第11話 主夫なんです
トマトソースではなくて、本当によかったと、しみじみ思った。
油がたっぷり含まれたソースはともかく、汁だけなら水に溶けてくれる。
裏からティッシュで叩いて、もみ洗いをすれば、ほとんど色味は元どおりになった。
あとは念のため、漂白剤液につけおき洗濯機にかければ、それで作業は完了だ。
まだ洗濯機が届いていないというので、我が家で預からせてもらうことにして、俺たちはそもそもの目的であった懇親会の準備へと戻る。
「へぇ。パスタって、そんなふうにして入れるんだねぇ……」
もはや見栄を張ることすら忘れてしまったらしい。佐久間さんは、俺の横に立って爪先立ち、こちらを覗き込んでくる。
シャワーを浴び、真新しい服を着た彼女から漂うは、女性らしい甘い香りだ。
シャンプーの匂いと混じって、鼻奥をくすぐった。
姉がつけていた、どろっとした香水の匂いとは違う、ひたすらに心地いい。
が、妙な気持ちが沸き起こってくるので、少し距離を取ってわざわざ手元だけに集中し、今度は野菜をカットしていく。
玉ねぎは、透き通るくらいの薄さを目指す。
「というか、いつのまに料理なんてできるようになったの? 聞いてないよ、そんなの。調理実習ダメダメだったのに」
「言ってないからなぁ。……まぁ親にあてがわれて、ここで一人暮らし始めてからかな。
自分がやらないと、毎日コンビニ飯だし」
健康面はもちろん、財布にもよくない。
コンビニ飯なんか食ってたら、すぐに底をつくはずだ。
委員会などが忙しく、バイトに入れる体力があるかといえば微妙だしなぁ。
「なるほど、その結果の主夫ってことね。でもやっぱり偉いよ! そうやって几帳面に努力しちゃうのが翔くんらしい! ちゃんと薄いスライスだ!」
国民的アイドルに褒められるほど、綺麗な手つきではないはずだ。努力したと言ったって、生活の範囲でしかない。
YouTubeの見様見真似で、なにが正しいかさえわかっていないのだし。
「私もやりたかったなぁ〜」
「今日はやめとけー。またトマトびたしになったら困るだろ。エプロンもないんだし」
すでに時刻は二時半、世間ではランチタイムの終わる時間だ。
今から新たな事故が起きたら、昼ごはんの時間が四時になってしまう。
それではもう、なにご飯なんだか分からない。
「はーい。じゃあ、いつか教えてね? 二人でやる方が絶対楽しいし」
「いつか、な。あっちでテレビでも見てたら? チャンネル変えたら、昼ドラくらいやってるんじゃないの」
「えー、昼ドラか〜。私、どろどろしたの好きじゃないんだよね。甘々なのがいいじゃん、やっぱり!」
そう言いつつも、彼女は少し跳ねるような足取り、リビング兼俺の部屋の方へと歩いていく。
入り口にある扉の手前で、何かを思いついたらしく、あっと声が上がった。
「そっか、ここ、翔くんの部屋じゃん! やばい、やばいよ、これは!」
「その語彙力の方がやばいと思うけどな」
「む、好きな人の部屋ってそれぐらい魅力的なんだよ。今の君を知れるかもしれないし♪」
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