第36話 氷姫と親衛隊と幼なじみ

 ここはハッキリ聞いておかなければならない

 いくら親衛隊とはいえ、やっていい事と悪い事がある。


 自分を慕ってくれるのは嬉しいが、かき乱されるのは困ると思い、瑞希は萌絵と一度話そうとしていた。


「萌絵がどこへ行ったか知らないかしら?」

「誰かと話があるとかで部活棟の方へ行きましたよ」

「そう、ありがと」

「何かあったんですか、姫?」

「大丈夫よ、ちょっと話をしたいだけですから」


 昼休み、今日だけは誠也とは別行動にして、なぜあんな事をしたのか聞き出そうとする。

 正直なところ怒りもあるが、それよりも萌絵が何を考えているのか知りたかった。


 悪意があるわけではない。

 そんな事は分かりきっている。

 信頼しているからこそ、何が起きたのか把握したい思いがあった。


「部活棟と言っても広すぎるわね。萌絵はどこにいるのかしら」


 部活のためだけに建てらており、校舎よりも遥かに広い。

 ただ、この時間は誰もいないため、微かでも話し声が聞こえればそこにいるはず。


 耳を澄ましながら歩き回る瑞希。

 だが聞こえるのは自分の足音だけ。

 それでも諦めずに探していると、人の声らしき音が微かに聞こえてきた。


 萌絵に間違いないはず──瑞希は逸る気持ちを抑え、慎重な足取りでその場所へと向かっていった。


「間違いないわ、あの声は萌絵ね。でも、誰かと話してるみたいね。一体誰かしら……」


 瑞希は柱の影からこっそり会話を盗み聞きする。

 もうひとりは聞き覚えのある声──見つからないようにその姿を瞳に映すと、思った通りの人物が萌絵と話をしていた。


 意外な組み合わせに瑞希は少々驚く。

 接点などあるはずもなく、何を話しているのか俄然興味が湧いてきた。



「──というわけで、白石さん、私と交代してくれないかな」

「前原さんの言いたい事は分かったよ。だけど……それは出来ない相談ね」

「ど、どうしてよっ!?」


 まさかの返事に声を荒らげる瑠香。

 断られる理由がまったく分からず、萌絵を問い詰めようとする。


 このままでは計画に支障が出るのは確実。

 どんな手段を使ってでも納得させなければならない。

 そのためには萌絵の考えを知る必要があった。


「理由を知りたい?」

「もちろんだよっ」

「それはね、鈴木誠也という男に興味があるからだよ。あの男嫌いな姫が首を縦に振るなんて、きっと特別な何かがあるに違いないからね」


 誠也に興味を持たれた……。

 これではせっかく描いた計画が水の泡。

 人の気持ちを変えるなど、難しいというレベルではない。


 どうにかして萌絵を納得させる必要がある。

 たとえ無理だと分かっていても、何か方法がないか瑠香は頭をフル回転させる。

 なんでもいい、この不利な状況を覆せる名案を必死に考えていると──。


「ちょっと萌絵、それはどういう意味かしら?」


 我慢できなかった瑞希がふたりの会話に割り込んできた。


 誠也に興味がある──その言葉だけは黙っていられない。

 萌絵が何を考えているのか分からなくなる。

 信頼しているからこそ、その理由をどうしても聞いておきたかった。


「ひ、姫、どうしてここに……」

「どうしても何も、私は話があってアナタを探してたのよ。それより、誠也に興味があるというのは、どういうことなの?」


 氷姫の仮面で萌絵を見つめる瑞希。

 怒っているわけではないが、その圧力はかなりのもの。

 崇拝している萌絵でさえ、その迫力に後退りしてしまう。


「え、えっと、それはですね……。ほ、ほら、姫って男嫌いなのに、どうして鈴木誠也だけは例外なのかなって。他の男とは違う何かを見つけたくて……。べ、別に好きとか、そういう訳じゃないですからっ」


 必死に言い訳する萌絵の姿はどことなく可愛らしい。

 しかしここで納得してはいけない。

 誠也から言われた『別れよう』という言葉は、何よりもショックで二度と立ち直れないくらいだったからだ。


 聞きたい事は他にもあり、どうして自分が苦しんでいると思われたのか。

 そのせいで誠也に別れ話を持ち出されたのだから……。


「まぁ、いいわ。それと、もうひとつ聞きたい事があるのよ。そっちの方が重要なんですけどね」

「そ、それはなんでしょう……」

「どうして、私が苦しんでるからと思って、誠也に別れるよう言ったのかしら?」


 さっきよりも迫力が違う。

 朝から絶望を味わったのだから、怒りが込み上がるのは当たり前。

 信頼している人のひとりというのもあるが、何より裏切られた気がしてならないからだ。


 しかし、萌絵が自分を怒らせるとは思えない。

 きっとよほどの理由があるのだろう、瑞希はそう考えていた。


「だって姫の顔が辛そうに見えたから。あたしには耐えられない、姫が苦しそうな顔をしてるところ見たくないんだ。相談もせずに行動したのは反省するけど、全部姫のためなんだからっ」


 ウソなんかついていない──その瞳は真剣そのもので、瑞希を大切にしているのがよく分かる。


 萌絵が心配するほど苦しんでいるように見えていたのか?

 いや、苦しんでいたのは意味合いが違う。

 誠也に本気で恋したことが胸を締め付けていただけ。


 ではその事を萌絵に言えるだろうか。

 答えは言えるわけない。今までが偽りで本気になったなど、口が裂けても言えるわけなかった。


「もういいわよ、萌絵。私は怒ってないから顔を上げてちょうだい」

「ありがとう、姫」

「そ、れ、で、どうしてこの件に前原さんが絡んでいるのかしら?」


 瑠香がこの場にいる理由は察しがつく。

 きっと予想通りだろうと思いながらも、イヤミを込めてあえて聞くことにした。


「あー、うん、それはねー、海よりふかーい事情があるからだよっ」

「大方の予想はつきますけどね。だ、け、ど、誠也だけは絶対に渡しませんからねっ」


 のらりくらりとした態度に、瑞希は騙されたりはしない。

 瑠香の目的は誠也を奪い去ることにある。


 渡さない、幼なじみなんかには絶対に渡さない。

 いや、それよりもこの状況はおかしすぎる。


 誠也が別れると言った原因はあの手紙。

 それをなぜ瑠香が知っているのか……。瑞希は頭の中で物事を整理し、なぜ萌絵と瑠香が一緒にいるのか推理した。


「そういう事だったのね。これですべてが繋がったわよ」

「姫、一体どういう意味なんです?」

「この泥棒猫が誠也を操って、私から奪おうとしたのですわ」

「だ、誰が泥棒猫ですって!?」


 瑞希の揶揄に即反応し、瑠香の顔が険しくなる。

 いきなり、泥棒猫と言われたのだからそうなるのも仕方がない。


 ただ腑に落ちないのは、どうして瑞希が誠也に固執するのか。

 所詮は偽りの恋人であり、目くじら立てて揶揄するのもおかしな話。

 心に余裕がないのを不思議に思っていた。


「前原さん、アナタに決まってますわ」

「ふーん、そんなこと言ってもいいのかなー?」

「な、何よ……。ま、まさか!?」

「私としては別にいいんですけどねー」


 形勢逆転とはまさにこのこと。

 すべてを語らなくとも、瑠香が何を言いたいのか分かってしまう。


 今ここで誠也との関係は、偽りの恋人とバラされるわけにはいかない。

 主導権を奪われ、瑞希の眉が悔しさでピクリと動く。

 ここは引くしかない──これ以上言い争って、実は誠也が本気で好きになったと漏らすわけにもいかなかった。


「まっ、いいわよ。何をしてたのか聞かないでおくわ。萌絵、早く教室へ戻りましょうか」

「はい、姫」


 逃げるようにその場から立ち去る瑞希。

 今回の勝負は瑠香に軍配があがり、いつか仕返しをしようと、瑞希は心に固く誓った。

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