第15話 お昼ごはん一緒に食べるよ!


「始業式の次の日に、六限までって鬼畜じゃね?」


朝礼前。

親友である陸奥爽太郎が呟いたその愚痴は、その日の全校生徒の総意だったと思う。


他の学校はどうだか知らないが、とにかくうちに、短縮授業はない。


分かっていても、春休みでなまり切った身体と頭は、現実に追いついていないらしい。


一限目の古典などは、男女問わず、机に突っ伏している奴が多かった。


俺の位置は一番後ろの席だというのに、教卓まですっきり見通せてしまう。


クラス委員としては、考えものであるが、俺はそこまで真面目なリーダーでもない。


波風立てないことが一番だ。

とくに注意などはしなかったのだが、


「おい、おい! 昨日のあの話どうなったんだよ!? 告白されてたよな、佐久さんに!」

「そうその件! あれマジだったの? それとも演出? あたしも気になるんだけど〜!」

「うん、うちも教えて欲しいな」

「てめぇ、説明せんかい、こら!!! 僕の推しアイドルとだなんて!! 僕はあの子の握手会にだって参戦したことがーー」


休み時間になった途端、こうも元気よく集われると、苦言のひとつ呈したくなる。


なに、その切り替えの早さ? インスタによくいるメンヘラ女子ですか?


あと、アイドルオタク男子、まじで怖い。普段おとなしかったよね、君?! 心に猛獣飼ってたのかよ。


一人一人に問いただしたくなるが、そんなタチでもない。それよりも、言いたいことがひとつあった。


「なぁ。別にいいんだけど、なんで俺の所に来るんだ?」

「全くだぜ。というか、ここ。翔の席でもないしよ」


爽太郎が、俺の疑問に乗ってくれる。

彼が手招きをするので、いつもの如く雑談をしに行ったら、囲まれてしまったのだ。


さっき古典の授業でやったばかり、これこそ四面楚歌である。


朝はチャイムのギリギリに着いたので、詰められなかっただけらしい。


「そりゃあ……、あの感じだしなぁ」

「近寄れないよねぇ。なんというか、一人だけベールの奥にいるってカンジ」

「私、小学校同じだったけど、あんな子だっけ? 昔も話した記憶あんまりないけど、すごい壁感じる……」


そうクラスメイトたちがちらり視線を送るのは、爽太郎の席のある教室前方からはちょうど対角。


後方、窓際の席だ。


外を眺めて、流麗な二重瞼を細める。


それだけのことが絵になってしまうのは、佐久間さんしかいない。


言わんとすることは、こうして遠目に見て、分かった。


たしかに、あれでは近寄り難い。

まるで、触れることを禁忌とされる名画みたいだ。


ショーケースから取り出そうものなら壊れてしまいそうな儚さが、醸し出されている。


「さっき話しかけた子がいたけど、すぐ会話が終わっちゃってたよねぇ」


……あれで打ち解けるまでは時間かかるんだよなぁ。


本当に、朝一緒に走って登校してきた少女なのか疑わしくなるほどだ。トマトをぶちまけていたなんて、考えられもしない。


話しかけてしまえば、なんてことないのだろうが、踏み込むその一歩を誰もが躊躇ってしまう。


「それで、そんなことより! はぐらかさずに白状してくれよ、ゼロから百まで!」


クラスメイトの一人が無理やり話題を引き戻して興奮気味に言うが、俺はため息をついて、首を横に振った。


「別に……って言ったって信じてもらえないだろうけどさ。そこまで話すようなこともないよ」


本当は、ある。ありすぎて困るし、誰かに吐き出してみたい。


だが、昨日の出来事はもちろん公然と言えるものではなかった。


せいぜい、爽太郎にこそこそっと話すくらいが限度だろう。いくら断れない俺だからって、他人が絡めば話は別だ。


俺が口を割らないことを悟ったのか、場はしらけて、徐々に輪はほどけていく。


最後まで残っていた比嘉さんも、


「うーん、ほんまになんにもないん……?」


丸い目を角張らせながら、自席へと帰っていった。

高いところで結ばれたポニーテールが、首を傾げるたびに揺れる。


所作の一つ一つが、しとやかで、角がなく流れるよう。


比嘉さんは、ただの野次馬とは違う。少なくとも普段は、人の問題に首を突っ込むような人じゃない。しっかり者のお姉さんポジションである。


去年一緒に委員をやったよしみで、単に気にしてくれたのかもしれない。


彼女に本当のことを話せないのは、少し心が痛むけれど、しょうがない。


もしこの調子で、無関係を装おうことがてきれば、未来は明るいかもしれないのだから。


案外や、なんとかなるかもしれない。


たしかに、初手の挨拶で告白は強烈な印象をクラスメイトに植え付けただろう。

けれど、後に続くイベントだって重要な要素だ。


それが起きなければ、俺たちへのは興味は薄れていくはず。


変な嫉妬を受けずに平穏な学校生活をーー


「……翔くん!」


……が、俺の淡い未来予想は簡単に打ち壊された。ガラスみたいに、パリンパリン。


もはやハンマーで、殴打されたよね、うん。


昼休みに入ってすぐ、佐久間さんは俺の席の前に立つ。


いや、立ち塞がる、といった方がいいかもしれない。ほそっこい腰に手をやり、つっと前のめりになる。


数億稼いで見せる尊顔の接近にのけぞる俺へ彼女は、


「私と、お昼ご飯一緒に食べるよっ」


公然とこんな宣言をしたのだ。


あれ、あれれ、朝の約束どこいった!? そう思うのだが、もう手遅れだ。


教室中の注目に晒されている。


授業終わりの数学教師まで、注意するためというよりは、単なる興味本位といった感じで、こちらを見ているではないか。


先生が胸に抱えている大きな三角定規、それで腹を突いてやろうか……


なんて密かに思う俺を放っておいて、彼女は勇敢にも顔をグイっと寄せる。


「なにやってるんだよ、早速」

「だって……! これでもちょっとは我慢はしたよ? でも、さ、ダメだよ、耐えられない」

「なにが……?」

「他の女の子と話してる翔くんを影から見てるなんて、嫌だったんだもん」


と。


「私と二人で食べようよ、二人がいいな」


と。


お手上げ、降参だった。


できすきた天然である、敵う未来が見えない。

彼女が水だとしたら、ミネラル豊富がすぎる。


小学生の頃も大概振り回されたが、こう綺麗に成長してなお、全く変わらないのだから、ある意味たちが悪い。


事ここに及んでは、ただ佐久間さんとの関係を聞かれていたのだと答えても、どうにもならなさそうだ。

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