第26話 課題よりも大切なもの
まだ午前中にも関わらず、訪ねて来る人などいるのだろうか。
新聞の勧誘か、もしくは怪しい業者の営業か。
どちらにせよ、即座に断って瑞希のもとへ戻ろうと考えていた。
「はーい、どちら様ですか?」
「あ、誠也、よかったー。いなかったらどうしようかと思ったよ」
「えっ、る、瑠香!?」
予想だにしなかった訪問者に驚きを隠せない誠也。
時間は朝の10時過ぎという早さ。
いくら幼なじみとはいえ、こんなにも早く訪ねてくるのは初めてであった。
「あのね、誠也にお願いがあって来たの」
「お願いというのは?」
「実は──夏休みの課題をすっかり忘れてて、一緒にどうかなって」
そこに計算など一切なく、瑠香は素で忘れていた。
それならばと、ピンチを逆に利用して誠也に甘えるチャンスへ変えようとした。
今は夏休み、新学期となれば誠也と過ごす時間が減る。
可能ならば新学期が来ないようにすればいいが、そのような非現実的なことが出来るはずもない。
限られた少ない時間でいいから、誠也との思い出をひとつでも増やしたかった。
「どうって……。もしかして今日とか?」
「うん、予定とかあったりするの?」
「えーっと、予定はあるようでないような……」
「誠也、絶対に何か隠してるね?」
瑠香の鋭い直感が冴え渡る。
幼なじみだからいうのも理由のひとつだが、誠也の言動があからさまおかしい。ウソをつくのが苦手──素直すぎる性格なだけに、誠也はすぐ言葉や態度に出てしまう。
インターフォン越しでも分かる瑠香の圧力。
その凄まじさに耐えながら言い訳を考えていると、瑠香が衝撃の行動に出てきた。
「このままじゃ埒が明かないから、中で話そうよ」
「い、いや、ちょっと待って──」
鍵が閉まっているのだから、外から入れないのは当たり前。
開けなければ大丈夫──その油断が命取りとなる。
──ガチャ。
聞き覚えのある音が誠也の耳を通過する。
音が聞こえた方向へ視線を向けると、ドアノブがゆっくり動くのが見えた。
「もぅ、何が言いたいのか全然分からないよっ」
ドアを開けて入ってきたのは瑠香。
鍵は閉めたはずなのに、なぜ目の前に瑠香がいるのか、誠也の頭上に疑問符がいくつも浮かび上がっていた。
「その前に聞きたいことがあるんだけど」
「ん? 何を聞きたいのかな?」
「どうして瑠香がうちの鍵を開けられるの?」
そう思うのが当然で、可能性があるとすれば鍵のかけ忘れ。
いや、それはない、絶対にありえない。しっかりと鍵はかけたはずだし、それに鍵が開く音まで聞こえたのだから。
「あー、それね。おば様に頼まれたのよ。留守中の誠也をよろしくねって、合鍵まで渡されたんだから」
「……」
絶句──本人ですら知らなかった真実に、言葉がまったく出てこない。
確かに誠也の両親は昨日から旅行で不在だ。
だからと言って、瑠香に合鍵を渡しているなど聞いていない。
寝耳に水とはまさにこのこと。
思考がなかなか切り替えられずにいると、そんなこと関係なく瑠香が本題を話してきた。
「それでね、私が来たのはね、課題……夏休みの課題を一緒にやらないかなって」
「えっ、あ、か、課題ね……」
すでに瑞希とやっているなど言える勇気がない。
三人で一緒に──とも思うが、何か危険な香りがした。
勇気を振り絞るか、言い訳を考えるか悩む誠也。
そもそも誠也の目には、瑞希と瑠香は仲がいいように映っている。
それなのにどうして素直になれないのか……。きっと重大な何かを見落としているのかもしれない。
結論が出ずに時間だけが過ぎていくと、瑠香からのカウンターが誠也に直撃した。
「ねぇ、この靴──誰か来てるのね。でも、誠也の家に来る人なんて……あっ、このサイズってもしかして──」
瑠香の慧眼によって完全にバレた。
いやそうでなくとも、玄関に置いてある靴を見れば一目瞭然。
1足しかないはずなのに2足あるし、それにサイズも大きく違うのだ。気づかない方が無理な話であった。
「うっ、え、えっと、説明しようとしたんだよ。瑞希も夏休みの課題が終わってないらしくてさ。それで一緒にやろうって話になったんだ」
「ふぅーん、それなら私が混ざっても問題ないよね?」
隠そうとしていたことを怒られると思っていた。
しかし、瑠香から飛び出た言葉はまったく違うもの。
瑠香の笑顔に若干の違和感を覚えるも、きっと気のせいだと心の奥にしまい込んだ。
「お邪魔するねー、西園寺さん」
「なっ……。前原さんがどうしてここに!?」
「どうしてって……私は誠也の面倒を見るようおば様から言われてるからだよ」
誠也の部屋に入るなり主導権を奪おうとする瑠香。
夏休みの課題ではなく、わざと別の理由を話して瑞希の動揺を誘った。
これは負けられない戦い。
どうやらお互い考えることは同じようで、鉢合わせた以上、幼なじみの特権で瑞希を突き放す気満々。
対する瑞希も一瞬動揺するがすぐに立て直し、臨戦態勢を取り瑠香を迎え撃とうとした。
「それじゃそろそろ課題を始めようか」
張り詰める空気にすら気づかず、誠也はさっそく課題をテーブルに広げた。
今日の目的は課題をすること──そう考えているのは誠也だけ。
瑞希は誠也との距離を詰めようとし、瑠香は幼なじみの特権を使いベッタリしようとしている。
両者の思惑が交差する中、夏休みの課題を終わらせる会がスタートした。
「ねぇ、前原さん、ちょっと誠也にくっつき過ぎじゃない? それだと誠也が課題をやりづらそうですわ」
「そうかなー、幼なじみならこれくらい普通だよね? 誠也」
どう答えればいいのか分からない。
だが瑠香がくっついてくるのは予想がつく。
それは以前に好きと言われたから。
LOVEではなくLIKE──それが誠也の認識であり、スキンシップの一環だと思っていた。
「うーん、そうだねぇ。でも、もう少し離れてくれると助かるかな」
やんわり言うことで波風を立てないようにする誠也。
これなら瑠香が傷つくこともないだろうとの考えだ。
「むぅ……。誠也がそう言うなら仕方ないか」
誠也に言われたら大人しくするしかない。
強引に迫って嫌われるのは本末転倒なわけで。
それこそ超えてはならない一線である。
「ねぇ誠也、ここが分からないんだけど……」
今度は瑞希が攻めに転じる。
必要以上に密着し胸を押し付け大胆にアピールする。
その破壊力は誠也の顔を赤く染めらせ、心臓が張り裂けそうなくらい大きな音を鳴らさせるほど。
実はこれも作戦で、頭脳明晰な瑞希には簡単な問題。
おそらく誠也には解けないであろう問題を選択し、アピール時間を長く取ろうと考えていた。
吐息が肌に触れるほどの近さ。
瑞希もほんのり紅潮し、心音が徐々に激しいリズムを刻んでいく。
もはや夏休みの課題など瑞希の頭にはなく、その瞳には誠也しか映っていなかった。
「ちょっと! 西園寺さんもくっつきすぎ! それじゃ誠也が教えにくいでしょ」
「そうは言いましても、私、目が悪くて近寄らないと見えないですわ」
「メガネかけてない時点で怪しいんだけど……」
激しい攻防が繰り広げる中、誠也だけは冷静さを取り戻し必死に問題を解こうとする。
せっかく聞いてくれたのだから力になりたい。
難しいのは分かっているが、ここはなんとしてでも教えようと意気込んでいた。
「瑞希、この問題はね、ここをこうして──」
「違いますわよ、誠也。これはこうするのが正しいんですわ」
「あのー、西園寺さん? もしかして、答え分かってますよね?」
チクリと突き刺さる瑠香の言葉。
魂胆を見抜かれ、瑞希の額から冷や汗が流れ落ちる。
ダメ、ここで動揺などしたら負けたのも当然。
知恵を振り絞り、このピンチを脱しなければならない。
数秒にも満たない時間で、瑞希はその答えを導き出した。
「そ、そうだ、そろそろお腹空かない? お昼、私が作ってあげますわ」
「話を逸らさないでよー、でも、確かにお腹空いたね。私も誠也のために何か作ってあげるからっ」
急遽始まる料理対決。
火花を散らし両者が激突する中、誠也だけは仲がいい二人だなと、呑気なことを考えていた。
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