第37話 氷姫の誕生日
誤解もようやく解け、いつもの日常が戻ってきた。
誠也と瑞希の心は少しだけ近づいたようにも感じる。
今は偽り恋人という関係ではあるが、いつかは本物となる日が来るのだろうか。
少なくとも瑞希はそれを望んでいる。
そう、望んでいるからこそ努力を怠らないのだ。
「そういえばさ、誠也って誕生日いつなのかしら?」
「僕の誕生日? えっとね、11月15日だよ」
「そうなんだ、誕生日まで結構ありますわね」
「まだ2ヵ月ぐらいあるからね。瑞希の誕生日っていつかな? もしかしてもう過ぎちゃっとか」
まさに狙い通りの展開に、瑞希の口元から笑みがこぼれる。
誠也ならきっと聞き返してくれる──そう思っていたからだ。
しかし、誠也の誕生日がまだ来ていなかったのは運がいい。
もはや運命と言わざるを得ない。嬉しさが心の奥から湧き上がり、くすぐったさを感じていた。
「瑞希……?」
「えっ、あ、私の誕生日でしたわよね」
浮かれすぎて自分の世界に閉じこもってしまい、誠也へ誕生日を伝える忘れてしまう。
変に誤解されていないか瑞希は心配している。
とはいえ、妄想の世界に入り浸っていたなど言えるわけもなく。
誤魔化すとボロが出そうな気がし、スルーして会話を続けようとした。
「9月20日の乙女座ですわ」
「星座までは聞いてないけど……。というか、もうすぐ誕生日じゃない。お祝いしないとね」
計画通り──優しさの塊である誠也なら、きっと祝ってくれると信じていた。
誠也が祝ってくれるだけで嬉しい。
ずっと傍にいてくれるだけでいい。
それだけで心が幸福で満たされる。
高望みなど絶対にしない、普通の幸せがあれば瑞希は満足するのだから。
「誠也に祝ってくれるだなんて嬉しいわ。ま、まぁ、恋人なら当然ですけど」
「あまり期待されても困るけど」
「そ、そんな期待だなんて……ほんの少しだけしかしてないわよ」
本心を見透かされたようで、照れくさそうに瑞希の顔が赤く染った。
だいたい、誠也からお祝いという言葉が出たのに、期待しない方がおかしい。
どんな祝い方をしてくれるのだろう。
サプライズほど嬉しいものはない。
だからこそ、聞きたい気持ちを抑え込み、瑞希は当日までこの話題をしないよう決めた。
「なんだか瑞希らしいね」
「私らしいってどういう事よっ」
「学校では絶対に見せない表現豊かなところ、かな」
かぁぁぁぁ──。
完全に意表を突かれた言葉は破壊力抜群。
これ以上ないほど顔が赤く染まり、心臓は破裂しそうなくらい大きな音を立てる。
細かいとこまで見られていたなど、嬉しさと恥ずかしさが混ざり合い、頭の中が白一色となった。
誠也からすれば偽りの恋人だから、そこまで見ていないと思っていた。
もしかしなくても、脈アリと言っても過言でないはず。
だが焦りは禁物──確実に一歩ずつ進んで行けば、いつかきっと誠也の方から本当に告白される日が来ると。
膨らむ妄想が瑞希を別世界へ誘う。
そこは誠也と心が通じあっている世界。
氷姫の仮面など存在せず、ありのままの自分でいられた。
「どうしたの、瑞希……? 顔が真っ赤だけど、熱でもあるのかな?」
心配した誠也が顔を近づけるも逆効果。
妄想の世界に本物の誠也が乱入し、瑞希から平常心を奪い去る。
そのままキスされそう──いくらサプライズが好きとはいえ、こういうのは誕生日にして欲しい。
次第に高まっていく鼓動。
瑞希は目を瞑り誠也からのキスを静かに待っていた。
「よかった熱はないみたいだね」
「ふぇっ!? そ、それだけなのかしら……」
「それだけって、他に何かあった? 熱があるか確認しただけじゃないか」
誠也が触れたのは唇ではなく瑞希のおでこ。
しかも大きな手で優しく触れただけ。
恥ずかしい、何を期待していたのだろうか。
自分からキスを強請っているみたいで、瑞希は自己嫌悪に陥ってしまった。
「そ、そうよね。誠也、心配してくれてありがと」
「恋人なんだから当然のことだよ」
収まりかけていた鼓動が再び激しくなる。
意図的かそうでないか分からないが、誠也の言葉には偽りという言葉が抜けていた。
もしかしたら──なんて事を思うも、何も変わっていないのだからとすぐに否定する。
また期待して肩透かしでもしたら、今度はきっと立ち直れそうにない。
ここは大人しく氷姫に徹した方が良さそうで、誠也の前にも関わらず瑞希は仮面をつけ直した。
「そうですわ、心配しない方がおかしいですもの。それじゃ誕生日、期待しないことを期待しないでおくわ」
顔は氷姫、心は天使の笑顔。
好きな人に祝ってくれる誕生日が今から楽しみで仕方ない。
誠也と別れたあと自宅に戻った途端、瑞希の中で押し殺していた喜びが溢れ出してきた。
誕生日を祝うとは言ったものの、どう祝えばいいのか分からない。
おそらく人生初──いや、小さい頃なら何度もある。
それは幼なじみである瑠香との誕生日会だ。
しかし覚えてるのは誕生日会をした事だけで、具体的にどういう事をしたのかはまったく覚えていない。
これでは、瑞希が喜ぶような誕生日会が出来ない。
もはや誰かに相談するしかなく、その条件は瑞希をよく知る人物で誠也と接点のある者。
そん都合のいい人物など──いや、ひとりだけいた。
密かに教えてもらったラインで、誠也はその人物に電話をかけたのだ。
『あ、あの、いきなりすみません、ご相談があるんですけど』
『もしかして、姫と別れてあたしと付き合ってくれるとか?』
『い、いえそうではなくてですね……』
『冗談だよ、冗談』
ラインの相手は瑞希の親衛隊である萌絵。
誠也が知る中で瑞希を一番よく知る人物だ。
萌絵ならきっと瑞希が喜ぶ方法を知っているはず。
どういうモノが好きで何が嫌いかなど……。
相談するには十分すぎる相手であった。
『えっとですね、瑞希の誕生日にお祝いしたいんですけど、どういうのが喜ばれるか分からなくて……』
『なるほどねー。でも、どうしてあたしなの? 姫に聞けば確実だと思うけどっ』
『ちょっとしたサプライズをしたいと思ってるんですよ。ですから、瑞希の事をよく知ってる萌絵さんなら相談に乗ってくれかと思ったんです』
萌絵からすればこれは簡単すぎる相談内容。
このまま答えてもよかったが、それではこのチャンスが勿体なく感じる。
姫には嫌わたくないが、誠也に興味があるのも事実。
ならばこれを利用しない手はない。
大丈夫、これは姫のためであり、自分の好奇心のためではない、萌絵はそう言い聞かせ罪悪感を薄めた。
『それならさ、今度の日曜日に会わない? 姫のこと話しながらついでに買い物すれば一石二鳥じゃん』
『そうだね、ありがとう萌絵さん。待ち合わせ場所は駅前でいいかな』
『それで大丈夫、時間は10時くらいで』
ラインが切れると、萌絵の中に得体の知れない何かが湧いてくる。
モヤモヤとする何か……その正体の見当はつかないが、気にしても仕方がないと、心の奥へとその何かを閉じ込めた。
「そういえば、異性と出かけるのって……あたし初めてかな。服とかどうしよう。私服姿見られるのって、なんだか緊張するなぁ」
勢いで行動したものの、冷静に考えると恥ずかしくなってくる。
浮気──いや、違う、姫から誠也を取ろうとしてるわけではない。
単に興味がある、ただそれだけ。そこに恋愛感情などあるはずないのだが、萌絵の心臓は激しいリズムを奏でていた。
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