第54話 君だけの私だよ。
俺は彼女の席の横まで歩み寄っていく。ぎこちない、変な足取りになってしまった。
「えっと、一応結果だけでも伝えておこうか?」
「……嫌なことなら、聞かないよ?」
「じゃあ聞いてくれ。断ったよ、普通に」
というか、そもそも嘘告白だし。
「ふふっ、そっか、よかった。ほっとしてるよ、私」
「…………送り出してくれる時は余裕そうだったのに?」
「む、乙女心は複雑なんだよ? 翔くんが告白されて受けるわけない〜、って思ってても、ちょっとしたら不安になったりもするものなんだよ」
難しいな、乙女心。
乙女心と秋の空って、よくいうアレだろうか。揺れに揺れるのが常なのだろう。
でも、佐久間さんが俺のことを好きでいてくれることには、いつも揺らぎがない。
……だったら、俺は?
もう過去も、今も、なにも関係ないんじゃないだろうか。どうせ、思いは一つだ。
「なぁ、佐久間さん。告白の返事なんだけどさ」
「ん、断ったんじゃないの?」
「そうじゃなくて、佐久間さんからの、その告白というかプロポーズというか……」
落としたい宣言、だなんて俺から言うのはいかがなものか。言い淀んでいたら、
「ね、翔くん。それ今はだーめ!」
まさかの箝口令が敷かれた。潤む唇の前、人差し指二本で×マークを作る。
「え……は?」
「む、翔くん気付いてないでしょ。
今答えを聞いたら、あの子に告白されて断って、その勢いで返事したことになっちゃうよ?」
そんなつもりはないのだけど……。
まぁたしかに嘘告白をされなければ、今日伝えたかといえば、それはなかったと思う。
トリガーは、あの手紙だ。
「私は、私と同じくらい、翔くんが私を好きになってくれたら返事が欲しいかも……! 私、かなり好きなんだ、君のこと。はっきり言って重いかもってくらい」
「………だから?」
「よく言うじゃん、どっちかの気持ちが強すぎると関係って壊れやすい、ってさ。
そういうの嫌なんだ、本当に。だから、君には私と同じくらい私を好きになって欲しい……。
なーんて欲張りだね、私」
「…………そんなことはない、けど」
「じゃあ、うん、もうちょっと待つ。もうちょっとアピールする!」
佐久間さんは、俺に向かって、満面の笑顔を放つ。
まっすぐで、そしてひたすら強い感情だ。
俺もそうなりたい、と思った。
それと同じだけのベクトルで、彼女に気持ちを伝えられるようになりたい。
だとすれば、今のままではたしかに足りていないのかもしれない。
いつか胸を張って、自分の気持ちに一切の疑いがなくなるまで、取っておく方がよさそうだ。
…………でも、である。
このまま、手をこまねいてばかりじゃなにも変わっていかない。
まずは一歩、俺も一歩、奥手な自分に鞭を打ってでも踏み出さなくては。
「じゃあ帰ろうか、…………杏」
まずは、ここから変えていこう。
今はまだ口の動きすら馴染まないけれど、腹の底がムズムズして、落ち着かないけれど、でも、これもいつかは当たり前のものになる。
「翔くん、今……なんて」
「あー………杏ちゃん、じゃさすがに幼稚な感じだろ? だから、よければ、こう呼びたいんだけど」
「嬉しい! めっちゃ嬉しいよ! 飛び跳ねたいくらい。ね、もう一回呼んで?」
……くそ、超恥ずかしいんだが。机の下に隠れてしまいたい。そのまま一生出てこない自信がある。
けれど、踏みとどまって俺はもう一度、彼女の名前を口にした。
「杏」
「はーい、君だけの佐久間杏だよ」
甘くて、切なくて、でも透き通った声だった。
心に直接、ぐさりと刺さる。
やられた、やられすぎて、卒倒しそうだ。強すぎる。今は敵う見込みもない。
こんなもんもはやゴールドゲームだ、やられっぱなし、なす術もない。
「……か、帰ろうか、そろそろ」
どもってしまうのも、もはや不可抗力だ。
俺は席の横にかけていた制カバンを手にするついで、表情を見られないよう背を向ける。
「うん、帰ろっか。ね、翔くん。今日歩いて家まで帰らない?」
「別にいいけど、どうかしたの」
「そういう気分なんだよ〜、君とお散歩してたい気分♪」
「……ま、明日から学校休みだしいいけどさ」
「そうそう、ゴールデンウィークの神様、ありがたや〜!」
「そんな神様はいません」
「いますー、だ。翔くんと二人の時間、たっぷりくれるんだもん。
そりゃあ拝み倒すよ、信奉しちゃう!」
♢
すっかり日も暮れて、夜。
一緒に夕飯をとった佐久間さん、いや、杏が家に帰った後のことだった。
俺は寝る前のルーティン、趣味である縫い物に取り掛かる。
全く進んでいなかった。むしろ、後退してしまってすらいた。
少し前、杏との電話に浮き足立って、失敗してしまったことが原因だ。
絡まり合う糸や、縫針に翻弄され、未だほどききれていない。
それでもこれまでの努力が惜しく、諦めきれていなかったのだけれど、今日という日は違った。
もう、一から縫い直そう。急ぐようなものじゃない。
そう、考えることができていた。
美少女アイドル(元同級生)に、生放送の謝罪会見で公開プロポーズされた件〜次の日から同じ学校に転校してきて、ぐいぐいくる〜 たかた ちひろ @TigDora
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