第16話 ランチのために、逃避劇!
俺はにじり寄ってくる佐久間さんから、どうにか椅子をじりじりずらして、逃げんとする。
けれど、そもそも一番後ろの席だ。
すぐに行き場を失い、そのまま机ごと壁まで。
「逃がさないよっ」
彼女がどんと腕を突いて、斬新な壁ドンみたいなシチュエーションが完成してしまった。
おぉ、と一部のクラスメイトから、歓声のようなものがあがる。
目の前で、ドラマの撮影でも見ている気分なのかもしれない。全く他人事だ。
なんとしてもこの状況、早いこと脱しなければ……!
女子高生の制服に視界を埋め尽くされる妙な背徳感もそうだが、なにより怖いのは男どもからの嫉妬だ。
こうなったら、やや変態っぽいがしょうがない。
俺は、彼女の脇の下からクラスメイトたちの反応をちらり確認する。
目をギラギラと刃物みたいに尖らせてる男が、一、二、三……うん、もう数えたくないな。
「な、翔くん!? やっ、あんまりそこは見ないで欲しいかなぁ……」
佐久間さんが赤面して腕を引っ込める。
今しかない……! 俺はとっさに彼女の腕を取り、教室から脱走する。
ロッカーに入れていたカバンを確保したら、あとはもう力業で逃げるしかなかった。
委員長が廊下を爆走って、ヤンキー高校かよ、ここは。
あってはいけないことなのだろうが、非常事態だ。あとで怖い担任にしぼられるかもしれないが、仕方ない。
追手は、ついてこなかった。
振り返れば、壁に沿うように置かれていたロッカーが、進路を塞ぐように向きを変えられている。
「ここは俺に任せて行け!」
爽太郎が力技で止めてくれたらしい。
……好きだなぁ、そういうどこかで聞いたセリフ。
そして、強引すぎて、まじでヤンキー高校のやり方じゃねぇか。
本来は注意すべきなのかもしれないが、今回ばかりは不問である。
いや、むしろ飯くらい奢らなければなるまい。
「ありがとうな!」
感謝を伝え、俺は別棟まで駆け抜ける。
佐久間さんはしばし驚いた顔をしていたが、やがて頬を綻ばせ、胸に俺の腕を抱く。
ふにゅっと、たしかにふかふかのなにかが押し当たっているが、彼女に気にする素振りはない。
「嬉しいなぁ。翔くんが手を引いて連れ出してくれるなんて、夢みたいだ」
「……こんな時になに言ってるんだよ」
「なにって、ただの感想だよ? 一つ夢が叶ったんだもの。
たくさんの人がいる中から翔くんが私だけを見つけてね、身分もなにもいいから、って駆け落ち同然に私を連れ出すの。
えへへ。他にもあるけど、聞く?」
あぁ、もうどうしてくれようか、この天然爆弾。なんだ、その能天気な笑みは。
「あ、でも一個しゃべるにつき百円ね。私だって恥ずかしいんだから」
「……じゃあ言うなよ。というか、頼むから言わないで。お金ないし」
「えー、でもこういうことも言わなきゃ伝わらないでしょ?」
たまに、はっとするようなことを言うから、困る。
言わないと伝わらない。
そう、だから俺の初恋は終わった。終わったと思っていた、だけだったのだが。
照れを悟られないよう、俺は顔を前に向け続けたまま、足を動かすことだけに集中する。
そうして、彼女を連れてやってきたのは中庭のベンチだ。
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