第54話 日常が突然消え去るとき

 あの日、クリスマスパーティーの日を境にして、瑞希から連絡が来なくなる。だが誠也は焦るどころか平常運転であった。


 正月は家でゴロゴロしようと決め、完全にだらけモードへ突入。

 久しぶりに味わうひとりきりの時間を堪能していた。


 ──ピンポーン。


 平和な一時を壊す悪魔の呼び鈴。

 今この家には誠也しかおらず、相手が誰であろうと出なければならない。

 深いため息とともに重い腰をあげ、誠也は玄関へと歩いていった。


「はーい、どちら様ですかー?」

「あっ、誠也、早く支度しなさいっ」

「る、瑠香!?」


 予想だにしなかった訪問者に誠也は驚きを隠せない。

 午前中というまだ早い時間もあって、人前に見せられるような格好ではない。


 それどころか、支度しろとはどういう事なのか。

 まずはその疑問を解決しようと思っていた。


「え、えっとさ、どうして支度しなくちゃいけないの?」

「どうしても何も、お正月なんだから初詣に決まってるじゃないのっ。いいから早く支度してきてよ」


 インターフォン越しでも伝わってくる瑠香の圧力。

 抗う術など存在せず、誠也はそれに従うしかない。


 猛ダッシュで準備をし、玄関の外に出たのは5分後であった。


「はぁ、はぁ、お、お待たせ。って、四ノ宮さんも一緒なんだね。晴れ着姿がよく似合ってるよ」

「ありがとう、鈴木くん。でもさ、私より先に褒める人がいるんじゃないかな?」


 沙織からの指摘でようやく気がつく誠也。

 怨念めいた視線が突き刺さり、背筋が凍りついてしまう。

 振り向くのすら躊躇するほど。


 だが逃げるわけにもいかず、誠也はゆっくりと瑠香の方へ視線を向けた。


「え、えーっと……瑠香の晴れ着も可愛くてステキだよ」

「ふぅーん、なんか取ってつけた感じがするけどー?」

「そ、そんな事ないよっ」

「それじゃ、どこが可愛くてステキなのか教えてね?」


 本心を見抜かれたような瑠香の鋭い指摘。

 冷や汗が止まらなくなり、まだ寝ぼけている頭を必死にフル回転させる。

 何か褒めるところはないか──瑠香の全身を舐め回すように見ていると、当の本人からカウンターパンチをもらった。


「ちょっと誠也っ! 視線がイヤらしいんだけどっ」

「誤解だよっ、僕は瑠香の可愛いとこを見つけようと──」

「あーっ、やっぱり適当だったんだー。なんか西園寺さんと扱いが──って、西園寺さん、今日はいないんだ」

「うん、連絡も全然来てないよー」

「そうなんだ……」


 誠也と瑞希が昼間に一緒にいないなど、珍しいというより初めてのこと。

 最後に会ったのはクリスマスパーティーの時で、いないことが気にはなったものの、これは神様がくれたチャンスだとポジティブ思考に切り替える。


 今日は邪魔者がいない。

 思う存分に誠也を独占できる。

 新年早々ついていると瑠香は思っていた。


「瑞希は瑞希で忙しいんだと思うよ。新年の挨拶回りとかね?」

「そう言われればそうかもね。実家が半端なく大きかったし、大人との付き合いもあるんじゃないかな」

「ウチの学校にそんな人がいたんだねー」


 神社まで道のりはそう遠くない。

 歩くスピードはゆっくりで、今は争いもなく平和である。

 誠也の隣は特等席と言わんばかりに瑠香が陣取り、沙織はその後ろを静かについていく。


 和風美人──沙織の歩く姿はその言葉がよく似合う。

 瑞希や萌絵、瑠香と比べられると劣るかもしれないが、美人と言われてもおかしくはなかった。


「瑠香、くっつきすぎじゃない? これじゃ歩きにくいんだけど」

「えー、これくらいいいじゃない。正月なんだしさ」

「正月とか関係ないじゃないか」


 独り占めできる喜びを噛み締め、心の中でガッツポーズを決める瑠香。

 今ならやりたい放題で誠也を自由に出来る。

 悪魔の囁きに耳を傾け、己の欲望に従おうと思っていた。


「ねぇ、こうして歩いてると昔を思い出さない?」

「昔って……小さい頃の話でしょ」

「それって最近の事と同じじゃないー」


 沙織がいるとはいえ、今は二人っきりと言っても過言ではない。

 偽りの恋人は実家に帰省、親衛隊の萌絵も今はいない、親友の沙織は応援してくれる。


 この状況はもはや運命のような気がし、いつも以上にテンションが爆上がり。

 今なら普通じゃ出来ない事も出来そう。

 ひとり妄想にふけながら、瑠香は神社まで誠也にベッタリしていた。


「うわぁー、思ったより人が多いね」

「考える事はみんな一緒だからだよ」

「二人とも、お参りしてから屋台とか見るんだからね?」


 沙織に釘を刺され、誠也と瑠香は少し残念そうな顔を見せる。

 香ばしい匂いに耐えながら待つこと30分、ようやく参拝が終わり屋台巡りが出来るようになった。

 これで美味しそうな食べ物にありつける──瑠香はそう思ったのだが、視界に入った御守りが気になってしまう。


 ピンク色の御守り。

 よく見ると恋愛成就と書かれており、しかもペアで売られている珍しいもの。

 どうやら、二つ合わせるとハートの形になるようで、これは是が非でも手に入れたいと思った。


「ねぇ、誠也。私さ、あの御守り欲しいんだけど」

「欲しいなら買えばいいじゃない」


 素っ気ない誠也の態度に軽く怒りを覚える瑠香。

 だが今はガマンの時、なにせ狙っているのは誠也とのペア御守りなのだから。


 なんとか誠也を誘導しなければならない。

 今こそ頭を使うとき──全神経を頭に集中させ、フル回転させた脳で名案を導き出そうとする。


 きっと何かあるはず。

 なにせ今日は何かとツイてる日。

 ポジティブに考えていると、天からの贈り物が瑠香に届けられた。


「あ、あのね、誠也、御守りを買うにはふたり一緒じゃないとダメなんだって。だからね、その……ダメ、かな?」


 潤んだ瞳に晴れ着姿からの上目遣いという未知のコンボが、誠也の心を大きく揺れ動かす。

 ここでダメとは言えない──選択肢がないにも等しくなり、頷く事しか出来なくなっていた。


 念願の御守りが買え瑠香は大喜び。

 逆に誠也はどこか照れくさく、羞恥心に取り憑かれてしまう。


 まさかペア御守りとは知らず、かと言って今さら断るわけにもいかない。

 心の奥がくすぐったくなるも、ここは瑠香のためだとガマンする。


 幼なじみ──瑠香とはそれ以上でもそれ以下でもない。それが誠也の考えだ。

 だからこそだ、だからこそ、幼なじみの頼みはなるべく聞いてあげたいと思っていた。


「この御守りを持っていればいいんだよね?」

「そそ、必ず幸運が訪れるからねっ」


 もちろん恋愛成就の事は伏せてあり、既成事実さえ作ってしまえばいいとの考え。


 騙してるつもりはない。

 自分の気持ち伝えてあるのだから問題ないはず。

 勝手かもしれないが、誠也を手に入れる為ならなりふり構っていられないのだ。


「仕方ないなぁ。ところで、僕、朝ごはんまだなんだけど……」

「それじゃ屋台で買い物しよっか」

「瑠香、やる時はやるんだね」

「さ、沙織、しーっ」


 親友からのツッコミに慌ててる瑠香。

 問答無用で口を塞ぎ、これ以上余計な事を言わないようにした。


「たこ焼きとか美味しそうだね」

「そ、そうだね。たこ焼きでも買おっか。すみませーん──」


 瑠香が店員に声をかけた瞬間、偶然にも同じように声をかけた人物がいた。

 それはどことなく聞き覚えのある声。

 まさかと思い声の方を向くとそこにいたのは──。


「し、白石さん!? どうしてここにっ」


 偶然か必然か、邪魔されないはずの時間が、萌絵という存在で崩れようとしていた。

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