第14話 連絡先交換

「いやぁ、久しぶりに走ったよ、気持ちいいかも!」

「そんな爽やかな感じの汗じゃねえよ。冷や汗もいいところだっての」

「ふふっ、私には翔くんの汗、爽やかに見えるよっ?」


彼女はさらりとそんなことを言うが、俺はといえば、今度は別の理由で冷や汗をかいていた。


勢いよく飛び乗ったせいだろう、乗客らの視線が、俺たちに集まっていたのだ。


もしこんなところで彼女の存在が、正体がバレようものならーー考えるだけで、背筋が寒くなった。


指をちょいちょい動かして、耳を貸すよう彼女に言う。

すると、まるで構ってもらえるのが嬉しい犬かのごとく、ぐいっと彼女は距離を詰めてきた。


……汗の匂いまで、爽やかな柑橘系の香りがするのは、生まれつきの特殊能力かなにかだろうか。


シーブリーズいらないんですか。


「そんなに平然としててバレたりしないのかよ? もし正体がバレたら大変な騒ぎになるんじゃ……?」


今度は俺が返事を聞く側だ。

左耳を彼女の方へ傾けると、彼女は両手を俺の耳に軽く当てて……、息を吹きかけた。


後に続く、ふふっという溢れた声がなんとも官能的に耳の奥を痺れさせる。


ど定番の悪戯だというのに、完全にやられていた。心臓の拍動が異常値を叩いている。


「大丈夫だよ。髪型も髪色も変えたし、なによりキャラが違うと思うんだよね。とくに君の前だと」

「そんなものか?」

「うん、そんなものだよ。ちょっと似てるなぁ、って思われるくらいじゃないかな? それにもし本当に都会に行く時はーー」


じゃーん! と彼女がポケットから取り出したのは、銀縁のメガネだ。


「私、かなり目がいいから、伊達だけどね。どう、インテリでしょ?」

「なりきれてない。インテリもどきだよ、それじゃあ」


インテリ度でいうなら、30点だ。きらきらオーラが消せていない。


じゃあネズミーランドの耳でもつけようかなぁ、などと言うが、それはただの楽しんでいる人だ。


よしんば佐久杏子とバレなくても、人目を引く美貌があるという条件は同じままである。


そこに存在するだけで、男からも女からも、自然となにかしらの感情を引き寄せてしまう。


「なぁ、一つ提案なんだけどさ。一応、外ではなるべく喋らないようにしないか? 人目が気になるというか、バレたら怖い」

「それって学校でも……?」

「まぁしばらくはその方がいいかもしれないな。今だって、めちゃくちゃ問いただされてるんだよ、俺」

「……………前向きに検討させていただくね」


つんと、そっぽをむかれた。素っ気ない横顔まで可愛いが、そうじゃない。


……それ、検討しないときの常套句じゃねぇか!


俺はとりあえず、食い下がる。


「じゃあ話したいことがあったら、メッセージ使うっていうのなら、どうだ? それなら、一応退屈はしないし」


ちょっとした代替案。

それくらいのつもりだったが、彼女の瞳にはきらんと星が宿った。

スカートのポケットから、いそいそスマホを取り出す。


「それは交換したいかも。昨日言いそびれたんだよね。

 ずーっと翔くんにメッセージ送れるんでしょ、すごいね文明の利器だ。ね、ID教えて!」

「分かったけど、その代わり……だな」

「それは前向きに検討するから!!」

「答え変わってないじゃねぇか」


学校の最寄り駅までは、二駅程度の距離しかない。

せめて降りるまで、と粘り強く説得をした結果、


「背に腹は変えられないよね、休日にも連絡できる権利を考えたら、仕方ないっ。本当に、善処するよ」


一応、ある程度は約束してくれることとなり、ついで連絡先を交換した。


結局あいまいな表現でごまかされた感じがするが、そこはご愛嬌だろう。


誤魔化すような表現だけを知識が豊富なのは、テレビ業界で得た知識なのだろうか。



一方で、メッセージアプリの使い方には、彼女はとんと疎かった。

アイドルをバリバリやっていた頃は、私用のスマホを持つことさえ禁じられていたとかで、最近ついに購入したのだとか。


本当に初めてらしい、辿々しい手つきだった。

それでも、なんとか連絡先を交換する。

彼女のアドレス帳には、家族と俺の名前しかなかった。


電車からバスへ乗り継ぎ、同じ高校の生徒で満員の席に、素知らぬ感じで前後に座った。


ぽん、と早速メッセージが飛んでくる。


なにかあったのだろうか。

決して他人に見られないよう、手で覆いながら見てみれば、


『翔くん、好きだよ。大好き』


あやうく、スマホに顔面を強打しそうになった。



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