第6話 偽りの恋人と本物の幼なじみ
誠也の家に行って以来、瑠香の様子がおかしくなる。
ニヤニヤしたと思ったら、突然顔が真っ赤に染まり机に伏せる。何度繰り返したのだろう。
妄想の世界をひとり堪能していると、親友の沙織が現実世界に引き戻してくれた。
「瑠香、そろそろ何があったか教えて欲しいんだけど」
「ふぇっ!? な、にゃにもないよっ」
本心を見抜かれ動揺する瑠香。
全力否定したとことで、真っ赤な耳までは隠せない。
恥ずかしさが臨界点を突破し、今すぐこの場から去りたい気分であった。
「親友である私にも言えないことなのかなー?」
「うっ、それは……」
根が真面目なだけに、沙織に嘘や隠し事が出来ない。
親友にだけなら──瑠香は赤面しながら昨日の出来事を話した。
「へぇー、そんなことがあったんだ。鈴木くんを押し倒すなんて、瑠香もやるじゃない」
「ち、ちょっと、声が大きからっ! それに押し倒したんじゃなくて、事故みたいなモノで……」
声と体が段々小さくなり、心音は教室に響くくらいの大音量。
事故──そう、あのキスは事故なだけ。そんなの頭では分かっているのに、ファーストキスという特別な存在が瑠香を惑わせてしまう。
今でも忘れることのない感触。
唇同士が触れ合うのは、単なる肌同士が触れ合うのとは違う。
特別な場所だからこそ、特別な思い出として残り続ける。
「ちょっといいかしら、前原さん」
甘い時間を一瞬で壊したのは氷姫こと瑞希。
冷徹な雰囲気はいつもと変わらないのに、今だけは何かが違うと瑠香は感じた。
「は、はい……」
「ふたりだけでお話したいんだけど、お昼休みに屋上に来てくれるかしら?」
威圧感が半端ない。
これが学校一の美少女が発するオーラなのかと思うほど。
瑠香に選択肢する権利はあるのか? いや、あるわけがない。もしここで拒否でもしたら、承諾するまで無言の圧力をかけられるはず。
そんなこと耐えられるわけがなく、瑠香は大きく首を縦に振るしかなかった。
「瑠香ー、西園寺さんに何かしたのー? 凄い圧だったけど」
「心当たりが全然ないよ」
「不安だったら私も一緒に行こうか?」
「ううん、大丈夫だよ。多分……」
氷姫とは呼ばれてるものの、陰険だったり意地悪な性格ではない。
単にクールなだけで、暴力的なことは一切しないのが瑞希だ。
なんであまり接点のない自分と話があるのか。
分からない、勉強や美貌だって瑞希の方が遥か上にいる。
趣味だっておそらく違うはずだし、共通の話題などあるはずがない。
それなのに、瑞希から話があるというのが瑠香には理解できなかった。
約束の昼休み、瑠香は瑞希に言われた通りに屋上へ。
そこで待っていたのは──。
「来てくれて嬉しいわ。もしかしたら来ないかもって思ってたから……」
「話があるって言ってましたし、約束を破るなんて私には出来ませんよ」
瑞希から話しかけられたのは初めてで、瑠香はほんの少しだけ嬉しかった。憧れの存在──常に沈着冷静で心を乱すことのないパーフェクト人間。
そんな憧れの人から話しかけられれば、誰でも嬉しいのは当たり前だ。それは本来の目的を忘れるほどであった。
「あ、あの、私にお話ってなんでしょうか?」
「別に大したことではいのよ。ただその、なんて言いますか……」
一度も見たことのない瑞希の姿が新鮮に思える。
歯切れが悪いというよりも、いつものオーラがまったく感じない。
言い難いのかモジモジした態度で、顔が少し赤みがかっているようにも見えた。
「……? どこか具合でも悪かったりします?」
「いいえ、そうではなくてですね、誠也のことなんだけど」
「誠也が何かしたんですね。それなら私の方から言っておきますよ」
「そうじゃないの、そうじゃないのよ……」
表情を一切崩さないはずの瑞希が照れくさそうにしている。
何を言いたいのか予想すら出来ないでいると、意を決した瑞希が重い口を開き話し始めた。
「さっき話してたじゃない。その、誠也と……き、き、キスをしたとか……」
顔面真っ赤になりながら『キス』という言葉を使う瑞希。
普段とのギャップが可愛さを増す。
「ふぇっ!? あ、あの話聞こえてたのっ!?」
瑠香も瑠香で、まさか昨日の出来事を他の人に聞かれたという事実に、動揺を隠せず瑞希よりも顔が真っ赤に染る。
ふたりの時間が止まり、その場で固まること数分、冷静さを取り戻した瑞希がようやく口を開いた。
「──コホン。前原さん、単刀直入に聞くわね? どうしてカノジョ持ちの誠也と……キスをしたのかしら?」
「え、えっと、それは……」
あれは事故であった、だから気にする必要なんてない。
そう言えばきっと穏便にこの話は終わるはず。そう、ありのままを伝えればいいだけなのだが、瑠香の頭の中で悪魔の囁き声が聞こえた。
誠也の態度からすると何か隠しているはず。
このまま引き下がるのは負けるのと同じこと。
悔しさが突然溢れ出し、つい対抗心を燃やしてしまった。
「幼なじみならそれくらい普通にするんですよ。私は誠也の幼なじみですからね」
「そ、そんな話、聞いたことないわよ」
「そう言われましても、私と誠也は……ずっと前からそうしてたんですし」
冷静さを欠いた瑞希を見て、瑠香は心の中で勝利の笑みを浮かべる。
憧れの存在とはいえ誠也を取られたくない。その気持ちが勝ってしまい、宣戦布告とも取れる発言を瑞希にぶつけた。
後悔はしていない。
二人の関係が怪しいのは間違いないわけで。
そこで瑠香はさらなる追い打ちをかけようとしていた。
「それに私、知ってるんですよ? 事情は誠也から聞きましたからね」
「なっ……」
もちろん瑠香が本当のことを知るわけがない。
瑞希に揺さぶりをかけようと、誠也の話を脚色しただけ。
その言葉に悪意があるわけでもなく、瑠香は本当のことが知りたかった。
「ほ、他の人には言ったのかしら?」
「大丈夫ですよ、私だけしか知りませんから」
「お願い……お願いだから他言だけはしないで!」
目の前にいるのが氷姫とは別人のような感じがした。
必死で瑠香に泣すがる姿は今まで一度見たことがない。
その姿に瑠香の中で罪悪感が湧き始め、瑞希を優しく包み込み慰めたのだ。
「だ、大丈夫ですから。そんな泣かないでくださいよ」
「ぐすん、だって、恋人関係が偽りだって知られたら、また告白地獄が待ってるんですもの」
「えっ、偽り……?」
その答えは想定していなかった。
誠也と瑞希の間に恋愛感情など一切なく、ただの虫除けくらいという事実。
さすがに瑠香も驚きを隠せず、その場で固まってしまった。
「あ、あれ……? 誠也からそう聞いたのではないですの?」
瑠香の時間を動かしたのは瑞希の言葉だった。
「えっとですね……。何か秘密があるくらいにしか聞いてなかったんです。ごめんなさいっ」
「い、いえ、早とちりした私が悪いのですから……」
これで無事に解決──そのはずであった。瑠香の中である1つの疑問が浮かび上がるまでは。
偽りの恋人ならキスくらいで動揺するものだろうか。
わざわざ確認までするのは違和感を覚える。
もしかしたら──瑠香は思ったままのことを質問した。
「あの、西園寺さんは誠也のことが好きではないんですよね?」
「えっ……。そ、それは、その……好きか嫌いかでいうと好き、ですわ。それ以上でもそれ以下でもありませんから……」
瑞希本人にも、自分の気持ちがどこにあるのか分からなかった。
嫌いではない──それなら好きということになるが、その好きはどの程度のものなのか。
誠也が気になり始めているのは確か。
しかしそれは恋に落ちたからなのだろうか。
分からない、そんなこと分かるはずかない。なにせ瑞希は本当の恋をしたことがないのだから。
「そ、それじゃ話はこれで終わりですわ。前原さん、お付き合いいただきありがとうございますね」
逃げるように屋上から去る瑞希。
頭は誠也のことしかない。
これから誠也とどんな顔して会えばいいのだろう──瑞希はそんなことを考えていた。
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