第51話 好事魔多し




ーーこれでいい。


こうやって時に刺激的だったりもするけれど、平穏な日常を作っていければいい。




俺が、新しく編み始められた日々に、たしかな手応えを得はじめていた時だ。



その事件は、不意に起きてしまった。

その矢は、予想もしないところから飛んできたのだ。



「翔くん、どうかしたの? 靴も入れずに固まっちゃってさ」


ゴールデンウィーク前の、最終登校日のことだった。

いつものごとく早朝に学校へ来たため、昇降口には俺と佐久間さん以外の姿はない。


だからこそ、まずかった。少しのラグを不審に思われる。


「……いや、なんにもない」


俺は遅まきながら、取り繕う。


上履きを取り出すついで、一連の流れの中で、問題のブツをかばんへとしまった。


気怠げに振る舞って、上履きを地面へと放る。


「あー、……ちょっと眠気が襲ってきてさ」

「お眠かー、悪い子だね、早く寝ないからだよー」

「誰だよ、夜中までメッセージ送ってきてたのは」

「えへへ、私だったかも! スタンプ爆発してみたかったんだもん〜」

「スタンプ爆発って、一人で燃えてんじゃん、それ。スタンプ爆撃だよ、たしか」


二人、教室までの階段を上りながら、俺はカバンの中をちらりと確認する。


幻ではなく、そこにはピンク色の封筒が入っていた。それも、ハートのシールで留めてある。


誰が見ても疑いようなくそれは、ラブレターというやつかもしれなかった。





俺が佐久間さんにそれを見せなかったのには、理由があった。


きな臭い、そう感じたのだ。


俺は授業間の短い休みに、ピンク色の手紙をこっそりと持ち出す。

例の別棟トイレで、爽太郎に相談を持ちかけた。


「へぇ、翔もやるなぁ。モテるじゃねぇかよ〜。所帯持ちのくせに別の女子から校舎裏に呼び出されるなんてよ〜、あー、うらやましー」

「……やめろ、その棒読み。お前なら分かってるだろ、なにが起きてるのか」

「まぁ、事情は飲み込めたぜ。ちょっと前に流行ってたっつう、『嘘告白』だろうな、これ」


そう。


ラブレターをもらっておいて、ときめきもしない惨めな思考だが、俺もそれしか考えられなかった。


始業式の日、若狭先生が激怒していたあの悪戯問題だ。


それがまさか、今になって自分に降りかかってくるとは、これいかに。



手紙には、放課後会いたい、伝えたいことがある、などと記されていたが、

その差出人は、一年後輩の喋ったこともない女子からだった。


同じ中学で、その頃から遠目に恋焦がれていた…………らしい。



俺と違い、人脈の広い爽太郎に聞けば、結構やんちゃな子で通っているのだとか。


バスケ部所属らしく、二年生との繋がりもあるという。


「目的は、佐久間さんへの当てつけか……? 話題を攫われて、気に食わなかった二年生の誰かの差し金かも」


俺が適当に推理するのに、爽太郎が口をへの字に曲げながらも同じる。


「あり得るぜ、それ。女子は怖い奴もいるからなぁ、そのへん。調子乗ってるとか、乗ってないとか、派閥争いがひでぇらしい」

「…………ま、佐久間さんくらい高みに見える人間が出てきたら、そりゃあバランス崩れるよなぁ」


村人たちの争いの中に、急に王族が乗り込んでくるようなものだ。


あっけなく秩序は壊れてしまう。

誰が綺麗だとか、可愛いだとかのランクは、一挙に無用になる。


それを気に食わない者が出てくるのは、果たして想像がたやすかった。


本人ではなく俺を狙うあたりも、意地の悪い嫉妬感が滲み出ている。


昔、カバンを隠されるいじめがあったけれど、それとなにも本質は変わらない。


むしろ手が込んでいるだけ、タチが悪い。


「単純に、翔が羨ましいだけの男子の仕業かもしれねぇけど……。にしては陰湿だしな」


でも、と爽太郎はここでひっくり返す。


「本当に告白されるという線もあるかもしれないぜ」

「いや、ないだろうよ。…………たぶん」

「たぶん、止まりじゃね? なくはないから面倒なんだっての、この手の悪戯は。マジでいつのまにか惚れさせたんかもしらん」


そう、そうなのだ。


決めつけるのは簡単だ。


けれど、もし純粋な好意から勇気を振り絞っての行為だった場合は、ただ当人を傷つけてしまうことになりかねない。


「……とりあえず行くしかないか」

「おう、いいんじゃねーの。変な奴がいねぇか、俺が見張りにいってやるぜ」

「なぁ。ちょっと面白がってないか、爽太郎」

「…………分かっちまうかー。ほんのちょっとだぜ?」



俺は爽太郎と、有事の作戦を立てる。


そして、放課後を迎えたのだが……、そこで更に予期しないことが起きた。


「待ちきれなかったんで来ちゃいました〜」


たしか校舎裏で、と言う話だったのに、手紙の差出人は、教室までやってきたのだ。


二年は赤、一年は緑とリボンの色が違う。

そのため、後輩だというのは、すぐに分かった。


終礼が終わって、先生が去ったほんの少しあとのことだった。

前で、ずっと待ち構えていたらしい。

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