第53話 流行りの嘘告




俺の返事を聞いて、後輩女子は俯き、ボブの前髪で顔に影を作る。


くすっと笑いこぼしたかと思うと、高笑いを始めた。


「なーに本気にしちゃって、本気の答えくれてるんですか、先輩、あはは。嘘告ですよ、これ」


いや、気付いてたんだけどね? あえて乗っただけだ。


「まぁ、告白してるところだけビデオに撮れたらいい、って先輩が言ってたんで、なんでもいいんですけどね」

「……その先輩たち、今頃捕まってると思うぞ」

「………………はい?」


だって、普通なら「嘘告でした〜、ざま〜」なんていうふうに、ネタバラシに出てくる。


それがないのだから、爽太郎がうまくやったのだ、きっと。


その後輩女子は途端に焦り出して、ちらちら、校舎と体育館の隙間に目をやる。


……差し金を引いた奴が、そこにいるらしい。


覗き込みにいってみれば、


「てめぇら、ここでなにしてたんだァ?」


……うん、もう俺の出番いらなさそうだね、これ。


学園番長(これでも英語教師)、若狭先生が、主犯らしい二年生らを膝まづかせていた。


凹凸のあるコンクリート地面に正座をさせられている。

やることがエグくない? いくら嘘告の犯人とはいえ、やりすぎじゃない?


鬼と化した教師の後ろには、親指を立てる爽太郎。


それから、どういうわけか比嘉さんもいた。


そっか、ここは体育館裏だ。バトミントン部の彼女なら、顧問である若狭先生を連れてこられる。


爽太郎が、協力を仰いだのかもしれない。


つくづく、助かる仲間たちだ。


「おい、そこの一年! てめぇはどういう立場だ、無理矢理やらされたのか? あん? 楽しんでたよなァ?」

「…………す、すいません! 反省してます」

「じゃあ、そこに座れェ!!」


いや、ほんと怖い。

叱られるわけじゃない俺まで、戦慄して震えあがりそうだ。


あとはお任せしてしまおう。

爽太郎、比嘉さんと頷き合い、俺たちがそそくさ退散しようとしていると……


「おい、湊川」

「は、はい。え、俺、なんかやっちゃいました? いやいや、俺、被害者だと思うんですけど」

「分かってる。分かってるから、最後にこいつらにズドンと言ってやれ」


いや、それ、教師がそそのかしていいの?


この人、本当に型にはまらないなぁ。


そう思いながらも、腹に燻るものはあったので、俺はありがたくその機会をいただくことにする。


「……次、佐久間さんに変なことするようなら許さないからな」


なんだか、いつか吐いたような台詞になってしまった。

でも、あの時も今も、その気持ちは変わらない。


なにも知らずにやっかんで、危害を加えるような奴らに、傷付けさせてたまるか。


「…………やば、湊川先輩、まじで格好いいかも」


先ほど、嘘告白をしてきた後輩が、ぼそっと一人こぼす。


口を手で覆うが、すぐに若狭先生に叱られていた。


とっとと行け、と顎で指図されて、俺たちはその場を後にした。


「助かったよ、めっちゃ。ありがとうな、二人とも」


お礼を述べるが、二人ともに首を横に振り、口々に言う。


「早く行けよ。教室で待ってるんじゃねーの、奥様が」

「ほんまやなぁ。泣いてまうで、早よいかんと」


打ち合わせでもしてたのか、と勘ぐりたくなるほど、息の合った掛け合いだった。


奥様でもないし、きっとこれくらいじゃあ泣かない。


でも、早く行ってあげるべきなのは正しい。言われなくても、そんなことは分かっている。


俺は身を翻して、駆け出す。


若狭先生が他の生徒を叱っていると分かっているので、先生たちからの目に大して気を配る必要もない。


校舎に入ると段飛ばしで階段を上がり、自教室へと飛び込む。


「あ。おかえり、翔くん。早かったね? 走ってきたの?」


そこには、佐久間さんしかいなかった。



始業式の日に、タイムトラベルした。

一瞬、そんな感覚になるくらい、似た光景だった。


五月も目前の温かい風に短い髪をなびかせ、彼女は俺へ穏やかな微笑みをくれる。


凛としたその姿は、まるで飾られた一輪挿しの花のよう。

けれど、彼女はちゃんと息をしている。


ただ見た目が美しいだけの人じゃない。他の誰もと同じように、色々な感情を抱え、そこで生きている。


「ごめん、待たせた」

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