第4話 偽りでない幼なじみ
偽りのデートから一夜明け、今日は普通に学校がある日。
いつものように誠也と瑞希は登校していた。
だがいつもと違うのは──。
「あ、あの、ホントに手を繋いでていいんです?」
「いいに決まってるじゃない。私がそうしなさいって言ってるのよ? それとも、偽りの恋人だからしなくていいとも思ってるの?」
どうやら地雷を踏んだようで、瑞希の顔が不機嫌となる。
あの日、デートの日を境に瑞希の態度が変わったと、誠也の目にはそう見えていた。
「分かったよ。瑞希の言う通りにするよ」
「最初から素直にそうすればいいのよ、ばかっ」
会話はそれだけだった。
だが……学校に着くまではずっと手だけは繋がったまま。
だが表情はいつもの氷姫に戻り同一人物かと疑うほどだった。
「それじゃ、また放課後ね」
「う、うん……」
素っ気なさすぎる言葉。さっきとは真逆な態度が不可解すぎ、誠也の中で瑞希という人間がよく分からなくなる。
本心はいったいどこにあるのか。
そもそもこれは偽りの恋人で、深く気にしても仕方のない話。
しかしそれでも──誠也の心に不協和音を残していった。
「ねー、週末のデートどうだったの、瑞希? あたし瑞希がどういうデートしたのか興味あるんだよねー」
クラスメイトとの何気ない会話。
学校での瑞希は女友達しかいないが、その周りはいつも取り巻きが取り囲んで、まるでお姫様のような扱い。
美しすぎるとは罪──冷たい態度も魅力の一つであり、誰ひとりとしてその冷たさを非難しなかった。
「別に普通よ、普通。そうね、ひとつだけ挙げるとすれば、誠也が私にゾッコンだったくらいよ」
「カレシとラブラブなんて羨ましいよ。でも、あんな冴えない男子のどこが気に入ったの? ずっと疑問だったんだよねー」
氷姫の仮面を付けたままクラスメイトの質問に答えるも、返事に困る質問が突然飛んでくる。
誠也を好きになった理由……。
そんなの偽りなのだからあるわけがない、とは言えず。
表情を一切変えることなく、誠也の魅力を考え始めた。
クラスメイトの言う通りで誠也は確かに冴えない男子。
顔もイケメンとは程遠く普通のレベル。
記憶を辿り魅力的な部分を探していると、デートのときのことを思い出してしまう。
キスまであと数センチの距離だったこと。
水しぶきから守るため力強く抱きしめられたこと。
それらが鮮明に映像化されると、瑞希の顔が僅かに赤くなっていた。
「瑞希、大丈夫? 顔が赤いけど熱でもあるのかな?」
「なんでもないわよ。それで、誠也のどこに惹かれたかよね? そんなの決まってるわ。優しくて頼りがいがあるところよ」
必死になって激しくなった鼓動を抑えようとする瑞希。
学校では常に沈着冷静、氷姫でいなといけない。それが今まで作り上げた自分のイメージなのだ。
「あのー、西園寺さん、誠也と付き合ってるのって本当なんですね」
自分以外の人に『誠也』と呼ばれるのが気に触った。
誰だか知らないが、誠也と付き合っているのは瑞希自身で、名前で呼ぶのは恋人の特権だと思っていたから。
瑞希はピクリと眉を動かし、ポニーテールが似合う少女を見つめる。顔は可愛い部類に入るが、瑞希の足元には到底及ばない。
そんな少女に瑞希は、いつものように冷たい口調で返事をした。
「アナタは……どちら様でしたっけ?」
「あっ、ごめんなさい。私は前原瑠香と言います。えっと、一応誠也の幼なじみなんですよ」
幼なじみがいたなんて聞いていなかった。
隠し事をされたみたいで、瑞希の心が黒いモヤに覆われる。
誠也との関係は偽りの恋人──それだけなのはずなのに、なんだか負けた気がして自分が許せなかった。
「そう、幼なじみがいたなんて知らなかったわ」
「誠也から聞いてなかったんですね。もう、いつも肝心なことを言わないのは昔からなんだから」
瑞希自身が知らない誠也を知っている女。
理由が分からないが、それがなんだか許せない。
まるで誠也が突然遠くへ行ってしまったようで、胸がキューっと締め付けられた。
「そういえば最初の質問、誠也と本当に付き合ってるかよね? もちろん本当ですわ。昨日デートしたばかりですし、それに──お互い抱き合いましたからね」
負けず嫌いなのか、あの恥ずかしい出来事をあっさり告白する。
しかも脚色までして瑠香からマウントを取ろうとした。
「そう、だったんですね……」
瑠香は肩を落として本気で残念そうだった。
心ここに在らずでその場を離れてしまう。
そんな瑠香の背中を見た瑞希は、心の中で勝利したことを喜び、口元には笑みを浮かべていた。
「どーしよー、沙織ー」
「どうした、どうした。何があったのさ」
泣きながら親友である四ノ宮沙織に相談する瑠香。
噂が本当だったことが余程ショックなようで、立ち直れなさそうなオーラを撒き散らす。
ずっと言いたくても言えなかった好きというたった二文字。
今さら後悔してもその言葉を伝えることが出来ない。
瑠香は自分の勇気のなさに嫌気がさしていた。
「噂は本当だったんだよー」
「噂……? あぁ、鈴木くんと西園寺さんのね」
「これから先、私どーしたらいいかなー」
ふたりが付き合っているのなら、略奪愛くらいしか方法がない。
沙織は瑠香の頭を優しく撫でながら、ひとまず落ち着かせようとした。
「少しは落ち着いた?」
「うみゅ……」
「そうだねー、とりあえずさ、鈴木くんと話してみたら? 幼なじみなんだし、気軽にね?」
「そうだね、私、頑張る! 頑張って誠也と話してみるよ」
ついさっきまで涙目だったのに、急に元気を取り戻した瑠香。
小動物のような仕草が可愛らしく、沙織も微笑みながら暖かい眼差しを向ける。
親友であり妹のような存在。
同い年とはいえ、沙織はどことなくお姉さん気質。
怒ったことなど一度もなく、聖母のような性格だった。
「でもさ、学校でふたりだけで話してると、なんだか浮気してるみたいに見えちゃうよね? 変な噂が飛び交うのも迷惑かけちゃうし、うーん、どーしよー」
誠也にだけは迷惑をかけたくない。
嫌われるのは絶対にイヤだ。
どうにかして、ふたりっきりで話せる方法がないか考えていると、沙織から名案が飛び出してきた。
「何も深く考える必要なんてないんじゃない? だって幼なじみなんだし、それなら、適当な用事で鈴木くんの家に行けば、ふたりだけで話せると思うよ」
「ナイスだよ、沙織! そうだよね、ここは幼なじみの特権を使うしかないよね」
とは言ったものの、そんな都合よく用事なんてあるわけがなく。
何か些細なことでもないか、必死に頭を働かせる。そこで浮かんだのが、話も出来て女子力も見せつけられるナイスなアイディアだった。
「その様子だと何か閃いたみたいね」
「うんっ! 手料理を作ってね、ちょっと作りすぎたんだけどー、とか言って誠也の家に持っていくの。それでね、強引に誠也とふたりっきりになって、西園寺さんのことどう想ってるか聞いてみるよ」
少し強引すぎる流れだが、本人がやる気満々ならそれでいいと沙織は思っていた。
瑠香は料理には自信がある。
いや、料理だけでなく、掃除や洗濯も普段から自ら率先してやっているほど。
ひと言で言うなら家庭的な女性だ。
自分の得意分野で勝負し、なんとか誠也と話をしたいと思う瑠香であった。
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