美少女アイドル(元同級生)に、生放送の謝罪会見で公開プロポーズされた件〜次の日から同じ学校に転校してきて、ぐいぐいくる〜

たかた ちひろ

一章

第1話 国民的美少女アイドル・佐久杏子の謝罪会見



大量のカメラが、一人の女の子に向けられていた。



長く美しい青みがかった髪に、均整のとれた目鼻立ち。そしてテレビの画面越しでさえ伝わってくる一般人には発し得ないオーラ。


絶世の美少女としか、例えようのないその少女こそ、人気アイドル・佐久杏子(さく あんこ)。


三人組として人気を博すアイドルグループ『星のリナリス』、そのメンバーの一人だ。握手券付きのCDを一枚出せば、その売り上げは簡単にミリオンへと迫る。


三人それぞれ魅力的な少女だが、彼女の個性は、画面のテロップにも書かれているように「クールビューティ」。



俺ーー湊川翔(みなとがわ しょう)と同い年の十六歳にもかかわらず、誰をも寄せ付けぬような孤高の空気を醸し出す。


彼女の母が、海外で活躍する女優さんであることを鑑みると、それは生まれ持った才能なのかもしれない。


だが、そんな彼女に、ここ最近とある俳優との交際が噂されだした。十近く歳上の、今をときめく人気俳優だ。


他の女性との浮名も多く、芸能界きってのプレイボーイだとか言われている。


大方、妄想記事だろうと思われていたのだが、そこへきての会見だ。


テロップには大々的に、「謝罪会見」と打ってある。


俺は普段、ろくにテレビを見ない。そんな暇があれば家事にゲームに勤しむ。

高校生の一人暮らしは、それなりに忙しいのだ。


加えて、アイドルに一定以上の興味があるわけでも、ゴシップが三度の飯より好きなわけでもない。


家でゆったりと飲む、急須でいれた緑茶こそがマイフェイバレット。

時間も金もかけるなら、そこだと思っている。


それでも、今日だけは違った。

全国のその他大勢のアイドル好きな皆様と一緒に、テレビの前で彼女が語り出すのを待っていた。



なぜなら、このアイドル・佐久杏子は、小学校時代の同級生だったからだ。


これは芸名で、本名が「佐久間 杏(さくま あん)」であることも知っている。


なになら、かなり仲もよかった。

俺が思っているだけかもしれないが、決してアイドルオタクが拗らせすぎた妄言ではない。


同じクラスの隣の席になったことをきっかけに仲良くなって、放課後はよく遊んだりもした。


その頃から、彼女は飛び抜けて可愛く、そのまっすぐな性格は歪みなく美しかった。


幼かった俺は、いつしか彼女のことを好きになって…………。


「よし、こんなことを考えるのはやめよう、うん」


その後のことは、今や黒歴史だ。


小学校の卒業式終わり。


芸能活動のため、東京へ引っ越すという彼女に告白しようと思って河川敷へ呼び出したら、やってきたのは幼馴染である別の女子だったのだ。


……普通ある? こんな悲劇。要は遠回しに、却下ですよ、と突きつけられたわけだ。


その後なぜか幼馴染に告白され、訳もわからず断り、俺の初恋にはピリオドがついた。


あぁ、消したい、消したい。


ツイートみたいに、ツールとか使って一括で綺麗にしたい。こんな過去を、バカ話にできるようなキャラではないのだ、俺は。


というか、結局思い出してしまったじゃないか! ちくしょう。


俺が狭い1Kの部屋で悶えて頭を抱えていると、


「では、これより『星のリナリス』佐久杏子による会見を執り行います。静粛によろしくお願いいたします」


ついに始まった。


普段はバラエティで笑顔を見せているアナウンサーが、重々しい調子で切り出すあたり、謝罪会見の空気である。


マイクの位置を調整する佐久杏子に、カメラが寄っていく。

その端端には、他のメディアのカメラがちらついていた。


ショートだった髪はロングになり、小さかった背はすらりと伸びて公称・160センチ。


ずいぶん遠いところに行ったな、と改めて思った。


あの頃はまだ、声をかければ返事をもらえる、同じ地平の上にいる存在だったが、今やテレビの中の人だ。


中学三年間と高校の一年間を経て、今は完全に遠いところにいる。同じ地平に立っているかさえ、怪しい。


「まず初めに言いたいのはーー」


佐久杏子が口を開くと、一斉にフラッシュが画面を覆い、シャッターが切られる。


「今回の俳優・Kさんとの噂は、大間違いだと言うことです。誘われたのは週刊誌に書かれていた通り事実ですが、丁重にお断りいたしました」

「では、お付き合いはなされていないと?」


代表質問を行う記者の無遠慮な問いに、一切乱すことなく彼女は肯く。


「ありえません。私は、Kさんのような遊び人が好きではありません。また、このようなデマを流されるいわれは、まるでございません。以後の接点は0です。高校生に手を出すようなだらしない男を誰が好きになりましょうか。

 この場をもって、はっきりと主張させていただきます」


抑えてはいる。抑えてはいるのだけど、怒りをひしひしと感じる声音だった。そして、その鋭角にも美しい目には、さっきに近いものを感じる。


人気俳優への、この挑戦的な正論。

会場内は一瞬ざわつくが、すぐに静まり返って続きを待った。


彼女の醸す危ないまでの空気が、そうさせたらしい。


代表質問者はその雰囲気に気圧されたのだろう、何度か噛みながらも、尋ねる。


「では、今回の会見は謝罪会見ではなく、釈明会見であるということでしょうか」


それはたぶん、テレビの中の記者も、ただの視聴者も、誰もが思ったことだ。

今のところ彼女が謝るいわれはない。


だが、彼女は「あくまで謝罪会見です」と譲らない。


「このたび、私・佐久杏子は、芸能活動全般を休業させていただきたく、この会見を開かせていただきました。

 突然の発表となり、申し訳ありません」


スピーカーから鳴るざわめきが、会場の混乱を如実に物語っていた。

切られるシャッターの数が一気に増えて、慌てた大人たちからは、大ニュースだぞ、なんて声が飛び交いだす。


それらが静まるのを待たずして、彼女はマイクをスタンドから外し、席を立った。


「このたびの噂は根も葉もない、大迷惑な噂でしたが、私に好きな人がいるのは本当です。

 私はその人のことがずっと好き。もう、その人のことしか考えられません」


隣の席にいたマネージャーが、わかりやすくため息をつき、首をもたげた。どうやら彼女だけは話のあらましを聞かされていたらしい。


やつれきった顔をしているが、その担当アイドルはどやっとでも言わん佇まいで、さらに荒れる会見場を悠然と見渡す。


す、好きな人!? 嘘だ!? などと、仕事を忘れてだろう、叫んでしまうカメラマンもいた。


「なにを言ってるんだよ、あいつ……!」


さすがの俺も、テレビの前で叫んでしまって、すぐに口を押さえる。


幸いここは二階の角部屋で、隣は空き部屋だったはずだが、外まで響いてしまっては恥ずかしい。

ボロいこのアパートでは、全然ありうるから、気をつけなくてはいけない。


一瞬、ドッキリ番組でも見ているのかと番組詳細を確認するが、まじの生中継である。


野球中継みたく、左上にはLiveの文字が踊っていた。


こんなものが全国に流されているとなったら……。

俺はすぐスマホを取り出し、Twitterを開く。


わお、やっぱり大荒れだった。


トレンドは会見についての話題で席巻され、あまりのアクセス数に、もはや新規ツイートが読み込めない。


『四月初めの大ニュースだ! これぞ春一番!』

『好きな人って、年に30万使ってる俺のことか!』『甘いわね、私は三桁万円よ!きっと私のことよ!』


なんて、男女問わず白熱していた。人気ぶりが窺えるが、今はそんなことで感心している場合ではない。


「そ、そ、それが、今回の休業となんの関係が?」


情報の多さに疲労困憊したのか、インタビュアーの質問はやや的を得ていなかった。しかし、彼女は頬を染めながら言う。


「その人以外のことは考えられないからです。

 こんなしょうもないガセネタが出てしまって、変な誤解をされたらと思うと、もう心が痛くて仕方ありません。

 私からプロポーズして、結婚しちゃいたいくらい大好き。


 そもそも、休養はずっと考えていましたが、今回の件は少し決断を早めただけです。

 私・佐久杏子は、その人を落とすため、無期限で休業いたします」


綻びのない、締めくくりだった。

彼女が問答無用でマイクを切ると、代表質問が混乱のうちに終了する。


続いて本当ならば自由質問があるのだが、その全てをマネージャーが遮った。


無理に道を作り出し、追いかけてくるマスコミたちから、彼女を逃す。


画面から消える最後に、


「今行くからね!」


なんてテレビに向けて手を振りウインクして見せたのだから、その強心臓ぶりは恐ろしい。


疑問やら喪失感やらを残して、会見は打ち切られる。

場違い感全開のCMが始まったところで、俺はテレビの電源を切った。


「……とんでもないものを見た」


音のなくなった部屋で、つい、ひとりごちる。


たぶん、日本中のファンが同じ思いを共有しているはずだ。


テレビの前で呆然と固まって、なにをするでもなく、会見の内容を反芻しているにちがいない。もしくは死ぬほどツイートした末、結局ぼうっとする。


少し間、俺もその一員になって、室内を反射して見せるテレビの画面を見つめた。




けれど、すぐにペースを取り戻し、仕掛かり中だった、縫い物を再開する。


円型のランチョンマットを縫っている途中なのだ。

姿見に写った、毛糸玉を抱えこむ俺の姿は、主婦そのものだったが、これは俺の数少ない趣味である。


女々しいとよく言われるが、もう慣れっこだった。

一人暮らしの俺には、必要な家事スキルの一つでもある。




一人暮らしになったのは去年からだ。

父親の静岡への転勤に伴い、諸々の手続きが面倒になったらしい。


半ば厄介払いされるように、俺だけが生まれたこの街に残ることになり、この古ぼけた安アパートをあてがわれた。



そう、ただの高校二年生たる俺の手の届く範囲なんて、せいぜいこの程度だ。


この1K、風呂トイレ別のみが取り柄のボロアパートのみが城である。


俺にできるのは、少し縫い物を終えたら、明日の始業式に向けて早めに寝ることだけだ。


「……まぁ関係ないよな」


今の佐久間杏は、俺の手の届くところにいるわけじゃない。


昔少し仲がよかったとはいえ、今の俺には数あるニュースの中のひとつ以外のなんだと言うのだろう。


そもそももって、その手の話を騒ぎたてるのは嫌いだ。

だから、自分には関係ない。



ーーそう思っていた、この日の夜までは。



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ジャンル選択ミスをしてしまったので再投稿です。

毎日18時頃の更新を予定しています。

カクヨムコン参加作品です。

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