第37話 君のいないカラオケ
カラオケ屋の前に着くと、五人ほどがすでに待っていた。
クラスメイトらは一様に俺の姿があるのに驚きつつも、連れ立って店内へと入る。
高校生失格かもしれない。
カラオケ屋にくること自体が久しぶりでなかなか慣れなかったのだが、歌う順番が一回りしてようやく体が馴染んでくる。
そこへ、
『今おうち帰ってきたよ。お弁当ありがとうね』
佐久間さんからメッセージがあった。空になったお弁当箱の写真と一緒に、だ。
洗って、ポストに入れてもらう手筈になっていた。
ふっと一人、微笑んでしまう。
この三日間は毎日のことだ。
彼女は、本当に些細なことでも報告をしてくれていた。
入浴、風呂上がり、着衣の連絡をしてきたときには、見事に純情を弄ばれ、
「せめて先に服を着ろ!」
と、速攻で指摘したこともあったが……
彼女なりに、俺と接点を持とうとしてくれているのは伝わってきた。
スマホの画面越しに、陸奥の歌声が天井のスピーカーから室内に響く。
室内の写真でも撮って送ろうか……?
少しよぎるけれど、これではまるで佐久間さんを放置して楽しんでいるみたいだ。
無関係を装うためとはいえ、申し訳なさも感じる。
事実、外から見たら、そういう風に見えるのかもしれないが……
俺自身、楽しみきれているかといえば、微妙なところだ。
流行りのポップチューンにも、乗り切れないでいる。
俺が返事を書きあぐねていると、
「なんだー、その微妙に乗り切れてない顔! 彼女さんとメッセージ?」
身体の小さな女の子が、俺の横に跳ねるように座る。
藤浪 灯里(ふじなみ あかり)だ。
前髪を跳ね上げたデコだしスタイルといい、キャラの快活さといい、いつも部活のパーカーを腰に巻いていることもそう。
そのポジティブ全開な雰囲気は、さん付けがまったく似合わない。
それほど関わりのなかった俺でさえ、呼び捨てにしているほどだ。
「……彼女さんじゃないっての」
「えー、とか言ってぇ。佐久間さんと明らかにできてるでしょ?
それに、ヒガモモちゃんとも、朝からなんかヒソヒソやってるじゃーん!」
ドリバーで汲んできていた烏龍茶を、吹き出す一歩手前だった。
おいおい、なんか部屋の空気も、不穏になってるじゃねぇか。
一度呼吸を落ち着けてから、俺は突如貼られた妙なレッテルについて弁明する。
「……いや、別にヒソヒソしてないからな!? 比嘉さんとは健全に勉強してるだけだっての」
「朝から二人きりで勉強って健全かなぁ〜、委員長さん」
藤浪さんは平気で背中をばんばんと叩いてくる。男女構わず、平等にゼロ距離だ。
ウブな男子どもの中には、これだけで簡単に惚れてしまう奴もいるらしいが、なるほど本人に自覚はないらしい。
少し距離を取って、
「夜にファミレスで二人きりより、ばっちり健全だろ。
なんなら、比嘉さんとは約束も待ち合わせもしてないよ」
というか、なぜそれを知っているんだろう。早朝、比嘉さんの他に誰かと遭遇したことはない。
「なんだ〜、まぁそんなことだと思ってたけどねぇ。見た人にちらっと聞いてたからさ。
灯里そういうネタ大好きだから、集めてるんだ〜☆ ね、他にもないの、色男エピソード!」
「そんなものあってたまるかよ……!」
俺は一刀両断するが、それくらいで引くのなら、それは藤浪さんじゃない。
目を爛々とさせて、彼女はさらに俺からなにか引き出そうとしてくる。
そこへ、
「ほら藤浪、次お前の番だぞ」
見かねたのだろう陸奥が、助け舟を出してくれた。
「おぉ、回ってきましたなぁ! じゃあ、尋問は後で!」
彼女はマイクを受け取ると、みんなの前へと出ていく。
身振り手振りで、華やかな曲を歌い出した。
俺とは真逆の人種だなぁ、としみじみ思う。
昼と夜みたく、ずっと裏返しの関係だ。
たぶん、この先ずっと理解し合えないタイプ。
そう考えていたのに、
「いやぁ、委員長面白いね〜。カラオケの点数より、それに気づけたことが収穫かも!」
終わる頃には、なぜか気に入られてしまったらしい。
まじで、そのフィーリングがどこからどうくるんだか、分からない。
とにもかくにも、帰り際。
「委員長、またカラオケ行こうね〜」
こちらへ大きく手を振る姿には、小動物的な可愛らしさを感じた。
うん、あの分だと、たしかに落ちる男もいるなと思う。
彼女にとっては当たり前の愛想が、受け取る側には特別に見えるわけだ。
隣に立っていた陸奥が、にやにやと俺の顔を覗き込んで言う。
「どうした、今度は藤浪が気に入ったかー? 妻帯者さん」
「そうじゃないってのは、見てたら分かるだろー。
お前こそ、藤浪みたいなのはどうなんだ」
「バカ、お前、俺は沙希さん一筋だっての」
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次回で、3章区切りです。
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