第24話 偽りの恋人と本物の幼なじみの勝負の行方

 まったく隠そうとしない満面の笑み。

 それはまるで瑞希に見せつけているよう。

 勝った、ウォータースライダーでは負けたけど、今回は完全勝利と言っても過言ではない。


 なにせカップルと言われたのだから……。


「お待たせしましたー、はい、アイスクリーム」

「何かいい事でもあったの? ニヤニヤしてるけど」

「えっ、そ、それは……秘密だよっ」


 意味深な言葉が瑞希の機嫌を急降下させる。

 何かあったに違いない──誠也に鋭い視線を向け、無言で何があったのを聞き出そうとする。


 が……もちろん誠也に心当たりなどあるはずもなく、全力で首を横に振って否定した。


「み、瑞希、アイスクリーム早く食べないと溶けちゃうよ」

「なんだか誤魔化されてる気がするんですけど?」

「そんなこと……ないよ」


 誤魔化してるつもりはないが、瑞希の圧力で誠也の挙動が怪しく見える。

 それがかえって瑞希に疑念を抱かせることになってしまう。


「ふーん、まぁいいわ、誠也を信じるからね」

「う、うん……」


 悪いことをしたつもりはないが、誠也の心に罪悪感を刻みつける。

 それほどまでに瑞希の重圧は凄かった。


 嫉妬は愛情の裏返し──そんなことは誠也が知るはずもなく、逆に恐怖を植え付ける結果となる。


「それにしても暑い日にはソフトクリームだよね」

「瑠香、口の周りにソフトクリームがついてるじゃないの。私が拭いてあげるね」


 沙織が姉で妹である瑠香のお世話をする。

 とても同年代とは思えなく、周囲から微笑ましい視線が注がれる。


 そんなふたりの姿を見て、何やら名案を思いついたのは瑞希。

 口元に笑みを浮かべ、さっそくそれを実行に移したのだ。


「瑞希まで頬っぺにつけて、子どもみたいじゃないか」

「えっ、ついてるの!? もぅいやだぁー、ねぇ誠也、その、拭いてくれないかしら……」


 当然、これは自分で故意にでつけたわけで。

 誰がどう見てもわざとらしい演技なのは明白。

 だがそれでも本人はバレていないと思っており、誠也が優しく拭いてくれるのを待っていた。


「しょうがないなぁ。ほら、これで綺麗になったよ」

「ありがと、誠也」


 演技だと気づいていなかったのは誠也だけ。

 騙されている自覚などまったくない。いや、それどころか瑞希のドジ属性を微笑ましいと思うほど。


 まさに計算通り──すべては瑞希が描いたシナリオ。

 少し恥ずかしさが残るも、瑠香と違った喜びを得て満足だった。


「ちょっと西園寺さん? わざとソフトクリームつけたでしょ。誠也に拭かせるためとか、あざとすぎるよ」


 演技だと見抜いていた瑠香からのツッコミ。

 自分がされなかったからという悔しさから。


 どうして沙織の方が先に気づいてしまったのだろう。

 最初に気づいたのが誠也ならよかった。

 これは運命のイタズラなのか──いや、きっと試練に違いない。瑠香はそう思い込み、必ず乗り越えてみせると心に誓いを立てた。


「べ、別にわざとじゃないから。それに、私と誠也は恋人同士なんですから、これくらい当たり前のことですわよ」

「何が当たり前のことよ。どこの世界にアイスクリームを頬っぺたにつける人がいるのよっ!」

「ついたものは仕方がないでしょ! 前原さんにとやかく言われる筋合いはないわ」


 因縁再び……両者の意見がぶつかり合う。

 どちらとも一歩も引かず鍔迫り合いを始める。


「ホントふたりは仲いいよね」

「鈴木くんにはそう見えるんだ……」


 どこをどう見たらこれが仲良く見えるのか。沙織は小一時間ほど誠也を説教したくなる。


 ここまで来ると説教すら意味がなくなりそう。

 天然というより目が悪いのかもしれない。

 考えただけで頭痛が起こりそうになり、沙織は深く考えるのをやめてしまった。


「えっ、違うの?」

「ううん、気にしないでいいよ。鈴木くんらしいから」

「よく分からないけど、まぁいっか」

「とりあえず、あのふたりをどうにかしないと。そうだ、ふとりともさ、決着をつけるなら水泳対決にしたらどう?」


 この場を収拾しようと、沙織が決着方法を提案する。

 せっかくプールに来てるのだから、プールらしい対決がいいとの考えだ。


「いいわよ、どちらが誠也に相応しいか勝負といきましょう」

「望むところだよ。返り討ちにしてあげるんだから」


 対決前から闘志を燃やすふたり。

 誠也にいいところを見せるために勝つ──それだけが共通する想い。


 泳げるようになったばかりの瑞希と、中学は水泳部だった瑠香では勝負が見えているはず。だが勝負というのはやってみないと分からないもの。

 アイスクリームで涼んだ体が熱くなり、一行は勝負会場である25Mプールと歩いていった。


「1回勝負よ、往復して先にゴールした方が勝ちだからね」

「見てなさい、吠え面かかせてあげますから」

「スタートの合図は鈴木くんでお願いね?」


 断る理由などあるわけなく、誠也は快くスターターの役目を引き受ける。

 だが……心の中で妙な胸騒ぎがし、不安に飲み込まれそうになる。


 瑞希が泳げるようになったのはつい先ほど。

 本当に大丈夫なのだろうか。

 偽りではなく心から心配してしまう。


「それじゃ僕が合図するね。よーい──スタート」


 誠也のコールでふたりは同時にプールへと飛び込んだ。

 瑠香は華麗な泳ぎで瑞希を突き放そうとするも、火事場の馬鹿力が発揮されたのか、瑞希が必死で食らいついてくる。

 両者とも一歩も譲らず、予想外の激戦が繰り広げられた。


 最初にターンを決めたのはやはり瑠香。

 元水泳部の意地があり、美しいターンで周りを魅了する。


 遅れること数秒、瑞希もなんとか折り返して最後の25Mに全力を注ぐ。

 奇跡なのか──いや、これは瑞希が元々持っているポテンシャルの高さで、徐々にではあるが瑠香との差を詰めていく。


 まさにデッドヒート──お互いが全身全霊をかけた勝負に、誠也だけではなく沙織までも息を飲み見守っている。

 ゴールまであと少し、両者が並んでいると、突然瑞希の姿が消えてしまった。


 何が起こったのか一瞬分からなかった。

 時間にして刹那、最悪のケースが誠也の頭に浮かぶと、すぐさまプールへと飛び込んだ。


 そこにはもがき苦しむ瑞希の姿が。

 溺れたのだろうか、誠也は優しく抱え上げると、プールサイドまで連れていった。


「──ゴホッゴホッ」

「瑞希、大丈夫?」

「う、うん……。足をつっちゃったみたいで……」


 まだ足が痛いのか、瑞希の顔が時おり歪む。

 これではしばらく歩けそうにない。

 その場で誠也に介抱されながら、回復するのを待つことにした。


 溺れたときはダメかと思った。

 頭の中では誠也の顔が浮かび上がった。

 もしかしたら誠也が助けてくれる──そう願っていたら、現実となって窮地から救い出してくれた。それはまるで白馬に乗った王子様のように……。


「そっか、少し安心したよ」

「ねぇ誠也、助けてくれてありがと……」


 しおらしい態度で素直にお礼する瑞希。

 そこには氷姫の面影はまったくない。

 瞳を潤わせ紅潮した顔で誠也をずっと見ていた。


「大事にいたらなくてよかったよ。それにしても、西園寺さんって泳ぎも速かったんだね」


 心配しているのは誠也だけではない。

 瑠香はもちろん沙織も気が気でなかった。


「あれは無我夢中でしたから……。それに、泳げるようになったのはつい先ほどでしたの」


 覚えたてであの泳ぎとは、瑠香の驚きは尋常ではなかった。

 もはや才能としか思えず、天は二物も三物も与えるものだと感心してしまう。


 自分にないものを沢山持っているのが瑞希。

 羨ましい──憧れを抱くほど魅力的だが、誠也のことは別問題。

 たとえ天上人であろうとも、瑠香は負けるわけにはいかなかった。


「でも、勝負は勝負。今回は──引き分けにしておくよ」


 瑠香なりの優しさなのか。

 自分の勝ちだと言い張りたいが、瑞希の事故で勝ったなど嬉しくもない。


 それに……誠也に膝枕してもらっている瑞希が羨ましく思え、とても自分の勝ちだとは思えなかった。

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