第49話 誠也の気持ちはどこにある

 寒さが一層厳しくなる季節。

 人肌恋しくなり心に寂しさを感じる。

 街は赤と白に染まり、カラフルなイルミネーションが彩っていた。


 世間はクリスマス一色となり盛り上がりを見せる。

 家族と過ごす者や、恋人同士で甘い時間を過ごす者など、過ごし方は人それぞれ。では誠也と瑞希はどうするのかというと──。


「誠也、24日なんですけど、もちろん空いてますわよね?」

「空いてるけど……」

「なら決まりね」

「何が決まりなの、何が……」


 不安そうな眼差しを向ける誠也に、瑞希の口元は不敵な笑みを浮かべる。

 それはまるで悪巧みを企てているような顔。

 誠也は直感で身の危険を感じ、警戒心丸出しで瑞希から語られるのを待っていた。


「決まってるじゃないの、クリスマスパーティーですわ。とは言いましても、実家で開くんですけど」

「瑞希の実家……。なんだか緊張するなぁ」

「大丈夫よ、萌絵や前原さんも誘いますし。ただ、ふたりっきりでないのが残念なだけよ」


 心境の変化だろうか。いつもなら他の人を排除するはずが、今回だけは瑞希自ら誘うという、以前では考えられない行動が誠也の頭に疑問符が浮かび上がらせる。


 もしかして、ハロウィンで何かあったのではないか。

 少し気になりはしたものの、瑞希が変わったのは誠也にとって嬉しい事だった。


「あははは。でも瑞希の実家って凄そうだよね。服をちゃんとしないと失礼になりそう」

「そんなに気にしなくて平気よ。普段よりちょっとだけオシャレな感じでいいんですから」


 オシャレな服──これは家に帰ったら、クローゼットをひっくり返すしかない。きっと一着ぐらいは持っているはずだと、期待という名の願望を掲げていた。


「多分……一着ぐらいはあるはずだよ」

「ふふふふふ、誠也なら何着ても似合うに決まってますわ」


 氷姫の笑い──誠也だけに見せる特別な笑顔。

 誠也は何度も見ているが、この日の笑顔は少し違って見えた。


 具体的に何がとは言えない。

 だが確実に何かが違うと心が言っている。

 本人に聞いてみるか──いや、そんな勇気など持ち合わせておらず、しかも瑞希から漂う独特なオーラが、質問を拒絶しているようであった。


「クリスマスパーティーに行くのはいいんだけど、僕、瑞希の実家の場所知らないんだけど……」

「そこは問題ありませんわ。駅前まで車で迎えに来てくれますので」


 瑞希の実家がどの程度なのか気になる誠也。

 今暮らしているマンションでさえ、普通の人では借りられないレベルだ。


 もしかすると、想像を超えるようなお屋敷なのかもしれない。

 そうであるならば、瑞希は普通なら手の届かないお嬢様となる。


 瑞希は雲の上の存在──そんな瑞希と一緒にいられるのは、奇跡としか言いようがない。たとえ偽りであっても恋人関係という事実は変わらず、今さらながら誠也は、自分がどれだけの幸福を掴んだのかようやく理解した。


「車でお迎えなんて、セレブな感じだよね。それに、瑞希の両親にも挨拶しないとっ」

「挨拶……。わざわざしなくても平気ですわ」

「それはダメだよ、挨拶するのが礼儀じゃない。あっ、そのときはなんて言えばいいのかな? お付き合いしているとか? それとも──」


 偽りの恋人関係はあくまでも、学校内もしくはその周辺での話。

 瑞希の実家という閉ざされた空間で、恋人関係だと偽るのも気が引ける。

 それ以前に両親の前で嘘をつくなど誠也に出来るはずかない。


 悩む必要などまったくなく、友達──と言えるかは別として、そう答えるのがベストではないかと誠也は考えた。


「恋人……お願いですから、そこは恋人って言って欲しいの」


 真剣な眼差しを向ける瑞希に誠也の瞳が丸くなる。

 空気を通して伝わってくるほどの必死さ。

 その姿は誠也が初めて見るもので、並々ならぬ事情があるのだとすぐに察した。


「分かったよ、瑞希がそう言うならそうするよ」

「何も聞かないでくれてありがと……」


 しおらしくなっている瑞希を、誠也が優しい瞳で見つめる。

 ふたりを繋げている手に瑞希が力を加え、不安を抱えているのがよく分かる。

 理由はいつか話してくれるはず──誠也はただ静かにその時が来るまで待つことにした。


「瑞希、大丈夫だよ、僕が守ってあげるから。どんな事があっても必ずね」


 なぜそのような事を口走ったのか自分でも分からない。

 瑞希とは偽りの恋人関係のはず。それなのに一体なぜ……。


 瑞希とは本当に偽りの恋人だけの関係なのだろうか。

 絶対そうに決まっている。誠也が望む学園生活は静かに過ごすこと。

 今の関係は黒歴史を盾に渋々了承しただけ。


 それ以上でもそれ以下でもない。だが、今の誠也の心は間違いなく揺らいでいる。

 ふたりで過ごした時間は決してつまらなくはなかった。

 それどころか、瑠香と再び話すようになったり、萌絵とも知り合う事が出来た。


 告白されるのがイヤで、虫除け代わりにしか思っていない。それが誠也の中での瑞希という存在だ。

 今でも同じ考えなのか?

 答えが出るわけがない。ただひとつ確かな事は瑞希にとって自分がどういう存在なのか気になり始めた。


「ふぇっ!? い、いきなり何を言い出すのよ。でも……ありがと、誠也がいてくれたら、私は──今のままでいられる気がするわ」


 真っ赤になった瑞希の真意がどこにあるのか。

 知りたい、本当の瑞希を知りたくなる。まるで心を支配されたかのごとく、誠也の頭の中は瑞希の事でいっぱいだった。


 今まで気にした事がない瑞希の反応。

 よく見ると照れているようにも見える。

 本当にそうなのか聞きたい気持ちが浮上するも、もし違っていたらと思うと怖くて聞けなかった。


「瑞希の力になれるのならよかった。困った事があったらなんでも相談してね」

「う、うん……」


 これがこの日の最後の会話。

 たったひと言だが、その言葉は誠也の心にしっかりと刻まれていた。



 クリスマスパーティー当日──。

 誠也が白い息を吐きながら駅で待っていると、見知った顔のふたりが姿を現した。


「来るのが早いね誠也」

「あたしより早いなんて、さすが鈴木誠也ね。それはそうと……あたしの格好って変じゃないかなっ?」


 ドレスコーデの瑠香と萌絵に誠也の視線が釘付けとなる。

 大人っぽさの中に妖艶さを漂わせ、通りすがる人達すら夢中にさせる。


 コスプレの時とはまた違う雰囲気に飲まれてしまい、誠也から言葉がすべて失われる。ただ見入る事しか出来ず、その美しさに圧倒され思考すらも停止してしまった。


「何か言ったらどうなの、鈴木誠也! まさか似合ってないとか……」

「ち、違いますよ、ただ見とれてたというか、ふたりとも別人みたいな感じだったから……」

「誠也ー、もしかして照れてるの? そっかそっか、可愛いところもあるんだねっ」


 余裕のある瑠香と誠也の感想が気になる萌絵。

 ふたりにどう答えてよいものか分からず、誠也はほんのり顔を赤く染める。


 これは決して寒さのせいではない。

 瑠香が放ったイジワルな問いかけのせいだ。

 鼓動が少しだけ激しくなり、美しいメロディーを奏で始める。


 深呼吸、心を落ち着かせながら気持ちを切り替えると、瑠香と萌絵に率直な感想を伝えた。


「照れてないし。瑠香のドレス菅田は凄く似合ってるし、お姫様みたいだね。萌絵さんも負けてなくて、なんて言うか、地上に舞い降りた天使って感じかな」


 思った事をそのまま口に出しただけで、瑠香と萌絵の顔を真っ赤に染まらせる。嬉しいのか恥ずかしがっているのか、誠也には分からなかったが、その場から音を消し去ったのは確かだった。


「お待たせしましたわ。さっ、寒いでしょうから早く車に乗るといいわよ」


 待ち合わせ場所に着いた瑞希が無言の空気を破った。

 微妙な食う気の中、誠也達は一際大きい車に乗りこみ、瑞希の実家へと向かい始めた。

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