第52話 突然後輩に呼び出される。
♢
「というわけで、お話があるので校舎裏行きましょ? せーんぱい♡」
計画、丸潰れだった。
俺は両手を伸ばしてくる後輩を前に、完全に面食らってしまう。
だって、それは絶対に知られたくないと思っていた少女の、佐久間杏の目の前で宣言されてしまったのだ。
爽太郎に話があるから、と無難な理由を伝えて、一人で行くつもりだった。
余計なことに巻き込みたくなかったからだ。
佐久間さんには伏せたうえで、爽太郎とともに、「嘘告白」を暴く。
その予定のはずが、大幅に狂わされていた。
「…………翔くんにお話だって? 知り合い?」
佐久間さんが、帰りの準備を止めて、こちらに視線をよこす。
単に、誰? と問いたげな目だ。
「……いや、違うよ」
本当に、顔も知らない、声も知らない。
ただ、その子がとても肝が座っているらしいことは、この一瞬で分かった。
「ひどいですよぉ」などと、後輩女子は口ぶりとは正反対に、平気そうに言う。
爽太郎の評していた通り、遊び慣れているのかもしれない。
折り上げたスカートや、大胆に開いたシャツのボタンも、それに合致する。
「えー、私、手紙出したじゃないですかー。校舎裏で伝えたいことがあるって。私、中学生のころからずぅっと、先輩のことーーーーって、ここじゃ言えませんよ。恥ずかしい〜」
……わざとだな、とほとんど確信した。
恥ずかしがるにしたって、遅すぎる。
そんなところで緊張するような女子なら、まず先輩たちの教室まで来る時点で思いとどまるだろう。
白昼堂々の犯行だ。まだ確固たる証拠はないが、もうこの際しょうがない。
「ごめん、どうせいい返事はしないよ。俺は君のことをよく知らないから」
「そんなのこれから知っていけばいいじゃないですか。
あ、もしかして、誰かさんに遠慮してます?」
……「誰かさん」が、佐久間さんのことを指しているのは、馬鹿でも分かる。
かなり挑戦的でいらっしゃることだ。目前で、国民的アイドルに喧嘩を売ったのに等しい。
その後輩女子はわざとらしく俺の机に両手をかけて、
「借りていきますね、湊川先輩のこと」
今度ははっきり、佐久間さんに仕掛けた。
俺はなおも「行かない」と言うのだけど、後輩女子はそれを無視する。
その目はもはや、俺を見ていない。
そして、
「話してきていいよ? 聞いてあげてもいいんじゃないかな」
佐久間さんの返事はこうだった。
彼女は後輩女子を見ずに、俺へと話の水を向ける。
なんの陰りもない笑みだった。
まるで、今日の晩ご飯を聞くかのように、何気ない。
それが、信頼してくれている証に、俺には思えた。
少し前、ハグをした時の切ない、今にもはちきれそうな表情とは違う。
だったら、俺もそれに応えねばならない。
「……佐久間さんがそう言うなら」
「うん。ここで待ってるね、私」
「分かった、じゃあ少しあとで」
話をつけたらすぐにでも、帰ってくる。俺はそう決めながら、席を立つ。
「行きましょ、行きましょ、先輩」
俺は後輩女子に付き従って、後ろを歩いていった。
先に後輩が外へ出たのを見計らい、ついてくるよう、爽太郎へ手招きをする。
彼が頷くのを横目で見てから、俺は廊下へと出た。
そして、約束の場所であった校舎裏まで連れられてくる。
「湊川先輩、突然すいません〜。自己紹介遅れましたね。私、手紙を出した櫻井です! 先輩と話せて嬉しいなぁ」
「……手短かに頼むな」
「いえ、ちゃんと私の気持ち聞いてもらわないとです。
あの実は、中学生だった頃から、委員会とかでお見かけしてて、ずっと格好いいなぁなんて思っててーーーーー」
一見すれば、別になんということはない告白だった。
けれど、はなから疑ってかかっているので、見抜くのは難しいことではなかった。
感情のこもっていない、無理に抑揚をつけた声だ。台本をそのまま暗記して誦じているのかもしれない。
断る労力さえ惜しくなってしまうが、俺は端的に言う。
「悪いけど、告白は受けられない。さっきも言ったけど、俺は君のことをよく知らないし」
「いいじゃないですか、これから知っていけば」
いきなり、手を握られた。
佐久間さんにやられたら、ドキドキするのに、ただただ寒気がして振り払う。
自分でも思いの外、邪険になってしまって、少しだけ頭を下げる。
つとめて、声を押さえにかかった。
「……ごめん。でも、知る気もないよ」
「私聞いてますよ、先輩は断れない人だって。委員長でも仕事でもなんでも、引き受けるって。
私の告白も受けてくれますよね?」
なるほど。俺を狙った理由はそれか、とここで合点がいった。
誰の差し金かは知らないが、一応、勝算はあったわけだ。
俺ならば断らない、と他人にも思われていたのだ。
これが嘘の告白じゃなかったら、どうだっただろう。少し前までの俺ならば、もしくは受けたのだろうか。
どうせ嘘なので、考えるのも情けない話だが、どちらにしても答えは変わらない。
「それとこれとは別だ。悪いけど、断る。俺は君とは付き合えない」
俺は、はっきりと答える。そこに、迷いはまるでなかった。
佐久間さんが、俺からそれを取り除いてくれたのだ、きっと。
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