第12話 さらに君のことを好きになっちゃうよ?

佐久間さんは、じっくりと部屋全体を見回し

はじめる。


普通の男子なら、避けたいイベントNo. 1がお部屋チェックだろうが……


俺は違う。


「別にいいけど、なんも出てこないぞ」

「ほんとかなぁ? 男の子の部屋なのに? 漫画だと、薄い本が出てくるよ?」

「それは漫画だからだよ」


残念ながら本当に、そんなものはない。


よしんばなにかあったとして、見えるような位置にはない。

一人暮らし二年目の男子高校生。


この生活力をなめてもらったら困る。俺は、不敵に笑ってみせた。


「その辺のOLと比べたって、まともだっての」

「じゃあ、本当に見ちゃうよ?」

「いいよ、別に」


ローテーブルの上は最低限、リモコン、ポット、茶菓子のみ。床に物は置かない主義なのだ。


勉強机だって、綺麗に整頓されている。

教科書や本はジャンルごとにきっちり棚に入れてあるし、CDなども整頓は完璧だ。


決して掃除が趣味なつもりはないのだけど。


だらしない姉を反面教師にしてきたから、こうなったのかもしれない。


「強気だね、翔くん。そんなこと言ってたら、クローゼットも開けちゃうよ〜?」

「なんにもないって」


俺は余裕の態度で答えるのだが……。


(……やべ、そうだった)


あることに思い当たって、菜箸を握ったまま、リビングへと飛び込む。


彼女は漫画棚を見ていただけで、俺はほっと胸を撫で下ろした。


少女漫画が混じっていることくらいなら、姉を言い訳にできる。


「やっぱり前言撤回だ。変なものが出てくるかもしれないから、掘り起こさないでくれるか?」

「なんだ、結局あるの? むぅ嫉妬しちゃうなぁ、エッチな本なんて読まなくても、わ、わ、私がここにいるのに。これでも、すーぱーアイドルなんだよ?」

「無理してアピールしなくて、いいからな」


無理のしすぎで、噛みまくっているし、スーパーアイドルを自称したこともやっぱり恥ずかしいらしい。


なかなか、こちらを向いてはくれない。


「……そうじゃないよ。もっとそうだな、別の変なものだ、うん」


変なもの。

といってもそれは物だけ見れば、なんの変哲もない。


机の中、それは苦い記憶とともに眠っている。


例の卒業式の日、告白とともに彼女へプレゼントしようと思っていた四葉のクローバーを模したネックレスが、そこにはあった。


当時月500円だったお小遣いを貯めて、背伸びをして買い物をしただけの安物だ。


このアパートに引っ越してくる時、机ごと持ち込んだため、一緒に持ってきてしまっていた。


「そっか、別の変なものかぁ。ふふっ、まぁ誰でも持ってるよね、変なもの!」

「そ、そういうものか……?」

「うん、きっと。捨てたくても捨てられなかったりするじゃん? ペットボトルの蓋とか!」

「いや、それは捨てるべきじゃね……?」


俺の声はしかし、ジュウッという嫌な音に遮られる。


パスタの茹で汁が、吹きこぼしてしまったらしい。


俺がすぐに対処へ向かうと、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべて、ついてくる。


「ペットボトルの蓋に呪われたんじゃない、翔くん。捨てろ、とか言うから怒ったんだよ」

「ずいぶんファンシーな妄想だな。じゃあ佐久間さんは、トマトの亡霊にたたられたんじゃないの」


それにたぶん、俺は呪われていない。

コンロの周りが濡れたくらいで、他に大した被害はなかった。


二人分を作ることがほとんどなかったため、水の配分を間違えていたらしい。


茹で上がったら、炒めておいた野菜類と適当に混ぜてトマトソースで煮るだけだ。


二つの皿に盛り分けて、ようやく食事の時間になる。


佐久間さんにそれを運んでもらったら、向かい合わせで手を合わせる。


なんだか、給食の時間みたいだ。


「久しぶりに、誰かの作ったご飯食べるなぁ〜」

「いつもは、ケータリングってやつだっけ?」

「そ! 仕出し弁当も美味しいんだけどね、なんか寂しいじゃん? 一人でボソボソ食べてさぁ」


美味しいよ、天才だよ、ありがとう、と連発で繰り出しながら、彼女はナポリタンをフォークで巻いては口に含む。


言葉にしなくても、『幸せ』と顔に書いてある。


作り手としては、こう嬉しいことはない。自分で作ったものを自分で食べるときとは、別物の感慨だ。


「はっ……!? 私、さらに君のこと好きになっちゃうよ? 惚れてもらわなきゃダメなのに」

「なっ、なんだよ急に」


突然、話がぶり返された。俺は、思いっきりむせこむ。


「えへへ。私、絶対、翔くんにご飯作れるようになるよ、ってこと! なにか飲み物取ってこようか?」

「……それは助かるけどさ」


こんなに、ぐいぐい来られれば、生きた心地がしない。


これからの生活が思いやられる。

そんな俺の心中を見透かしたのか、しゃがんで冷蔵庫の扉を開けた彼女はちょっと口角を上げた。


「ふふっ、なんだ、まだ緑茶好きなんじゃん」


どうやら、違ったらしい。

そういえば、大量のお茶を買い込んでいたんだっけか。


「それのなにが面白いんだ……?」

「嬉しいんだよ。君が変わってばかりじゃないって知れたからねっ」


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