第38話 これはもしかすると浮気デートかも
約束の日──。
瑞希には内緒で誠也は萌絵と密会していた。
もちろん、そこにはやましい事など一切ない。
すべては瑞希のため──そのためだけに、萌絵と一緒に行動することにした。
「おまたー、鈴木誠也。どう、かな、この服装……。男の子と出かけるなんて初めてだから、よく分からなくてさ」
「全然変じゃないよ。制服姿しか知らないけど、萌絵さんって何着ても似合いそうですよね」
不意打ちのひと言で動揺する萌絵。
瑞希ほどではないが男性慣れしていない。
そんな萌絵が褒められたのだから、そうなるのは当たり前であった。
「あ、ありがと……」
それしか言葉が出なかった。
心がくすぐったくなり、複雑な感情が込み上げてくる。
ダメ、誠也は瑞希と付き合っているのだから、あくまでも観察対象としなければならない。
自問自答で戒めをかけ、萌絵は二度と浮上しないよう、その感情を心の奥へ沈ませた。
「それじゃ、何をすればいいか教えてくれないかな?」
「え、えっと、そうだねぇ、まずは姫へのプレゼントを選びに行こうか」
誠也からの質問で気持ちを切替える萌絵。
目的を間違えてはならない。
一番の目的は誠也という人物を知ること。
もちろん瑞希へのサプライズに協力もするつもり。
姫こと瑞希を悲しませるのは、萌絵が望むものではないし、今さら誠也と付き合おうなど思ってもいない。
なにせ恋愛感情など存在しないはずなのだから……。
最初に向かったのはアクセサリーショップ。
瑞希は普段着飾っていないが、実はアクセサリーに興味があると萌絵は知っている。
ここなら瑞希が気に入りそうなものがあるはず。
二人はさっそく店内へと足を踏み入れた。
「なんか、いろんなモノが売ってるんだね」
「鈴木誠也は、こういうとこに来るのは初めて?」
「うん、僕はアクセサリーとか興味がなかったからね。それよりも、どうして僕のことはフルネームで呼ぶの?」
「だって、姫と同じ呼び方なんか出来ないでしょ? それに鈴木だと同じ苗字の人が多くて紛らわしからね」
「な、なるほど……」
納得したような納得していないような。
上手く誤魔化された気がしなくもないが、深く追求したところで意味がないと思い、浮かび上がった疑問をそっと心の奥にしまい込んだ。
「それじゃさっそく店内を見て回るよ。迷子にならないでねー」
「子どもじゃないんだから……」
爽やかな笑顔を見せると、萌絵は誠也を連れて店内の奥へと入っていく。
数々の小物が並ぶ通路を抜け、迷うことなくたどり着いたのはノンホールピアス売り場。
耳に穴を開けずともオシャレを楽しめるものだ。
デザインは様々あり、初めて見る誠也がひとりで選ぶのは無理な話。
だからこそ萌絵という存在が、今の誠也にとっては必要不可欠であった。
「種類が多すぎて選ぶのもひと苦労しそうだね」
「姫はなんでも似合いそうだけど、あたしが付けてみてバランスとか見てみるとか?」
「そうですね、萌絵さんお願いします」
他意はなかった。
単純に善意で言ったつもりが、心の中では何かを期待している自分がいた。
それは奥に沈めたはず。
浮かび上がらないよう特大の重しをつけて。
それなのに──運命に導かれるかのように浮上してくる。
否定しなくてはダメ、これでは裏切りと同じなのだから……。
「うーん、姫が好きそうなのは──これとかかな」
手に取ったピアスは薄めの青色で、どことなくサファイアにそっくり。
それは、単に似合いそうだからという理由だけではなく、萌絵なりの理由があるから。
ゆっくりとした動きでピアスを耳につけると、萌絵はその姿を誠也に披露した。
「これはサファイアをイメージしたピアスなんだよ」
「そうなんですか」
「もぅ、鈴木誠也は分かってないなぁ。サファイアは9月の誕生石なんだよ? あたしが似合ってれば姫はもっと似合うはずなんだけど……」
分からない、どうしてそんな聞き方をしたのか分からない。
誠也に見せたのは、瑞希がつけたらのイメージを分かりやすくするため。
そのはずなのに──心が揺れ動き、自分でもどうしたいのか理解できなくなっていた。
「そうだったんだ。萌絵さんは物知りなんだね」
「褒めたって何もでないから。それで感想は?」
「可愛いですよ。萌絵さん自体が美人ですし、それに……お姫様みたいにも見えるよ」
誠也は思った事を口にしただけ。
その口にしただけの言葉が、萌絵の中に確実な何かを残す。
お姫様みたい──頭の中でメリーゴーランドのように回り続ける。
チクリと突き刺すような激しい痛み。褒められて嬉しいはずが、どこか罪悪感を覚える。
瑞希を姫と呼ぶのは、心のどこかで憧れているから。
どう足掻いてもたどり着けない遥か遠い存在。
そのはずなのに……誠也がその場所へ連れて行ってくれたような気がした。
「そ、そう。ありがと……。それで姫へのプレゼントはこれにするの?」
「誕生石と同じなら瑞希も喜びそうだね。うん、決めた、これにするよ」
「決断するのが早いね」
「そうかな、萌絵さんが選んでくれたのなら間違いからね」
何気ない一つ一つの会話が深く胸に突き刺さる。
鼓動が少しずつ速くなり、いつの間にか顔が熱くなっていた。
こんな気持ちは初めてだった。
病気なのか、いや、そんなはずはない。誠也と会うまでは全然平気だったはず。
そう、誠也と会うまでは……。
「ま、まぁいいさ。鈴木誠也が決めたのなら、きっと姫も喜ぶだろうし」
「それじゃ会計してくるね」
離れた途端に少し寂しさを感じる。
寂しい……? なぜそう思ったのか萌絵自身にも分からなかった。
たった数分が長く感じ、心が落ち着かないのが分かる。
違う、この気持ちは偽りに違いない。これでは姫を裏切っているのと同じになってしまう。萌絵は湯水のように湧き上がる感情を否定し、誠也が戻ってくるのを静かに待っていた。
「お待たせ、プレゼント用って言ったら、店員さんが綺麗に包んでくれたよ」
「それはよかったね。さっ、これで用は済んだんだし、さっさと──」
これ以上誠也といれば、自分が自分でいられなくなる。
なぜ瑞希が惹かれたのか、その理由はなんとなく分かった気がし、萌絵は一刻も早く元の自分に戻りたかった。
「そうだ、お礼をしたいんだけど、萌絵さんは何か欲しいモノとかあるかな?」
屈託のない笑顔でお礼をしようとする誠也。
萌絵の言葉を遮っただけでなく、心まで大きく揺らがした。
ここで断るのも悪い気がする──その場の雰囲気に流された萌絵は、誠也の言葉に甘えようと決めた。
「服……。あたし、新しい服が欲しいんだけど」
「分かったよ、さっそく買いに行こうか」
これは単なるお礼なわけで、萌絵に好意があるからとかではない。
そんな事は萌絵にも分かっている。そう、分かってはいるのだが……まだ一緒にいられると思うと、心が弾むように喜んでしまう。
いけない事だとは頭で理解していても心は正直。
今さらながら、これは買い物デートではないかと萌絵が気がつく。
デート……そんなつもりではなかった。
きっと誠也はそうは思っていないはず。
周囲からはどう見られているのか気になり始め、萌絵の態度が挙動不審になる。
きっと恋人同士と思われているに違いない。そんな事を考えながら、萌絵は誠也と一緒にアクセサリーショップをあとにした。
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