第19話 好きな気持ちに偽りはない

 瑠香の想いは正確に伝わったはず。

 薄暗くて見えないが、きっと瑠香の顔は真っ赤なトマトと同じ色に違いない。


 どう返事をしたらいいのか、そもそも誠也自身の気持ちはどこにあるのか。答えが見つかる気配すらしない中、沈黙を貫いていると瑠香がその均衡を破ってきた。


「返事はいいから……。単に私の気持ちを知ってもらいたかっただけだから。そ、それじゃ私行くねっ」


 まだ現実世界へ帰還していない誠也を横目に、瑠香は颯爽とその場から去っていく。その顔は真っ赤に染まっているものの、どことなく満足した笑顔であった。


 やっと伝えられた自分の気持ち。

 返事断ったのは聞くのが怖いから。

 だがそれでも──瑠香の中で何かが変わったことに違いはなかった。


「あ、こんなところにいたの誠也」


 異世界に旅立っていた誠也を連れ戻したのは瑞希。

 射的の屋台に着いたところで誠也がいないことに気がつき、乙女の直感でなんとか見つけ出した。


「瑞希……」

「ん? 何かあったの?」


 何やら誠也の様子がおかしい。

 短時間でこの変貌ぶりはどうしても気になってしまう。

 イヤな予感がする──妙な胸騒ぎがし、得体の知れぬ不安に襲われる。


 いやいや、これはきっと考えすぎなだけ。

 ほんの少し離れたくらいでこの有様では、この先思いやられること間違いなし。


 心の奥底に不安を閉じ込め、飛び出してしまった言葉をなかったことにした。


「やっぱりいいわ。それよりもお祭りを楽しみましょう」

「う、うん、そうだね。なんかごめん……」

「誠也が謝る必要なんてないわよ。私のカレシなんですから、もっと自信を持ちなさいね」


 さりげなく偽りという言葉を外す瑞希。

 しかし今回はわざとであり、言葉で誠也の心に自分を刻みつけようしていた。


 これは別に悪いことをしているわけではない。

 単に自分の気持ちを知って欲しいだけ。

 直接言う勇気など持っておらず、これが瑞希にとって最大のアピールであった。


「そうだ、私ね、誠也と一緒に買いたいものがあるんだけど、ダメかな?」


 それは誠也を探しているときに見つけたもの。

 ふたりでお揃いのモノがずっと欲しかった。

 まるで導かれているような気がし、絶対に買おうと心に決めていた。


「別に構わないけど、何かな」

「それはあとのお楽しみですわ」


 暗がりから移動し再び人混みの中へ紛れ込む。

 行き先は瑞希だけしか知らず、誠也を引っ張りながらその場所へと向かう。


 いつもより手を握る力が強く感じる。

 もう二度と離れない──そんな想いが込められているようでもあった。


「ここよ、ここ、ここで売ってるの」


 そこは神社にある社務所。

 お札や御守りが売られている場所だ。


「買いたいものって、ひょっとして御守りりかな……?」

「うん、そうだよ。でも普通の御守りとは違うの」

「どう違うのかな?」


 ドキドキが止まらない。

 大丈夫、偽りとはいえ恋人関係なのだから緊張しなくてもいい。

 失敗しないように小さく深呼吸をし、心を落ち着かせる。


 誠也と一緒に買うだけでこの緊張感。

 焦ってはダメ、いつも通りの態度を取らなければ誠也が不審に思うはず。

 瑞希は意を決して普通との違いを説明した。


「えっとですね、そは……ペア御守りというものですわ。恋人同士なんですから、もちろん誠也に拒否権なんてないわよ?」

「そんなのがあるんだね」

「この二つ合わせるとハートになる御守りなんでくけど、いいと思いません?」


 平静を装っているが、今の瑞希は羞恥心に蝕まれている。

 男嫌いな瑞希にとって、何かをペアで身につけるなど初めてのこと。

 ここばかりは氷姫の仮面を着けるしかなく、目的達成のため演技だと思い込むしかなかった。


 素直になれない自分がイヤだ。

 無意識に壁を作ってしまうのは、素直になったことで嫌われるかもしれないから。

 そんなのは絶対に耐えられるはずもなく、それならばぬるま湯でもいいと瑞希は思っていた。


「二つ合わせるとハートになるのかぁ。ちょっと恥ずかしいけど、瑞希が欲しいならいいよ」

「あ、ありがと……」


 誠也の優しさが瑞希の心にチクリと突き刺さる。

 男という生き物は、身勝手で傲慢だというのが瑞希の中にあるイメージ。

 それなのに誠也は真逆の存在なわけで、だから偽りの恋人に選んだはず。


 それがいつの間にか心を奪われることになるとは、もしかすると男を避けていたがため、免疫がないせいなのかもしれない。

 違う、それは絶対に違う。この気持ちは──誠也への想いは紛れもなく本物なのだから……。


「常に身につけてればいいのかな?」

「うん! ちゃんとカバンにつけてよねっ」

「分かったよ、こっそり見えないところに──」

「それはダメ! ちゃんと見えるところじゃないと許しませんわよ」


 感情剥き出しで誠也に詰め寄る瑞希。

 せっかくのペア御守りが台無しになってしまう。

 それだけは断固阻止しなければならず、恥ずかしさを吹き飛ばすほどであった。


「じ、冗談だから、そんなに怒らないでよ」

「別に怒ってませんし」

「怒ってるようにしか見えないけど……」


 いくら否定しようとも、膨れた顔を見れば怒っているのが一目瞭然。

 誠也からわざと視線を逸らしているのも、怒っていると思われる要因の一つ。


 このまま拗ねていても仕方がない。

 そんなことは分かっている。そう、分かっているのだが、元に戻るタイミングが見つからなかった。


「そ、そうだ。もうすぐ花火が打ち上がるみたいだから、一緒に見にいかない?」


 誠也から放たれた魔法の言葉──たちまち瑞希の機嫌を直してしまう。

 膨れた顔が元通りになり、瞳を輝かせながら誠也に視線を向けた。


 花火が嫌いな人はゼロに近い。

 ましてや誠也と見るとなると、その楽しさは数倍にも跳ね上がる。

 満面の笑みで小さく頷き、ふたりは花火がよく見える場所へ移動した。


 そこはふたりだけの空間。

 他の者が入る余地など一切ない。

 ベンチに腰掛け花火が始まるのを静かに待っていた。


「なんていうか、街の灯りが星空みたいで不思議な感じがするね」

「うん……」

「見とれるほど綺麗だね」

「えっ……」


 綺麗という言葉につい反応する瑞希。


 ──トクン。


 鼓動が速くなるのを実感する。

 その言葉は自分ではなく、街の灯りのことだと分かっている。

 いつからだろう──綺麗という言葉に感情を抱かなくなったのは。


「そろそろ花火が打ち上がる頃かな」

「そ、そうだね……」


 顔がほんのり赤く染まり、まともな会話が出来ない。

 幾度となく言われた綺麗という言葉。


 どれも瑞希の心に響くことはなかった。それなのに──自分へ向けられたものではないと知っていながら、誠也が口にした綺麗という言葉は、瑞希の心に深く浸透していた。


「あっ、始まったみたい」


 星空から打ち上がる一筋の光。

 一瞬消えたかと思うと夜空に大輪の花を咲かせる。


「やっぱり花火って綺麗だね。僕は好きだけど瑞希はどうかな?」

「私は……好き、だよ。花火って小さいことを忘れさせてくれるもの。でもね、でも、私は──」


 今なら流れで言えるはず。

 これは天が与えてくれたチャンスに違いない。

 勇気を出すなら今、誠也からの告白なんて待っていられない。


 夜空に色とりどりの花が咲く中、瑞希は覚悟を決め、続きの言葉を伝えようとした。


「私は誠也のことが──だよ」

「えっ? 今なんて言ったの?」


 無情にも大輪の花々が瑞希の言葉をかき消してしまった。

 せっかく勇気を出したのに、最初で最後のチャンスだったかもしれないのに。

 だが瑞希は、悲観することなく誠也に笑顔でこう答えた。


「ううん、なんでもないっ。それより花火見ようよ」

「気になるなぁ。って、くっつきすぎじゃない!?」

「いいじゃないの、恋人同士なんだし」


 偽りの恋人の特権で誠也の肩に寄り添う瑞希。

 想いは伝えられなかったが今はこれで十分だ。

 いつの日か……この想いが誠也に届くと信じながら、ふたりだけの時間を大切にしていた。

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