第18話 家に入り浸る美少女アイドル様


女神が、家に帰ってくれない。


家が遠いからとか、終電がなくなったから、とか合理的な理由はない。家は、ドアトゥドアで0秒の距離だ。


なんなら、ベランダからだって帰ろうと思えば帰れてしまう。


寝巻き同然、あらゆるところが緩めの部屋着で、佐久間さんは転がっていた。

ぱたぱた足を動かしながら、俺の本棚にささっていた少女漫画を読み耽っている。


ちなみに場所は、俺のベッドの上だ。


フローリングに肘をついているのを見かねて、俺が勧めたのだが、間違いだったかもしれない。


「…………なんでこうなったんだ」


こめかみを抑えつつ、俺は振り返ってみる。


あの昼休みからのことだ。


教室へ戻ると、嫉妬だったり、興味本位だったり。

形は様々だが、それぞれエスカレートした感情が、俺たちには向けられていた。


授業中も、監視せんとばかりに背後の俺たちを窺ってくる。


さすがアイドルだ。佐久間さんは別に平気そうだったが、一般人の俺には耐えられない。


放課後を迎えると、今度も脱兎のごとく俺たちはすぐに教室を抜け出し、いの一番で駅に向かうバスへ乗り込む。


「学校で息つく時間もないってどういうことだよ……」


俺は徒労感から思わず愚痴をこぼしたのだが、


「大丈夫、お家ではゆっくりできるよ。約束、覚えてるよね?」


彼女はずっと、放課後のことばかり楽しみにしていたらしい。


「なにしよっか。対戦ゲームとかやりたいなぁ、車で走るやつとか! あとね、最近流行ってるFPSだっけ? あれもやってみたいんだよ」


それらの提案は、がっつり塞ぎ込みたい気分だった俺に、どんぴしゃりで刺さった。


そう、こんな日は家でごろごろゲームに限る(絶対にSNSもメッセージアプリも見ない)。


昨日のことがあったから、家に上げるのにもはや躊躇いはなかった。


例のトマト事件により、うちで預かった服や下着を、引き取ってもらわなければならなかったというのある。


なんにせよ二人でゲームをやりこみ、ご飯を食べ、また別のゲームをやり、そして今。


なぁなぁのまま、だらだらと過ごして、いまや時刻は10時だ。


「……そろそろ読み終わるかー?」


俺はクッション一枚を尻に引き、ベッドのへりに背中を預け、彼女の方を見る。


そのよく肉付いた身体を隠すには、やや不安になる寝巻きだった。

膝上二十センチ近いハーフパンツなうえ、裾が絞られておらず、内腿の危険な白さが露わになる。


その奥、ひらひらのショーツまでが見えて、俺は視線を壁の模様へ。

築二十年、溜め込まれたシミを数えて、なんとか心の平衡を保った。


「うー、今いいところなんだよねぇ。というか、そこだと背中痛いでしょ? 上あがったら? 私、座るからさ」

「……いいよ、ここが気に入ってるんだ」

「えー、ほんとに?」

「ほんとうだ。ここでそのまま寝てやりたいくらいだ」


無論、即興でついた嘘だった。


たしかに、その方が身体は楽だろう。


だが、女の子と二人でベッドに乗るという状況になったら今度は心の方が持つかどうか。


学校とは違う意味で、休まる暇がなかった。


ほんの二日前まで、男一人の城だったはずなのだが…………いまや半分、彼女の部屋状態だ。


「というか、もはや家みたいに使ってない……?」

「まぁ私が大家だしね♪ 翔くんが私を締め出したら、マスターキーで強行突破しちゃうよ」


そうだった、この美少女、不動産収入得てるんだった。


「権力濫用しすぎだろ、それは」

「まぁ、さすがに冗談だけどねー。合鍵はいつか、君から直接もらいたいなぁ。あ、私の合鍵なら今すぐあげるよ」

「……じゃあ、俺がそっちで寝ようかな」

「そんなことしたら一回やるたびに、家賃もあげるもん」


なんと無慈悲な。すぐにでも次のアパートを探さなければ。


「でも、合鍵は本当に渡しておいていいかな? ほら女子高生の一人暮らしってあぶないでしょ?」

「まぁ言われてみれば、そうかもな」


とくに彼女の場合、休業中とはいえ、アイドルでもあるわけだ。


常識を知らないファンが、存在を嗅ぎつけて、非常識な行動に出ないとも限らない。


「それか、いっそ繋げちゃう? 昨日も言ったけど、許可さえくれれば、壁取り払う業者呼ぶつもりだよ」


……もっとも非常識なのは、本人だったかもしれない。


「なんか意外と安くでできるみたいなんだ。たしか値段はねぇーー」


またしても、話がはじまる。


そろそろ帰ってくれ、と一言いえばよかったのだろう。


けれど、別に帰ってほしいわけではなかった。彼女との会話は楽しいし、まだまだ話していたい、と思いもする。


ただ、帰ってもらうべきだろう、とは思っていた。


いくら一人暮らし同士とはいえ、俺たちはまだ高校二年生だ。

大学生みたく、ぽんぽん泊まり合う関係はよくない。しかも付き合ってもいないのだ。


少なくとも一般常識的にそうだろう。


いくら仲がよくても、そこには一線があるべきだ。

佐久間さんはどこまで考えているのだろうか。


……いや、それを期待するのは野暮かもしれない。

彼女の天然ぶりは、今日でさんざん再認識した。


ここは俺が動くしかなさそうだ。と言って直接ずばりは言えず、迷った末、俺は彼女に投げかける。


「少しだけ勉強でもしないか?」

「あれ、今日宿題あったっけ」

「自習だよ、よい子は自習の時間だ」

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