第17話 祭りデートを巡る攻防

 中間テストも無事に終わり、学校は穏やかな雰囲気に包まれる。

 笑い声がいたるところから聞こえ、試練が終わったことに喜んでいた。


 しかし、喜んでいるのは中間テストが終わっただけはない。

 例年賑わう祭り──矢代初夏祭りが開催されるからだ。


 地元の人だけではなく、遠方からも訪れる人も多い。もちろん、高校の生徒たちも祭りに行ったりする。それこそクラスメイトや友達、家族など、一緒に行くのは人それぞれであった。


「今年の初夏祭り、瑠香は誰と行くの? やっぱり鈴木くんとかな?」

「行くけど、それはさすがに無理かなぁ。誠也は多分……西園寺さんと行くでしょ」

「そこを強引に──」

「それをやったらドロ沼になるのが目に見えてるよ」


 本当は誠也と行きたかった。

 しかしそれをやると、偽りの恋人の邪魔をすることになる。

 いくら学校の外とはいえ、同級生の目がある祭りでそれをやる勇気はない。


 このまま指を咥えるしかないのか。

 そんなのは絶対に耐えられない。

 せめて一矢報いたいと瑠香は考えていた。


「そうだ沙織、私と一緒に行かない?」

「それはいいけど、本当にいいの?」

「うん、誠也のことは考えがあるから」


 祭りは多くの人が訪れ、毎年はぐれる人が続出する。

 つまり誠也なら必ずはぐれる──幼なじみの直感がそれを告げてくる。


 かといって、出会えるかは分からない。

 だけど、幼なじみという立場が必ず誠也と引き合わせてくれるはず。

 運命の赤い糸は自分にあると、瑠香は確信している。


「それならいいけど……」

「そんなに心配しなくて平気だよ。最後に勝つのは私なんだから」


 勝算はともかく、自信に満ち溢れているのは間違いない。

 必ず誠也を奪い返してみせる──その言葉を心に刻みつけ、瑠香は祭りの当日を楽しみにしていた。



 偽りの恋人は祭りに行かないのか。

 いや、行かないという選択肢はなく、瑞希の強制連行という形で祭りへ行くことになった。


「──というわけで、誠也、祭りに行くわよ」

「話の流れがまったく分からないけど、拒否権はないんだよね?」

「よく分かってるじゃないの」


 偽りの恋人の特権──この権利を振りかざし、自ら描いた計画を実行しようとする。


 幼なじみなんかに付け入る隙を与えない。

 このまま偽りから本物に昇格してみせる。


 瑞希は気合いは十分で、祭りという勝負事に挑もうとしていた。


「祭りかぁ……」

「何よ、私と行くのがイヤなの?」

「そういうわけじゃないんだけど、人混みが凄く苦手なんだよ」

「そうなんだ……」


 初めて知った誠也が苦手なモノ。

 ここで無理矢理祭りに連れ出すと嫌われるかもしれない。


 イヤ、それだけは絶対にイヤ。祭りに行くのを諦めて、静かな場所で過ごすのも選択肢のひとつ。

 瑞希が悩みに悩んでいると、誠也から意外な言葉が飛び出してきた。


「でもさ、瑞希と一緒なら平気だと思うよ」


 満面の笑みから放たれたその言葉は、瑞希の胸に突き刺さり悩み事を一瞬で吹き飛ばしてしまう。


 瑞希と一緒なら──何度も頭の中で再生され、油断すると氷姫の仮面が取れそうになる。

 飛び跳ねるくらい嬉しすぎる言葉だが、今は表に出すときではない。

 平静、あくまでも普段と変わりない態度で誠也と接しようとした。


「そ、そうよね。偽りとはいえ恋人同士なんだから、一緒にいて嬉しくないはずがないもの」

「ブレないところが瑞希らしいね。僕はそういう瑞希のところが好きだよ」


 思考回路が突如ショートし、真っ赤に染まった瑞希の顔から煙が上がる。

 好きという言葉の破壊力は想像を絶し、それは意識を妄想の世界へ飛ばすほど。


 都合よく告白の意味として勝手に置き換えてしまう。

 氷姫の仮面は見事に剥がれ、乙女のような素顔が表に出てくる。

 目の前に誠也がいるのを忘れひとり悶えていると、誠也の言葉によって現実世界へ引き戻された。


「瑞希、大丈夫? 顔が赤いけど……。もしかして風邪でもひいた?」

「ひゃっ!? だ、大丈夫に決まってるわよ。それより、祭り、楽しみにしてるからねっ。忘れたら絶対に許さないんだから」


 妄想の世界の出来事が現実世界でも起こっていたと知り、恥ずかしさのあまり逃げるように立ち去る瑞希。

 息を切らしながら走るも、口元には薄ら笑みを浮かべている。


 これで一歩前進したはず。

 自分から告白なんて出来ないから、この祭りで誠也に告白させてみせる。

 必ず実現できるよう祈りながら、瑞希は自宅へと早足で戻っていった。



 祭りと言えば浴衣に決まっている。

 手持ちの浴衣は気に入ってくれるだろうか。

 ちゃんと似合ってるとか、褒め言葉をかけてくれるだろうか。


 期待と不安が混ざり合い、瑞希に奇妙な感覚が襲いかかる。


「うーん……。私的には水色の浴衣は似合ってると思うけど、誠也ってどんなのが趣味なんだろ」


 気合を入れてお化粧し、髪型は一時間以上かけて悩んだあげく、お団子型に決めた。


 ここが正念場で、いかに女子力が高いか見せつけるとき。

 そのために長時間かけて準備をしたのだ。


 今になって緊張がピークに達し、逃げ出したい気持ちが湧いてくる。

 失敗したらすべてが水の泡。

 緊張の波に飲まれてはいけない。

 心臓が破裂しそうなのを必死に抑え、瑞希はもう一度だけ服装や髪型のチェックをした。



「うん、大丈夫そうね。今日は普段より優しくしないと。でも上手く出来るかな……」


 男性と祭りに行くのは初めて。

 誠也とデートはしたものの、あのときは自分の気持ちに気がついていなかった。


 今はまだ片思い──人生初めての恋に酔いしれながら、瑞希は待ち合わせ場所へと向かっていった。



 待ち合わせの時間より少し早めだったが、そこには普段着の誠也がすでにいた。

 初めて見る誠也の普段着。

 とても新鮮で声をかけるのを忘れるほど。

 本人は一瞬のつもりだったが、どうやら十数秒見とれていたようで、瑞希を見つけた誠也の方から話しかけてきた。


「一瞬誰かと思ったよ。別人のようで、なんだか不思議な感じかな」

「お待たせ、待たせちゃったかな」

「そんなことないよ。僕もついさっき来たばかりだし」

「ねぇ、それより私を見て何か言うことはないの?」


 腰を僅かに曲げ上目遣いで誠也に迫る瑞希。

 期待しているのはあの言葉。

 言わせようとしている感が丸出しだが、それでも誠也の口から言われることに意味がある。


 期待を膨らませ誠也からの言葉を静かに待つ。

 この数秒に満たない時間が長く感じ、鼓動は激しいリズムを刻んでいた。


「え、えっと……。髪型変えたんだ」

「むぅ、そうだけどそこじゃないのよっ。もっと全体を見て欲しいですけどっ」


 まさかの返事に、瑞希は顔を膨らませ怒ったフリをする。

 気づいてくれたのは嬉しいが、求めていたのは別のこと。

 今度こそ自分が望む言葉が出てくるはず。


 大丈夫、あれだけ時間をかけたんだから誠也なら気づいてくれる。

 偽りとはいえ、今は恋人なのだから……。


「全体……。あっ、浴衣着てたんだね。ごめん、気づかなかったよ」

「それだけ? 本当にそれだけなのかしら?」

「うーん、普段も魅力的で可愛いけど、僕は今の瑞希も可愛いと思う。だって、外見が変わったって、瑞希は瑞希なんだからねっ」


 100%の返事ではないが、外見より内面を見てくれているのが嬉しかった。

 予想の斜め上ではあるものの、瑞希の顔は完熟トマトのようになり、それ以上の言葉が出てこなかった。


 偽りでもちゃんと見ていてくれてる。

 今はそれが分かっただけでも十分。


 瑞希は黙って誠也の手を握ると、祭り会場へと歩いていった。

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