第34話 偽りの恋人関係は終わりを告げるのか
告白よりも返事が難しいとは思わなかった。
瑞希と別れた方が幸せなのか──。
自分といると苦しんでいるのなら、別れた方がいいに決まっている。
しかし……仮に別れた場合、また告白される地獄の日々が瑞希を襲うことになる。
どっちを選んでも、瑞希にとってはマイナスにしかならない。
自分の黒歴史がバレることもあるが、それは瑞希の事を考えると微々たるもの。
ひとりでは答えが出ない──だが相談できる相手などいるのだろうか。
いや、ひとりだけいる。きっと彼女なら相談に乗ってくれるはず。
スマホを手に取ると、遅い時間にも関わらずさっそく連絡した。
『どうしたの誠也、こんな時間に……』
電話の主は幼なじみの瑠香。
お風呂上がりで髪を乾かしている最中だった。
こんな時間に電話など初めてのこと。
火照った体がさらに熱くなり、ドキドキが止まらなくなる。
そもそも電話などいつ以来だろう──普段は緊張しないはずが、電話越しだと緊張してしまう。
何の用事なのだろうか。
まさか告白の返事をするのかも。いや、それはない、返事はいらないと言ったはず。それならばわざわざ電話してきた理由は……。
考えても仕方がない、瑠香は誠也が何を話すか待とうと決めた。
『ちょっと相談したい事があるんだけどさ』
『相談……? 長くなりそうなら誠也の家に行こうか?』
『いいの?』
『うん、どうせ明日休みだし。今から行くからちょっと待っててね』
電話を切った瑠香は、大急ぎで一番お気に入りの私服を用意する。
誠也の前で変な服を着られるわけなく、ばっちりオシャレをしてから出かけていった。
「それで誠也、相談って何よ」
「えっとそれは──」
相談しておいてどこまで話すべきか悩む誠也。
包み隠さずすべて話した方がよいのか、それとも言葉を選んで話すべきか。
いや、相談に乗ってもらうのだから、ありのままを話した方がいいはず。
そこで誠也は、今日一日の出来事を瑠香にすべて語った。
「な、なるほどねー。西園寺さんを苦しめているから別れろというわけね。そのあとの『代わりに白石さんと付き合う』というのがよく分からないけど」
「それは義理のつもりで言ったんだと思うよ」
これは願ってもない大チャンス到来。
アドバイスを利用して瑞希から誠也を取り返せるのだ。
そもそも偽りの恋人関係なのだから、別れるには絶好のタイミング。
ただ気になるのは、なぜか萌絵と付き合うという一点のみ。
誠也の言う通りで付き合うのが義理なら、本命である自分がその役目をした方がいいに決まっている。
目標は固まった、あとは実践あるのみ。
瑠香は嬉しさを隠しながら、誠也を上手く誘導しようとした。
「それならさ、無理に付き合う必要ってあるのかな? も、もちろん仮に西園寺さんと別れたらの話だからね」
「そうだよね、好きでないのに付き合うとか意味分からないし」
「そうそう、やっぱりさ、恋人関係になるならお互いが好きでないとね」
あえて両想いという言葉を使わなかった。
これならば、自分が誠也の恋人役になっても問題ない。
両想いになるのはそれからでも遅くはないとの考えだ。
布石のひとつはこれで完璧。
もうひとつは萌絵に話をつけるだけ。
彼女とは話したことはないが、誠也の恋人になれるのなら躊躇などしない。持てる勇気を振り絞れば必ず成功すると信じていた。
「そう、だよね。やっぱりあの事で苦しんでいるとしか考えられないし。瑞希とは別れた方がいいのかな……」
あの事──誠也が原因だと思っているのはキスのこと。
好きでもない相手とキスなど苦痛でしかないはず。
誰にもその事を言えず、ずっとひとりで苦しんでいたのだと。
なぜ気づいてあげられなかったのか。
今さら後悔したところで、瑞希が苦しみから解放されるわけではない。
誠也が取るべきことはたったひとつ、瑞希を今すぐにでも苦しみから解放してあげることだった。
「うん、その方が西園寺さんのためでもあると思うよ。頭では理解してても、心が拒絶することだってあるんだし」
瑠香が言ってることはウソではないが、本当の事でもなかった。
瑞希の事を考えるなら別れる必要があるのか──答えは分からないが正解。
何をどう思っているかなど本人にしか分からず、他人が介入するのは無理である。
それなのに瑠香は……まるで知っているかのように話していた。
「瑠香の言う通りかもしれないな。明日、瑞希に話してみるよ」
「うん、それがベストじゃないかな」
「ところでさ、瑠香の服……なんだか気合い入ってない?」
「ふぇっ!? そ、そんなことないよ」
気づいてくれたのは嬉しいが、瑠香は返事に困ってしまう。
誠也のためだから──など決して言えるはずもなく、真っ赤な顔で沈黙を貫いた。
とにかくこれでお膳立ては完璧。
あとは萌絵と話を合わせるだけ。
そうすれば念願だった誠也の恋人になれるのだから……。
「そっか、それじゃ僕の気のせいだね」
「そうだよ、誠也の気のせいなんだからっ。私そろそろ戻るね。誠也、私はずっと誠也の味方だからね」
逃げるように瑠香は誠也の部屋をあとにした。
もう少し、もう少しで願いが叶えられる。
心に突き刺さる痛みに耐え、瑠香は自分の部屋で喜びが奥底から溢れ出した。
罪悪感はあるに決まっている。
なにせ誠也を騙しているのは事実なのだから。
「これでいいのよ、これで……。だって誠也と西園寺さんは偽りの恋人関係なんだし。優しい誠也を利用してるのも事実なんだもん」
後悔など微塵もしていない。
これは正しい事であり、この選択こそ正しい道へと繋がっているはず。
今は自分の行動を信じよう──みんなが幸せになるにはこれしかないのだ。
「大丈夫、悪い事なんてしてないんだから。この胸の痛みも明日には治ってるはずよ」
心に巣食う罪悪感が容赦なく瑠香を攻撃してくる。
痛い、痛すぎる、だけどこの痛みの先には幸せが待っているはず。
そう信じていれば、この程度の痛みはなんてことない。
最高の幸福を掴むには、試練を乗り越える必要がある。
瑠香はそう自分に言い聞かせ、少しでも罪悪感を薄めようとしていた。
今日ほど気が重い日はない。
しかし日常はいつもと変わらず動き始める。
日課となりつつある瑞希のお迎え、それは当然のようにこの日も誠也の家にやってきた。
「おはよ、誠也。今日のお弁当は期待してていいわよ」
「う、うん……」
その笑顔の裏では苦しんでいる。そう思うと誠也は素直に喜べなかった。
きっとお弁当を作るのだって、苦しみを紛らわす手段にすぎない。
決して表には出さず、瑞希がひとりで苦しむ姿を想像すると、心にポッカリ穴が開いた感じになった。
瑞希を苦しみから少しでも早く解放したい。
別れの言葉はいつ言えばいいのか。
そんな事ばかり考えており、誠也はどことなく上の空だった。
「誠也……? どうしたの、元気がないように見えるけど。もしかして体調でも悪かったりする?」
気遣う瑞希の姿が痛々しい。
こんな瑞希を見ていられない──覚悟を決めた誠也は、ついに重い口を開こうとした。
「あのさ、瑞希、大切な話があるんだけど……」
「どうしたの、そんなに改まって。もしかして何かのサプライズかしら」
「そうじゃないんだ、その、僕と別れよっか。その方が瑞希のためだと思うし。僕の黒歴史ノートは好きにしていいからさ」
瑞希の時間が止まった。
何を言っているのか、悪い冗談ではないのか、頭の中がぐちゃぐちゃになり、言葉が喉を通らなくなる。
どうして、意味が分からない。
瑞希自身のためというのは建前で、本当は一緒にいるのが辛かったのだろうか。
清々しい青空の下、頭の中が真っ白になった瑞希はその場で固まってしまった。
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