第7話 その好きな人が君なんだよ!
そして、話はその程度で終わるものではなかった。
長話になると言うので、俺は家に彼女をあげる。
ちなみに普通の男子高校生が危惧するような、エッチな漫画が、とかゴミ箱がティッシュの山ということは、ないし、散らかってもいない。
一人暮らしだからこそ自分が掃除をしなかったら、無法地帯になるという恐怖感から、かなり綺麗にしていた。
昨日、一人でテレビを見ていたローテーブルを挟み、佐久間さんと向き合う。
どぎつい色のエナジードリンクを、気つけのワインかのようにお洒落に飲んで、その一言目だった。
「私ね、このアパートの大家さんになったの」
「大家? なんで、アイドルが大家?」
「そりゃあ、アイドルなんて人気商売だし、これくらいやらなきゃダメかなぁ……って嘘嘘。翔くんの隣に住むためです!」
さも結論を述べたかのように、彼女は腕を組んで得意げな顔になる。
が、俺の眉間からシワは消えないままだ。
なんせ全然分からない。
「すまん、一から頼む。なんにも入ってこない」
「端折りすぎちゃったかな? 分かったよ。私が、ここに翔くんが住んでることを知ったのは、翔くんママに聞いたから。
昔は仲良かったじゃん、うちの叔母と翔くんママ。だから、どうにか連絡取ってもらって今の君がどうしてるのか、探りを入れてもらったんだ。
たしか、一月くらいかな?」
……ふむ。
「そしたら、今は翔くんがアパートで一人暮らしをしてるって話を聞いてね。そんな滅多なチャンスないじゃない? だから、なんとか押して、住所まで聞いてもらったの!」
おいおい。うちの母、がばがばプライバシーすぎん?
「あれ、でもそこまでやるなら連絡先とかは聞かなかったのか」
「うん、聞いたんだけど、それはダメだーって」
なんでだよ! どういう基準なんだよ! くそ、身内であることが恥ずかしくなってくるぞ、おい。
「『その方がドラマチックで面白いよね』『分かる〜、突然お隣さんって燃えるよ、これは』って会話があったみたい」
それどころか息子の恋愛、ドラマ感覚で楽しんでやがる……!
こっちは生身なんだよ。韓流ドラマやってるわけじゃないんだが!?
「アドバイスも貰ったんだ〜。恋愛は突然の方が、落としやすい、ってね!」
「またなんつーか…………」
文明の利器をあえて利用しないことに、美徳を見いだす。
うちの母の口から飛び出ることの想像がたやすい。かなり昭和なテクニックだ。
そして、純真無垢で白地の彼女は、そのやり方に簡単に染まった。
騙されてるよ、とは言わないであげたい。
佐久間さんは、悪くない。
「そんなわけでアパートだけ借りちゃって、突然現れて驚かせよう作戦に出たんだ!
隣の部屋も空いてるって話だったから絶対キープしたかったんだけど、考えてるうちに取られたら最悪じゃん? 悩みたくなかったの、細かなことで。
だから、もういっそ買っちゃえ! と思ったんだ。大家になっちゃえば、自分のための空き部屋作っても、誰にも文句言われないじゃない?
アイドルやってたから、それくらいのお金はあったしね」
名義は、彼女の育ての親である叔母だが、権限は全委任されているのだとか。
いや、待て、でも、そもそも大前提が欠けている。
「なんで、俺なんかのためにそこまで……?」
「あれれ、朝礼で言ったよ。それに、昨日の会見でも言ったもん」
そう言うと、彼女はテーブルの上に置いていたリモコンのボタンを押す。
学校は短縮授業だったため、時刻はまだ昼前だ。
専業主婦ウケしそうなワイドショーが放映されていて、それはちょうど彼女の会見だった。
『私に好きな人がいるのは本当です。私はその人のことがずっと好き。もう、その人のことしか考えられません』
『私・佐久杏子は、その人を落とすため、無期限で休業いたします』
「と、まぁこういうこと! その好きな人が、君なんだよ。湊川翔くん」
テレビの音声と、そこから出てきた本人と。二度、告白された気分だった。
頬が一気に熱くなってくる。それは、やった本人も同じらしい。
ぱたぱた、朱色に染まった顔を仰いでいた。
こんな時、どう答えるか分かるほど、恋愛達者ではない。
それに俺の知っている告白とは規模感が違いすぎる。
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