第31話 盗撮犯、撃退します!



それは、よっぽど予想していなかったのだろう。


犯人らしき男が尻尾を出すまで、そう時間はかからなかった。

完全な場所までは把握していなかったのに、カメラを大事そうに高く掲げて、情けない声とともに走り逃げる。


正直、早くはなかった。


俺があえて手を抜いて走れば、すぐにでも追いつくかもしれないが、あえて泳がせる。


とっ捕まえたところで、なにか武器を持っていたら形勢は分からない。


ならば、確実な手を取るべきだろう。



ここらの地理なら、長年暮らしてきた俺の方が上手だ。

彼の取るだろう道を予測して、俺は密かにルートを誘導していく。



ストーカー野郎が踏切を超えて反対側に渡った。


運の悪いことに、遮断機が降りてくるが、そこで俺は全力を出した。


踏切の信号音を恐れている場合ではない。地面を強く蹴り上げ、棒が下りる前に、踏切内へ侵入する。


出るときは、昔とった杵柄が生きた。


それこそ高跳びでもやる要領で、降りきった踏切を乗り越える。


そいつは油断しきっていたらしく、俺の方を振り見ると同時、地面に足を取られ尻もちをつく。


そしてそこは、駅前に据えられた交番の前だった。


肩をがっしり掴み、取り押さえてから、なんとかなるものだなぁとえんじ色の電車が通過する光景を前にして思う。


正直、いつも以上の力が出た気がした。それは彼女のためだから、なのだろうか。


「君たち、なにをしているんだ!?」


交番から、警察官の方が焦ったように出てきた。


あとは、こう言えばいい。

俺は男のカメラを取り上げて、喉を鳴らす。


「この人、俺の盗撮をしてたんです。これのデータ、見てください」

「だ、だ、誰がお前みたいな! 彼女を汚す不埒者め。僕はあの子を守りたくて、『星のリナリス』の佐久あーー」

「俺って言っておいた方がいいんじゃねぇの。大バッシング食らうぞ、世間様から」


抑えた声で、けれど、よーく聞こえるよう、耳元で一音一音はっきり言ってやる。


それきり、男は黙り込んだのだった。




事情聴取が終わり、俺が解放されたのは、それから一時間ほどだった。

話を聞くに、そいつが俺たちを見つけたのは、今日のショッピングモール。


よほど、狂信的に好きだったらしい。


佐久間さんを見て、本人だと確信を持ち、つけてきたとか。


まぁ本人が警察に語ったのは、


「僕、この人を一目見たときにこの人しかいないって。

 確信を持って、どうしても撮りたくて、女子高生じゃなくてこの人の方が魅力的で守ってあげたくなってーー」


という、およそ聞くに耐えない内容だったが。ぞくり背筋が凍えて、今も寒い。


カメラには、俺と佐久間さんの後ろ姿が、ばっちり動画で残されていた。


当然、警官はカメラは没収する。データはその場で削除してもらい、そこで、俺は解放となった。


「もう心配しなくていいからね。またなにかあったら来るんだよ」


去り際まで、こんなふうに気遣ってくれる。

あまりにそれが過度だったので、スーパーへの道を戻りながら、


「俺の顔がおぼこいせいか……? そんな好き者に狙われる顔してるのか、俺」


少し間、こう考えさせられた。


スマホを開けば、佐久間さんから何通も、身を案じるようなメッセージが飛んできている。


『翔くん、まだ?』

『おーい、本当に大丈夫? 翔くんになにかあったら嫌だよ』

『電話も出ないし〜!』


た、大量すぎてスクロールすらできないんだが……!? 

電話の回数おかしいんだが? 


通知をオフにしていなかったら、たぶん延々と震え続けていただろう量だ。


まぁとにかく、無事に家へ帰っているのはたしからしい。


一言だけ、『今から帰るよ』とメッセージを入れる。


我ながら、夫婦かよと思いそのまま呟くが、夜空以外は聞いていないのでノーカウントにしてほしい。



スーパーにつくと、俺は待たせていた人と合流する。


「よぉ、暇すぎてえらい早くついちまったぜ」


黒染めしても、やや色の薄いロン毛をかきあげるのは、陸奥爽太郎だ。


……おいおい、髑髏の服着てんぞ、こいつ。俺の冷ややかな目に、


「部屋着で出てきたからよ。昔これ着て遊んでたと思うとだっせぇな、今思えば」


言い訳がなされる。


が、心なしかお買い物をするおばさまたちには、すでに微妙に避けられていた。


だが、そんな奴でも恩人には違いなかった。

手筈どおり佐久間さんが預けていた荷物を受け取り、店を出る。


ひとまずの感謝の印として、ジュースを奢らせていただいた。『みっくちゅじゅーちゅ』、関西限定品らしい。


サンキューと軽くボトルを受け取って、笑顔になっているが、不平の一つ出てしかるべきだろう。


荷物持ちのためだけに呼び出したのだ。


それも、飲み物一つでは明らかに釣り合わない量である。


「ありがとうな、爽太郎。まじで助かったよ。往復しなきゃいけないところだった」

「いいってことよ。暇だったしなー、グリーンカレーのこと一生調べてた。ほうれん草入りなんだと思ってたぜ」


うん。まじで、どうでもいいなぁ。


「……そうだ、夜はまだだろ? 今からうちで、飯でも食うか」

「おっ、いいのか? 久しぶりにご相伴に預かろうか」

「あぁ、たこ焼きやる予定だったんだ。来るなら、佐久間さんに伝えておくけど」

「そうか、そうなるのか。それはまた、なんつーか…………」


ちらりと流された横目の、痛々しいものを見る感じといったら、ない。


遠い世界に行っちゃったなぁ、みたいな達観した顔やめてほしい。


ちゃんと同じ世界線にいるから!


「とりあえずやめとくわ、今回は。すまん、俺にはまだ、お前らの愛の巣に踏み入れる覚悟がない」

「いや、家は別だっての」


アパートのボロ壁は、取り壊されていない。最後の防衛線とばかり守り抜いている。


……あくまで、今のところだが。


「そういう問題じゃねーって。

 さっきの言葉なんか、結婚してから、家に会社の同僚連れて行くときのセリフじゃねぇか完全に」

「そんなんじゃないのは分かってるだろ」

「理屈なんか関係ねーよ。

 くそ、羨ましいぜ。つーか、羨ましすぎる。俺も早いところ、沙希さんとそれぐらいの関係になりてぇ〜」


爽太郎の高校生にしてはピュアすぎる欲望が、宵闇に響く。


沙希さんというのは、彼が想いを寄せる現在、大学二年の先輩だ。

家の場所こそ近く、昔馴染みだそうだが、所属するコミニティーがまるきり違うと、不安も大きいらしい。


「近くにいるって実はすげぇ特別なことなんだよなぁ」


などと、くさいことを言う。


微妙に考えさせる言葉だった。


ついつい自分に置き換えてしまうのが、人の子の業なのかもしれない。


そんな自分に笑けてきたので、俺は茶化して濁すことを選択した。


「……爽太郎。それだけ他人に聞かれると、お前の『大事な人』が俺みたいに思われるから、やめてくれよ」

「ははっ、ちげーねーや」

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