第47話 ハロウィン前哨戦
どう返事をすればいいのか瑞希は悩んでいた。
無下に断るのも気が引けるし、萌絵なら一緒にいても問題はない。
ならば答えはひとつ。独占は出来なくても誘惑は出来ると考えたからだ。
「いいわよ、せっかくのハロウィンなんですし。みんなで楽しみましょう」
「ありがとう、姫」
こんなにも喜んでくれるとは思っていなかった。
今まで見た事のない萌絵に新鮮さを感じる。
嬉しさが心の中で膨れ上がり、今にも氷姫の仮面が剥がれ落ちそうであった。
「では、あたしは買い物があるので」
「なんのコスプレかは、ハロウィン当日までのお楽しみにしてますわ」
「では姫、失礼するね」
颯爽と瑞希の前から立ち去るも、萌絵の心臓は大きな音を鳴らしている。
誠也にコスプレを披露できる──嬉しさと恥ずかしさが入り交じり、体の内側を擽られてる感じがした。
これは気合いを入れてコスプレしなければ。
萌絵がコスプレするキャラは、エリーゼという『女神様は恋をしない』のサブヒロイン。
カレンという憧れの存在がいながら主人公に恋をしてしまう、という今の自分と同じような境遇のキャラだ。
マンガを手に取ったのは偶然。
読んでいくうちにエリーゼに惹かれて感情移入し、気がつけば応援したくなるほど好きになっていた。
「鈴木誠也はあたしのエリーゼを気に入ってくれるかな。ううん、気に入って貰えるよう頑張らなくちゃ」
すでに頭の中は誠也の事でいっぱい。
瑞希とは偶然会ったにすぎないが、これは運命だと思い始める。
ドキドキが止まらなくなり、今からその日が楽しみで仕方ない。
妄想が膨らみ危うく買い物を忘れて帰るほど。
萌絵は慌てて道を引き返し、目的のウィッグを買いに戻っていく。
「危なく目的を忘れるとこだったよ。コスプレグッズを買わないで帰るとか、ドジにもほどがあるよ」
恥ずかしさと戦いながら売り場へとたどり着き、簡単に目的のウィッグを見つけ手に取る。
ここまで手馴れているのには理由がある。
実は萌絵の趣味はコスプレ。
密かにSNSに投稿しており人気もかなりのもの。
だからこそ今度のハロウィンで、誠也を夢中にさせようと考えている。
告白──とまではいかないが、せめて自分を恋愛対象として見て欲しい。
一歩、たった一歩でいい、誠也との距離が近づいてくれれば満足。
少しずつ誠也の心を虜にしていけばいいと思っていた。
「これこれ、このウィッグだね。これで必要なものは全部揃ったかな」
準備万端であとは当日を待つだけ。
果たして誠也が見てくれるのか不安が残るも、萌絵は首を大きく横に振りそれを否定する。
ネガティブに考えてはダメ。
そうしなければ物事は必ず悪い方へ進むに決まっている。
思考をポジティブに切り替えると、萌絵はお店をあとにした。
長い、長すぎる、かれこれ10分近く待っている気がする。
たかがウィッグひとつで、こんなにも時間がかかるものなのか。
瑞希の中で次第に怒りが膨れ上がっていく。
「お待たせー。いやー、色々考えてたら時間かかっちゃって」
陽気な姿の瑠香が集合場所に来たのは、瑞希が待ってからおよそ20分後。待つ習慣がない瑞希にとって、この時間は苦痛以外の何者でもない。
このまま怒りをぶつけようか──いや、ここは我慢が必要。
この程度で怒るなと、器の小さい人と思われたくない。
瑞希は拳を握りしめる事で怒りを発散した。
「えぇ、分かるわ、考えながら探すのって大変ですものね」
「西園寺さんと意見が合うなんて珍しいー」
意見が合ったわけではない。
瑞希はイヤミを言い、瑠香は純粋に言葉を受け取っただけ。
勘違いしたままでも、互いが平和ならそれでいい。
交わる事のない思考の中、ふたりは衣装を買いにウィッグ専門店をあとにした。
ここで衣装を買えばすべての準備が終わる。
いや、正確にはコスプレが出来る状態になる、という事だ。
「ここで最後ですわね」
「私もだよー」
キャラコスの衣装から職業コスの衣装まで、その数は数え切れないほど。
見とれるくらい可愛いのもあり、目的以外の衣装に視線がいってしまう。
コスプレが初めてな瑞希だが、ここまで可愛いのが多いとハマりそうになる。その瞳は子どものような輝きで、店内に飾られている衣装を見回していた。
「西園寺さんはこういうところ初めてなの?」
「えっ、そ、それは……」
ここで初めてなんて言ったら、主導権を奪われるに違いない。
それだけは断固阻止しなければ──ウソをついてでもマウントを取ろうと、瑞希は氷姫の仮面をつけなおした。
「初めてなわけありませんわ。私こう見えてコスプレは何度もしてるのよ?」
「へぇー、そうなんだ。西園寺さんのイメージからは想像つかないからビックリだよ」
「人間、見た目で判断してはダメよ?」
ハードルを上げすぎたような気がする。
だが今さら口にした言葉を変えるわけにもいかず、コスプレ熟練者を演じなければならない。
そんな事が本当に可能なのか?
違う、そうではない、可能かどうかではなく、やらなければならないのだ。
注意が必要なのはボロを出さないこと。
瑠香から問いかけには、慎重に返事をしようと考えていた。
「そうだよね、人間、見た目より中身だからねっ。どんなに外見がよくても中身がないとねぇ」
その言葉は宣戦布告とも取れる。
まるで誠也には相応しくないとも言っているようで、瑞希の眉がピクリと反応する。
ここはスルーすべきか、見え見えの挑発に乗るべきか。
いや、悩む必要などない。華麗にスルーしてこそ、瑠香にダメージを与えられるのだから。
「まずは前原さんの衣装から買いましょうか。私のはそのあとでいいですから」
「譲ってくれるんですか? ありがとう、それじゃ誠也は私が──」
「誰もそんな話はしてないですわ。衣装ってハッキリ言ったじゃないの」
「そんなに怒らなくても。軽いジョークなのに」
とてもジョークとは思えない雰囲気を感じる。
油断したら負けてしまう──瑞希は警戒しながら、瑠香の衣装がある売り場まで移動した。
「ここに前原さんが欲しい衣装があるんですの?」
「そうだよー。こういう大人っぽいコスプレを一度してみたかったの」
並ぶ衣装はどれも妖艶さが漂うものばかり。
こんなコスで誘惑でもされたら、大抵の男はイチコロだろう。
そう、大抵の男は……誠也もそこに含まれるかもしれないと、一抹の不安が頭をよぎってしまう。
大丈夫、誠也は見かけで惑わされたりしない。
そんな性格じゃないから好きになったのだ。
何度も自分の中でそう繰り返し、瑞希は平常心を保とうとした。
「そう、前原さんなら似合いそうですわね。で、も、私はそんなコスプレしなくても十分大人っぽいわよ?」
瑠香を挑発して反撃に打って出る瑞希。
やられっぱなしは癪だと、つい言葉が口から勝手に出てしまう。
これもすべては誠也を渡さないという強い想いからであった。
「そうね、西園寺さんは美人だし、落ち着いてて大人っぽいと私も思うよ。私のはこれにするから、あとは西園寺さんの衣装を買いに行こうよ」
まさかのスルーに空いた口が塞がらなくなり、瑞希の思考が一瞬停止する。
幼なじみの余裕からなのか──その言葉が頭の中で何度も再生され、完膚なきまでに叩きのめされた気がする。
悔しい、こんなにも簡単にあしわられるなど思ってもみなかった。
心にリベンジという文字を刻みつけ、瑞希はカレンの衣装が置いてある売り場へと向かう。
人気があるのか、衣装はすぐに見つかり、会計を済ませるとふたりは別々に帰っていった。
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