第33話 親衛隊と誠也の怪しい関係

 文化祭も無事に終わり、平和な日常へと戻り始める。

 大きな行事もなく、平凡な生活が待ち受けるはずであった。


 あの日、瑞希と出会った日と同じように、誠也の下駄箱に可愛らしいピンクの手紙が入っていた。


「なんだろこれ……。まさかラブレター!? なーんてことはないか」

「誠也、なんなのよそれ。まさかラブレターじゃないでしょうね?」


 上履きに履き替えた瑞希が少し怒り気味で聞いてくる。


 本当にラブレターだったらどうしよう──そんな事が頭をよぎると、少し動揺してしまいドキドキが止まらなくなった。


「僕だって分からないよ」

「と、とりあえず中を見て見ない? でないと話が前に進まないわよ」

「う、うん……」


 開けるのが怖いと思うのは、誠也だけでなく瑞希も同じ。

 震える手でラブレターらしき手紙を開封すると、可愛らしい文字でこう書かれていた。


『鈴木誠也さんへ とても大切な話がありますので、どうかおひとりで体育館裏まで来てください。絶対、絶対にひとりでお願いしますね』


「大切な話ってなんだろう……。というか似たようなことが前にもあったような──」

「そ、そうかしら? それよりも今はこの手紙の方が重要ですわ。これは間違いなくラブレターじゃないのっ。いいこと誠也、絶対に断りなさいよねっ」

「僕には瑞希がいるからねぇ。でも、相手を傷つけないようにしないと」


 怒ったかと思えば、顔が急に真っ赤な赤色に染る瑞希。

 誠也の口から『瑞希がいるから』と言われると照れるもの。

 嬉し恥ずかしい気持ちが湧き上がり、心の奥をくすぐっていた。


「ちゃんと優しく丁寧にね?」

「うん、言葉は慎重に選ぶよ」


 文字から想像するに、おそらく可愛い子に違いない。

 だがこの学校で、瑞希を超える美少女など存在しないのも事実。

 ラブレターを貰うのは二度目だが、緊張しているのは確かで、鼓動が激しいリズムを奏でている。


 今からこんな調子で放課後まで持つのか。

 不安が大波となって誠也を飲み込もうとする。


 大丈夫、きちんと誠意を持って接すれば問題ないはず。

 この日、誠也の頭には授業内容などまったく入らず、常に傷つけない断り方を考えるのに必死であった。



 運命の放課後──。


「そろそろ時間か。どんな人が来るのかな……。もしかしてイタズラだったりして」


 可愛らしい文字だから女性だと決めつけていたが、氷姫と付き合っていることに嫉妬した男のイタズラかもしれない。

 その可能性も否定できず、手紙の主が来るのを緊張しながら待っていた。


 いつ来るのか分からないのはドキドキする。

 時間の流れが遅く感じ、感覚的には数十分待っているような気がした。


「待たせちゃったかな。HRが長引いちゃってさー」


 シュークリームのような甘い声に振り向くと、そこには茶色のポニーテールがよく似合う少女が誠也の瞳に映り込む。


 瑞希ほどではないが美人に分類されるくらいの美しさ。

 この学校でなければ、一番可愛いと言われること間違いなし。

 なにせつぶらな瞳が魅力的なのだから……。


「あ、あの、アナタのお名前は……」


 瑞希とは違う独特なオーラが誠也を包み込む。

 ひと言で表すなら妖精といったところ。

 おとぎの世界から飛び出して来たみたいで、現実離れしたその姿に時間を忘れ見入ってしまった。


「ごめん、ごめん、名前言ってなかったか。あたしは萌絵、白石萌絵って言うんだ」

「白石さんですか……」

「んー、萌絵って呼んでくれた方が嬉しいんだけどなっ」


 見た目とは真逆で少し男っぽさが漂う喋り方。

 だが違和感など一切なく、そこも魅力的だと思うほど。


 しかも初対面でお願いされた名前呼び──告白という二文字が誠也の頭に浮かび上がってきた。


 傷つけないようにしなくてはいけない。

 きっと心はガラスのように繊細なはず。

 頭の中で慎重に言葉を選び、誠也は優しく告白を断ろうとした。


「あ、あの、手紙のことなんですけど。その、僕にはもう瑞希というカノジョがいるので、お気持ちは嬉しいんですけど──」

「あー、そっか、書き方がまずかったか。勘違いさせてごめんな。単刀直入に言おう、鈴木誠也! 何も言わずに姫と別れてくれ」

「えっ、姫……?」


 一瞬、誰のことを指しているのかと思った。

 しかしそれはすぐに、頭の中である人と結びついた。

 姫……氷姫、そう、きっと瑞希のことである。


 そこまでは理解したものの、それ以降は困惑するばかりで思考が混乱する。


 なぜ別れる必要があるのか。

 そもそも、偽りの恋人は瑞希からの提案だったはず。

 まさか偽りだと見抜かれたから──いや、それは違う、それなら別れてくれという言い方はしない。


 だとしたらなぜ、今日初めて出会った萌絵にそんな事を言われなければならないのか。誠也の中は謎だらけとなった。


「姫って瑞希のこと?」

「そうだよ、姫と別れてくれればいいんだ。その代わりに、このあたしが付き合ってあげるからさ。も、もちろん、フリだけど」

「いきなりそんな事を言われても……」


 思考がついていかない。

 なぜ萌絵が自分と瑞希を別れさせたがるのか。

 謎が謎を呼び、誠也は出口のない迷宮へと迷い込んでしまう。


 別れる代わりに付き合う『フリ』というのも分からない。

 この分からないだらけの状況で、一体何が起きているのか見当もつかず、誠也はただ呆然と固まっていた。


「分からないかなぁ。あたしが別れさせるんだから、責任はあたしが取る。これは常識でしょ?」


 そんな常識聞いた事がない──ツッコミを入れたら負けなような気がし、黙って萌絵の話を聞くしかなかった。


「それにね、他の人は気づいてないけど、親衛隊はみんな気づいてるの。姫が苦しんでるってことにね。だ、か、ら、隊長のあたしがこうして直談判してるわけよ」

「親衛隊って……瑞希の?」

「そうに決まってるでしょ。姫はアナタと付き合ってから苦しみ出した。そんな姫を見てるのは正直耐えられない。だって姫は──あたし達の推しなんだからっ!」


 瑞希に親衛隊なるものがいるとは初耳だった。

 だが、ファンクラブのような存在があっても不思議ではない。

 理解できないのが、そのファンクラブ──もとい、親衛隊が自分と瑞希の関係に口出しすること。


 推しだから誰のものにもしたくないのか。

 尊い存在というものはきっとそういうものだろう、と誠也は思っていた。


「瑞希が推しなのは分かりました。でも、苦しんでるって……。僕の前では普通でしたけど」

「そんなの当たり前でしょ! 姫はそんな弱さなんか見せないもの。あたしね、これ以上、姫が苦しむ姿を見たくないの。姫は尊い存在、だからこそ凛としていて欲しいのよ」


 本当のことを言うべきか。

 いや、もしそんな事をすれば、あの黒歴史ノートが披露されるに違いない。


 ダメだ、それだけは絶対にダメだ。

 黒歴史から黒歴史を作っては悪循環の始まりになる。

 まさに負のスパイラル──終わりなき絶望が待っているだけ。


 返事をどうするべきか悩む誠也。

 この難しい問題にすぐ答えを出すのは無理である。

 少なくとも整理する時間が欲しい、そう思い猶予が貰えないか萌絵に相談した。


「萌絵さんの気持ちは分かりました。僕も瑞希が苦しむ姿は見たくありません」

「それじゃ──」

「ですが、少し考える時間をくれませんか? 頭の中を整理したいので……」


 時間を与えるべきか、このまま強引に押し通すべきか悩むも、萌絵は焦っても仕方がないと思い、誠也に僅かな時間を与えようと決めた。


「分かったよ。でも、そんなに時間はあげられない。だから──明日、そう、明日のこの時間に結論をちょうだい。答えはすでに出てると思うけどね」

「ありがとうございます」

「そ、れ、と、あたしと付き合ったらいい事があるかもよ?」


 不意打ちで耳元に囁かれ、誠也の顔が真っ赤に染まる。

 心臓がバクバクしているのが分かり、激しく動揺してしまう。


 萌絵が何を考えているのか理解不能──ただ呆然とその場で立ち尽くす誠也の前から、萌絵は颯爽と走り去っていった。

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