第10話 下着にもしみたトマト
「な、なんだよ?」
掃除に集中ふりをして、なんとも思ってなさげな声で返す。
意識して、フローリングの木目だけを見つめる。
「これ、トマトの染みってどうすればいいのかな。お気に入りのシャツだったから、どうしようかと思って。
お洗濯したらなおる?」
隙間から佐久間さんがねじ出してきたのは、先ほどまで彼女の着ていた白シャツだ。
どうにか白肌を見ないようにして、俺はそれを受け取る。ほかほかしていることは、一旦頭の端に追いやって、その状態を確認する。
べったり中まで染みているわけではなさそうだ。
あくまで、今のところ。
「……あー、まだ間に合うな。この服、このまま貸してくれるか? 染み抜きしておくよ」
「ほんと!? 洗濯機まだ届いてないんだ、助かるよ」
ぱぁっと、表情が晴れる。が、すぐにまた雲が陰りを作った。
「そ、そうだ、翔くんあのね……」
ここまできたら、なんなり願いは聞き届けよう。そう思っていたのだけど、
「あの、結構派手にひっくり返したから、下着も染みちゃったんだけど……これもいいかな」
「……なんでいいと思ったんだよ、むしろ」
「ごめん〜! でも、これも勝負下着というか、大事な奴なんだ。翔くんに会うために、わざわざ選ぶくらい大事なやつで」
いちいち、心臓に悪いことを言うものだ。
「そ、そ、そんな奴に俺が触ってもいいのか」
「もちろんだよ! ほら、いつかは翔くんに脱がせてもらうつもりで…………じゃなくて、とりあえず大丈夫だから!」
どうやったら、そんな快活な返事ができるのか思考が謎である。変に生々しい想像が膨らんでくるので、俺はえぇいと自分の頭を殴った。
けれど、こうも懇願されて、断る俺ではない。
目を瞑りながら手を伸ばすと、ふわっと柔らかい生地と、お椀型のなにかが乗る。
そう、あくまでなにかだ。なにかだというのに……
カップの大きさから、胸の大きさを想像してしまう自分が悔しい。妙に生暖かいのが、心をかき乱してくる。
女性ものの下着自体に、耐性はある。家族と住んでいた頃、姉の下着が家のそこら中に散らかっていたせいだ。
触ることだって躊躇はない。
けれど、佐久間さんのものとこれば、話が違う。
「ど、ど、どきっとする? 女の子の下着だよ。君を好きだって言う女の子の」
なにそのセリフ、どこで覚えたの。
めちゃくちゃ下手くそな誘惑だし、なによりこの状況である。
「トマトのシミがついた、って前置きがあるけどな」
「むっ。そ、それはそれで貴重だよ。この世に一つしかない一品ものだよ」
「いらない貴重さなんだって」
「…………どれくらい、いらない?」
「親父からのお下がりくらい……?」
「むー!! もうやけだ〜。オークションにかけて価値証明してやるぅ〜」
まぁたしかに、オークションにかければ、四桁万円は固いかもしれないが。
そんな下びたことをして品格を落としても仕方ない。
もちろん俺は彼女を止めた。
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