第41話 圧倒的に劣勢な幼なじみは強行手段にでる

 勇気を出して告白したのに何も変わっていない気がする。

 いや、変わっていないどころか、前より悪化しているようにも思える。

 ダメだ、このままでは誠也が振り向くのは永遠に来ない。


 ひとり悩んでいても道は閉ざされたまま。

 先へ進むには誰かの協力が必要。そう、誰かの協力が……。


「沙織ー、お願いだから助けてよー」

「どうした、どうした。何があったか聞かないと、助けようがないでしょ」


 瑠香が泣きついたのは親友の沙織。

 まったく進展しない誠也との関係を相談しようとしていた。


「この前──って言ってもだいぶ前になるんだけど、私ね、勇気を出して誠也に気持ちを伝えたんだよ」

「恋愛が苦手な瑠香にしては攻めたねー」

「でしょ? 私、頑張ったんだよ……。それなのに、誠也ったら意識してくれてないって言うか、前より距離が遠くなった気がしてるの!」


 愚痴なのか相談なのか微妙なところではあるが、瑠香が何を言いたいのか沙織は分かった。

 親友だから──それも理由の一つ。

 しかし決定打となったのは、瑠香が僅かにこぼした涙であった。


「なるほどねー。鈴木くんってかなーり鈍い気がするし、アピールが足りてないんじゃない?」

「アピール……。でも告白以上のアピールなんて、わかんないよー」

「んー、それならさ、スキンシップを増やすとか。例えば──」


 半泣きの瑠香に優しくアドバイスする沙織。

 告白できる勇気があるのなら、過剰なスキンシップくらい朝飯前だと思っていた。


 過剰──どれくらいならあの鈍感誠也が気づけるだろうか。

 半端なスキンシップでは効果がないはず。

 かといって、やりすぎてはいけない。


 慎重に考えた結果、沙織は秘策を伝えようとした。


「鈴木くんにわざとらしく密着するとかね。もちろん、胸を惜しみなく当てないとダメだけど」

「む、胸!?」


 大胆すぎる提案に瑠香は一瞬で固まってしまう。

 一度はキスしているとはいえ、あれは事故のようなもの。

 自分から胸を押し付けるようなスキンシップなど、今の瑠香に出来るわけがない。


 沙織の言いたい事は分かるが、さすがにそれは無理な話。

 いくら幼なじみでも、出来る事と出来ない事がある。

 今回のは完全に後者になり、頭の中でその光景を描いた途端、瑠香の顔が赤面とともに爆発した。


「そうよ、胸だよ。これ以上の武器なんてあると思う? それにそこまですれば、鈍感な鈴木くんだって分かってくれる……はず」

「ちょっと! 最後の間は何! はずって何よ、はずって。親友が困ってるんだから、真剣に考えてよねっ」


 もはや冗談であって欲しいと思う瑠香。

 思わず大声を出して全力で他の案に変えさせようする。


 恋愛ベタを克服したわけではない。

 告白ですら緊張で胸が張り裂けそうであった。

 それなのに──もし誠也に胸を押しつけでもしたのなら、瑠香の心臓はきっと外に飛び出してしまうだろう。


 そんなの耐えられるはずもなく、断固としてこれだけは阻止したいと思っていた。


「私は真剣なんだけどなー。でも、これくらいしないと、鈴木くんは気づいてくれないでしょ。それとも──強引にキスでもする?」


 アピール方法がさらに悪化し、瑠香の頭の中は真っ白になる。


 自分からキスとか、胸を押し付けるよりも絶対に無理。

 それこそ、事故とかでない限り不可能であった。


「それはもっと無理だよ」

「それなら決まりだね」

「ま、待って、百歩譲って胸を押し付けるのはいいよ。もう諦めたし……。それよりもさ、シチュエーションが全然思い浮かばないんだけど」


 キスまで拒否したら、次は何を提案してくるのか分からない。

 妥協──選択肢はこの一択しかなくなり、瑠香は羞恥心にもがきながら納得するしか出来なかった。


「そこまでは考えてなかったなぁ。うーん、そうだ、何も言わずに思いっきり抱きついちゃえば? 幼なじみなら平気でしょ」

「幼なじみとかそういう問題じゃないからっ! そんな事できるならとっくにやってるし」

「冗談だよ、冗談。そうだねぇ、まずは服装を変えないとねっ」


 小悪魔な笑みを浮かべる沙織が、瑠香の背筋をゾッとさせる。

 イヤな予感しかしない──もはや覚悟を決め沙織が選んだ服に着替えさせられた。


「うん、これならバッチリだね」

「な、なんでこんな服を沙織が持ってるのよー」


 恥じらう姿が瑠香の可愛さをアップする。

 胸元が大胆に開いたワンピースに短めのスカート、それは瑠香が普段絶対に着ない服装。

 ちょっと大人なデート用コーデで、この格好のまま街を歩くなど、瑠香にとっては難易度が高かった。


「んー、いざって時に買って置いたんだよ。私と瑠香は体型がほぼ同じだからサイズはピッタリでしょ?」

「サイズは問題ないんだけど……」

「それじゃ、それで鈴木くんに近づくんだよ。あとは気合いでなんとかしてね」

「気合いでなんて……。もぅ、分かったよ、こうなったら積極的に攻めるからっ」


 瑠香はどうやら開き直ったようで、羞恥心を捨て誠也にアピールすることにした。


 立ち止まったりはしない、ひたすら前へ突き進もうと。

 本気にならないと誠也は振り向いてくれない。

 これは自分を変えるチャンスでもあり、幼なじみという立場から脱却し、新しい地位を手に入れようとした。



 こんなに緊張するものだろうか。

 今はかれこれ数十分スマホと睨めっこ。

 手を伸ばしてすぐに引っ込める。何度も繰り返され、時間だけが無情にも過ぎ去っていた。


「うーん、今なら電話してもいいよね……? 迷惑とかならないかな」


 優柔不断とはまさにこの事で、なかなか踏ん切りがつかない。

 誠也を言い訳にし、本当は勇気が出ないのを隠した。


 この状況がいつまで続いても困る。

 それこそ、深夜とかになる可能性だってある。

 ダメ、これでは変わると決意した意味がない。


 瑠香は気合いを注入すると、スマホを手に取り誠也へ電話をかけた。


『も、もしもし、誠也? 今、平気かな?』

『全然大丈夫だけど、どうしたのこんな時間に』


 心臓がこんなにも高鳴っている。

 幼なじみの誠也と話すのに、緊張するのは初めての事。


 ──トクン、トクン。


 早いリズムでしかも大きな音。

 次の言葉が喉を通ってくれない。

 無言のままでは気まづくなる一方──大きな深呼吸で心を落ち着かせると、瑠香は強引に言葉を吐き出した。


『あのね、9月20日って空いてるかな? もし空いてたら──』


 精一杯の勇気を振り絞った。

 人生の中で一番とも言えよう。

 跳ね上がる鼓動に耐えながら、瑠香は誠也からの返事を待っていた。


『ごめん、その日は予定があってダメなんだ』


 勇気を振り絞ったのにまさかの予定あり。

 しかし、ここで引き下がるわけにはいかず、瑠香はその予定が何か聞き出そうとした。


『予定って何よ。私よりも大切な事なんだよね?』

『ちょっと瑠香、落ち着いてよ』


 逆ギレと言わんばかりの口調。

 つい先ほどまでドキドキしていたのに、今は怒りがそれをかき消してしまった。


『私はいつだって冷静だよっ。それより、予定の内容を教えてよっ! まさか私に言えない事とかじゃないでしょうね?』

『そんな事ないよ。単に瑞希の誕生日だから、サプライズパーティーをやろうかなって。だからその日はどうしてもダメなんだ』

『行く……それなら私もそのサプライズパーティーに行くからっ』


 なりふり構わず思った事をそのまま口にした。

 瑞希とふたりっきりにはさせない。それだけは阻止したいと、強引に参加しようとしていた。


『えっ、瑠香も来るの?』

『何? 私がいたらダメな事でもあるの?』

『そ、そんな事はないけと……』

『じゃ決まりね。それにサプライズなんだから、私が行ったら驚くに決まってるもん』


 電話越しでも分かる威圧感。

 それが誠也から拒否権を綺麗に奪い去る。


 こうして瑠香は、瑞希の誕生日パーティーへの参加切符を手に入れたのだ。

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