第57話 届かない想いを押しのけて

 いても立ってもいられなかった。

 学校が終わるまで待てるはずがない。

 気づいた時には誠也の足は瑞希のマンションへと向かい始めた。


 乱れる心を落ち着かせようとするも、逆に不安が無尽蔵に増大し闇色に染まってしまう。

 焦ってはダメだと思えば思うほど、歩くスピードが速くなり、知らないうちに全力疾走で駆け抜けていた。


「はぁ、はぁ、やっと着いた。まだいるかな、それとも……」


 後先考えず飛び出したがために、この先どうすればいいのか考えていなかった。

 そもそも今の時間は学校のはず。

 しかも転校先の……。何も情報がなくマンションの前で立ち尽くしていると、スマホのコール音が周囲に鳴り響く。


 最初、誰のが鳴っているのか分からなかった。

 それが自分のスマホだと認識したのは、数秒という時間が経ったあとであった。


「こんな時間に誰だろ……って、萌絵さん!?」


 どうしてこのタイミングで──そう思いながらも、誠也は通話する事にした。


『どうしたの萌絵さん、今は授業中のはずでしょ?』

『それを言ったら鈴木誠也だってそうでしょっ! って、そんなんで電話したんじゃないんだからっ。姫は今実家にいるみたいよ。職員室で盗み聞きしたから──』

『それは色々とまずい気がしますけど』

『あたしは姫のためなら、どんな事でもするし。だから……姫の実家の住所を送るね。あたしが出来るのはここまでよ』


 どうやって住所を知ったのか疑問が残るも、それを聞くと後悔しそうなので、そっと胸の奥にしまい込んだ。


 住所はすぐにメールで送られてきた。

 この場所からだと、距離はかなりあるが突き進むしかない。

 誠也は瑞希への想いを胸に秘め、瑞希の実家へ向かい出した。


 電車をいくつ乗り継いだのかすら覚えていない。

 車で行った時よりも遠く感じ、瑞希の実家にたどり着いたのはお昼すぎであった。


「やっと着いた……。ここに瑞希がいるはずなんだよね」


 この大きな屋敷を見るのは二度目。

 クリスマスパーティーの時と同じ大きさのはずが、見えない重圧がその存在をさらに大きく見せる。


 この雰囲気に飲まれてはダメだ──心を強く持ち、インターフォンを探し中に入れてもらおうとする。

 が……どこにもそのようなモノは見当たらない。

 かといって勝手に入るわけにもいかず、手詰まり状態で途方に暮れてしまう。


 何か方法はないのか?

 思考を張り巡らせ必死に活路を見出そうとした。


「そ、そうだ、瑞希に直接連絡すればいいじゃないか。どうして今まで気づかなかったんだろ」


 まさに盲点であった。

 動揺していたのもあったが、初歩的な方法を思いつけなかったのが悔やまれる。


 自分を責めるのは後回し。

 今は行動あるのみ。

 誠也は想いを込めたスマホで瑞希に連絡した。


 ──プルルルルル。


 コール音は鳴るが一向に出る気配がない。

 一定時間鳴り続けるも、コール音は無情にも途切れてしまう。


「出てくれない……。会う事すらもう無理なのかな……。いや、ここで諦めちゃダメだ」


 一度でダメなら二度、それでもダメなら繋がるまでかけ続ける。

 ストーカーと呼ばれようが関係ない。

 瑞希と話すまで絶対に諦めないと心に固く誓いを立てる。


 これで何度目であろうか──かけた回数さえ忘れるほど時間が経った時だった。コール音が途切れ懐かしき声が聞こえてきた。


『まったく……誠也は諦めるって知らないようですわね』

『瑞希……』


 やっと繋がった瑞希への道。

 これを途切らせるわけにはいかない。

 どんな手段を使ってもいい、瑞希の転校を阻止しなければならないのだから……。


『何よ、私は今さら……誠也に話なんてありませんわ』

『瑞希にはなくても僕にはあるんだよ』


 誠也は力強い声で瑞希に語りかける。

 それこそありったけの想いを込め、今まででにないほど心の奥から叫んだ。


 瑞希と絶対に離れたくない。

 始まりが偽りであっても今は違う。

 恋人関係になりたいかどうかは分からないが、自分の隣にはずっといて欲しい。

 このワガママな気持ちがどうか届くようにと、誠也は心から願っていた。


『……仕方ないわね。聞くだけ聞いて上げるわよ』

『ありがとう、瑞希』

『それで、私に話ってなんですの? くだらない事でしたら切りますからね』


 瑞希の動揺は電話越しでも分かるほど。

 それが少し嬉しく感じ、誠也の口元はニヤけてしまう。


 だが話す内容などまったく考えていない。

 それでも誠也は──臆することなく瑞希と会話を続けようとした。


『ねぇ、瑞希、どうしてなの? どうして……何も言わずに転校なんかしたのさ』

『そ、それは……別にいいじゃないの。所詮、私と誠也は偽りの恋人関係、全部を話す必要なんて……ないわよ』

『本当にそう思っているの? ううん、僕にはそうは思えないよ。瑞希、いったい何がキミを変えたのかな?』


 別人のような変貌ぶりで瑞希に問いかける誠也。

 どうしても本当の気持ちを知りたかった。


 偽りの関係とは、いえあの笑顔がウソだとは思えない。

 少なくとも誠也にはそう感じた。

 だからこそだ、だからこそ瑞希の本心はどこにあるのか、なぜ急に心変わりしたのか、それが理解できなかった。


『わ、私は別に……何も変わってませんわよ。だって私と誠也は──偽りの恋人なんですから……』


 震える声で瑞希が『偽り』という言葉を強調してくる。


 どんな表情で話しているのだろうか──想像しか出来ず歯がゆさが残るも、その声で自分の考えが正しいと確信した。

 間違いない、瑞希は偽っている。

 それは恋人関係の事ではなく瑞希自身の気持ちをだ。


 こうなったら意地でも本心を引き出すしかない。

 誠也はありったけの勇気を振り絞り、自分の中にある瑞希への想いをぶつけた。


『違う、それは違うよ瑞希。少なくとも僕は──偽りだなんて思ってないからっ』

『な、何よいきなり……』


 告白ともとれる誠也の言葉は、瑞希の顔を真っ赤に染まらせる。

 聞き間違いなんかではない、誠也はハッキリと偽りではないと言ったのだ。


 心臓が飛び出しそうなくらい激しくなる。

 動揺しているのが自分でも分かり、頭の中が真っ白になりかけた。


 どうして今なのか。しかも誠也は萌絵の事が……矛盾する感情がぶつかり合い、混沌の渦へと飲み込まれていく。

 分からない、どうしたらこの苦しみから逃れられるのか見当もつかない。


 瑞希の中で忘れかけていた想いが蘇り、自分自身を容赦なく痛めつける。

 こんなの耐えられるはずがない。

 これ以上自分の心をかき乱さないで欲しい。

 苦しさと痛みにもがきながら、瑞希は誠也から伸ばされた手を握ろうとはしなかった。


『イヤよ、私は……私にはフィアンセがいますもの。誠也が何を想っていようと、それは覆せない事実なのよ』

『瑞希はどうなの? 瑞希は本当にそれでいいと思ってるの? お願いだよ、一度でいいから直接瑞希の口から聞かせてよ』


 拒絶する瑞希に誠也は引き下がろうとはしない。

 声だけでは納得できず、瑞希の顔を見て判断したかった。


『これは私が選んだ道ですわ。それに……直接と言いましても私は実家にいるのですから──』

『待ってるよ、瑞希が直接話してくれるまで僕はずっとここで待つからね』

『待つっていったいどこで……』


 瑞希が何気なく窓の外を眺めると、そこにはいるはずのない誠也の姿が見えた。

 幻なんかではなく本物の誠也。

 その姿を見た瞬間──瑞希の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。

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