第46話 コスプレの準備は混沌へ向かっていく
ここへはコスプレ衣装を買いに来たはず。
それがなぜ瑠香とエンカウントしてしまうのか。
だが瑞希が有利な事には変わらない。やろうとしているコスプレは誠也の希望なのだから……。
「興味はないんですけど、前原さんもコスプレするおつもりかしら?」
「もちろんだよ。だってハロウィンと言えば仮装だもん」
「誰かにでも見せるつもりかしら?」
挑発する口ぶりで瑠香の反応を見ようとする。
もし誠也のためであったら──そんな事が頭の中をよぎる。
いや、それはない、絶対にありえない。誠也と約束したのは瑞希本人だけのはず。同じような約束をするなど、誠也の性格からして考えにくい。
これはジャブによる牽制。
自分のテリトリーへの侵入を拒絶している。
この前の誕生日パーティーのような事は起きて欲しくない。
今度こそ、ふたりっきりになって誠也のハートを鷲掴みにしてみせると、瑞希は心に固く誓いを立てた。
「んー、今のところは考えてないけど──」
瑠香は純粋にハロウィンを楽しもうとしていただけ。
しかし、瑞希のジャブでその考えは大きく変わろうとする。
せっかくコスプレするのだから、知っている人に見てもらいたい。違う、知っている人なら誰でもいいのではない。誠也に見てもらいたいと思い始めた。
この前の反応を見る限りあとひと押しで落ちそう。
誠也を悩殺するようなコスプレなど、恥ずかしすぎて想像しただけで思考回路がショートする。
ダメ、この程度で狼狽えてはいけない。
これは負けられない戦いなのだから。
瑠香は気持ちを切り替え勝負に出ようとした。
「そうだ、誠也にでも見せよっかな。うん、せっかくコスプレするんだし、そうしよっと」
「そ、そんな事ダメに決まってますわ。誠也は私と約束したのですからっ」
「えー、そっかぁ、それじゃ、夜にでも誠也の家へ行こうかなっ」
決して折れない瑠香に瑞希は焦り始める。
自分の知らないところでイチャつかれでもしたら──そんなのは許せないに決まっている。
これは決断しなければならない。
幼なじみという特権で、『夜に』は反則のカウンター攻撃。
悔しい、悔しすぎて仕方がない。それならばと、瑞希は苦渋の決断をするしかなかった。
「だ、ダメよ、それは絶対にダメ。ですから、誠也と私と前原さんとで街を歩きましょうよ」
これがベストな選択──とは言いきれないが、誠也と瑠香がふたりっきりになるよりはマシだと考えた。
自分が一緒なら何があっても阻止できる。
渡さない、たとえ幼なじみが相手だろうと、誠也だけは絶対に渡さない。
今こそ決着をつける必要があるのか?
それは分からない、だが……いつかは決着をつける必要があると、瑞希は思っていた。
「どうしよっかなぁー。だいたい、西園寺さんと誠也は偽りの恋人関係なんだし、学校の外なら気にする必要ないと思うけどー?」
イジワルな瑠香がひょっこり顔を出す。
自分の気持ちすら表に出せないなら、偽りのままでいればいい。
所詮はその程度の覚悟しか持ち合わせていないのだから。
誠也を取り戻そうと瑠香は必死であった。
「そ、それは……」
返す言葉がないとはまさにこの事。
どう反撃すればいいのか見当もつかない。
何も浮かばない、このままでは瑠香の思い通りになってしまう。
諦めるしかない──瑞希はそう覚悟を決めようとした。
「なーんてねっ。冗談よ、冗談。やっぱりハロウィンはみんなで楽しまないとねー」
「……」
主導権を奪われ、しかも弄ばれた気がし、瑞希の中でモヤッとした何かが湧き上がる。完膚なきまでに叩きのめされてしまい、敗北感を刻みつけられる。
悔しいが今回は瑠香の勝ちを認めるしかない。
だがそれは今回だけ、そう、もう二度と負けたりはしない。
次こそはこの悔しさを瑠香に味わせようと、瑞希は気持ちを切り替えた。
「そ、そうね、ハロウィンですものね。そうですわ、せっかくですし、一緒に買い物しませんか?」
「西園寺さんと一緒に……? 私は全然いいよっ」
こうなった以上、瑠香との買い物を楽しもうと開き直る。
負けたままなのはイヤだが、今勝負しても勝てる気がしない。
本番はハロウィン当日、誠也が好きなキャラコスで圧勝しようと考えていた。
コスメも買い終わり、次はウィッグ売り場へと移動する。
数多くの種類や色があり、自分が欲しいモノを探すのにもひと苦労しそう。
さすがに二人同時行動は時間がかかりそうで、待ち合わせ時間だけ決め買い物は別々にした。
これなら揉める事はない。
瑞希は安心してウィッグ選びに集中出来ると思っていた。
「種類が多すぎますわ。ここは店員に聞いた方が早そうね」
カバンから取り出したのはあるマンガ。
そう、描かれているイラストと同じモノを探して貰えばいいだけ。
これなら迷う事もなく確実に手に入れられる。
瑞希はさっそく広い店内で店員を探し始めた。
「すみませーん、ちょっと探しているウィッグがあるんですけど」
「どのようなウィッグでしょうか?」
「このキャラクターと同じのを探してますの」
「それならこちらにございますよ」
店員はイラストを見ただけで、そのキャラクターのウィッグがある場所へ瑞希を案内する。
すぐに分かるなど、よほどの人気キャラなのだろうか──そう思いながら、店員のあとを静かについていった。
似たようなウィッグが並ぶエリア。
ひとりだけで選ぶとなれば、時間をかけても選びきれないだろう。
瑞希がウィッグの種類に圧倒されていると、店員がキャラクターそっくりのウィッグを持ってきてくれた。
「こちらになります」
「ありがとうございます、助かりました」
「いえいえ、では私は失礼しますね」
店員が立ち去ると、瑞希はウィッグを大切に抱え会計へと向かい始める。思ったより早くウィッグ選びが終わり、残るはメインとなる衣装だけ。会計を済ませ入口で瑠香を待とうとしていると──。
「あっ、ごめんなさい、ボーッとしちゃって」
「こちらこそ──って、萌絵!? どうしてアナタがここにいるのよ」
お互いの肩がぶつかり、謝られた相手は萌絵だった。
一番この場所とは無縁と思っていただけに、瑞希の驚きと言ったら言葉にならないほど。
一瞬、オシャレのためだと思った。
だがそれはすぐに違うと理解する。
なぜなら萌絵が手に持っているのは、『女神様は恋をしない』というマンガだったからだ。
「ひ、姫、え、えっと、今年はあたしもコスプレしようかなって。それより、姫はコスプレなんかしなくても綺麗なのに、どうしてここにいるんです?」
まさにデジャブ──瑠香と同じ展開が読め、ここは素直に洗いざらい話した方が手っ取り早い。そう考えた瑞希は、萌絵にすべてを伝えた。
「そうだったんだ。鈴木誠也とハロウィン……。そ、そうだ、姫、あたしも一緒に行く。だってあたしは──親衛隊なんだもん」
誠也への気持ちは隠したまま。
偽りだと知ったとしても、この気持ちだけは誰にも知られたくはない。
理由なんて分からない、しかしどことなく後ろめたい気持ちがあるのも事実だった。
推しであるのは瑞希なのは確か。
それでも推し以上に誠也の事が好きになってしまった。
誠也が他の女と一緒にいさせたくない──それがたとえ推しである瑞希であったとしても……。
萌絵は偽りの理由を使ってでも、誠也の傍にいたかった。
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