。さすがにこんなに近くで見られること、ライブでもなかったから助かるかも。
それに、翔くんが私のためにしてくれたことだもん。すっごい嬉しいよ」
反復横跳びをする姿もそうだけど、この笑顔も見せたくない。
誰かに見られなくてよかった。
そんなふうに思ってしまった自分に、俺が驚いているそばで、彼女はにこにこしながら準備運動を始める。
周りを見渡すと、女子だらけだ。
いたたまれなくなった俺は、一応尋ねておく。
「で、なんで俺なんだよ。ペアいなかったのか?」
「そうじゃないよー」
いや、そうではあると思うんだけどね。どの口が言うんだか。
「翔くんが、よそ見してるからだよ。さっき、違う子見てたでしょ。
あーいうの、恋する乙女には、ぐさっとくるんだもん。そんなわけで、強硬手段に出ました」
「……よそ見させられたんだっての」
やましい想像が浮かばなかったら、俺だって彼女を見ていたと思う。
綺麗なものを愛でるためというより、心配や不安という理由が、その大部分だっただろうが。
「今度はちゃんと見ててね? せっかく特等席用意したんだから。ライブだったらSS席の最前列だよ、いわば!」
俺は彼女にタイマーを持たされ、両肩をぽんと軽く叩かれる。彼女の立つすぐ手前に、座らされた。
SS席どころか、関係者席より近いし、なんというかこの角度はダメなのでは……?
変態ローアングラーなら歓喜するのだろうが、俺はといえば、妙な背徳感に支配されてしまう。
本番を前に、本気モード、彼女はジャージを脱いだ。
それを俺に預けて、屈伸をする。
半袖、ハーフパンツ姿、あらわになった太ももやらが、視線を強引に奪う。
さらに加えて、身体のラインがはっきり出るのが体操服だ。
大きな二つの房は、はちきれんばかりに、白い布地を伸ばし切っていた。
「はじめ!!」
体育教師が笛を吹き、一帯で反復横跳びが始まる。
ただ、心も頭を無にするほかなかった。
でなければ、諸事情で立てなくなってしまいかねない(男性諸君だけ分かって?)。
俺は彼女の足元のみに傾注して、数のみを必死にカウントし、規程の20秒を図りきる。
「何点だったかなー?」
息も切らさず、彼女は俺のそばにかがみ込んだ。
「58点だな」
ただ数えるのに必死で、結果に驚いたのは、計算し口にしてからだ。
俺はすぐさま、ポケットに突っ込んでいた得点表を取り出す。
文句なし、10点満点だった。52点から上が満点だから、余裕さえたっぷりだ。
「そういえば翔くん、足元ばっかり見てたね? あ、脚フェチ?」
「アホなこと言ってる場合かよ。すごいぞ、これはまじで!」
男子の満点でさえ、60点なのだから、あとほんの少しだ。
ちなみに俺は、46点。いつも通り、ど平均を出していたので、足元にも及ばない。
特段咎められるような点でもないのに、恥ずかしくて言えないな、うん。
可愛い顔して天真爛漫に振る舞っているが、その秘めたるバネは才能の塊だ。
「えへへ、ありがとう♪ でも、翔くんがそこにいたおかげだよ、きっと! 去年まで、50点超えたことなかったし」
「俺が2割も貢献してるわけないだろー」
「したの〜! したったらしたの〜」
たぶん、周りからすれば心底どうでもいいやり取りだな、これ。
男子どもに聞かれていたら、あとで打ち首に合いそう。もしくは市中を引き摺り回される。
「だから、超えた分は翔くんにプレゼントします! やったね?」
「いや、そんな制度じゃないから!」
なにその還元制度。スーパーのポイントカードかよ。
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