第33話 女神のことは女神にお任せ……?

 神様と会う時に大切なのは何か。

 時間を守る。これは当たり前だ。自信ないけど。

 作法を守る。これも当たり前だ。自信ないけど。


 だがそれより何よりも。

 相手に気に入られるために必要なのは、賄賂だ。

 人間相手なら金銭で解決できるが、神様相手にそれが通用することは稀だ。

 しかし逆に、その神様が欲しいものがあればそれで解決する。


 つーか金欠オブ金欠の俺としてはこっちの方がイージー。

 お金好きな神様なら一発で詰む。まあお金好きな神様、いてほしくないけど。


「……というわけでヴィクトリアさんには、今度エルオーンって神様と会う時のために最高の貢物を用意したいので手伝ってほしいんです」

「………………」


 着替え終わった後、俺は更衣室の隣にある事務室で女神様と向き合っていた。

 今日ヴィクトリアさんには、仕事が終わった後に大事な話がある、と言って時間を作ってもらったのだ。

 同じ神様だし、そのエルオーンさんとやらの嗜好について何か知っているんじゃないかと言う期待があったのだが。


「で、どうなんですかヴィクトリアさん」

「殺しますよ」

「えっ!? な、な、なんですか急に!?」


 動揺のあまり声が震えまくった。

 今までで一番強い言葉が来たんだけど。しかも予兆ゼロで。

 これで動揺するなと言う方が酷だろ。

 ていうか女神様が人間にかけてはいけない言葉第一位過ぎない?


「本当に……ほんっとうに…………! トール君はどこまで私をがっかりさせれば気が済むんですか……!?」


 机に置いた拳をわなわなと震わせ、女神様は明らかにキレていた。


「なんで急にキレてるんですか……?」

「キレてません!!」

「すげえキレてる」


 口調に怒り以外の感情がねえんだよ。

 明確にブチギレている、戦いと勝利を司る女神様。

 これで俺がしょうもない敵キャラだったら、見せ場なんて一コマもないまま殺されていただろう。


「冷静に考えてくださいよトール君……いまだに君は、私相手に何かをプレゼントしてくれたことがないですよね」

「え……ああ、まあそうかもしれません」

「その分際で、何故、あんな女に貢物を贈ろうとしているんですか?」


 真顔で、淡々と、こちらを詰めてくるヴィクトリアさん。

 心なしか部屋がミシミシと軋んでいる。

 だがこちらにだって言い分はある。


「俺だって本来はプレゼントなんか贈りたくないんですよ……! お金使いたくない! 本当ならもらったお小遣い全部お酒に使いたいです! お小遣い上がりませんか!?」

「なんで今このタイミングで賃金改定が通ると思ったんですか……?」

「木を隠すなら森の中、欲を隠すなら欲の中かなと」

「単に自堕落でワガママな人になっていますよ」

「反論できないことを言わないでください。ぐう」

「その割にぐうの音が出てますねえ!」


 おちょくられていると思ったのか、ヴィクトリアさんがバンバンと机を叩く。


「いや、待ってください。ついつい雑談の方を進めてしまいましたが、今回は本当に事情があるんです」


 断りを入れた上で、俺はヴィクトリアさんに事情を話した。

 俺の作戦参加を強く望んだ神様と面会できる紹介状を男神からもらったこと。

 相手が明らかにヤバそうな女神だったこと。

 ただ、直談判して、作戦に参加しなくてもいいようにしたいこと。


「……ッ。なるほど、なるほど……」


 話を聞き終えたヴィクトリアさんは――全身から火花を散らしていた。

 あふれ出した神威と戦意が弾けて、大気の物質を焼き焦がしているのだ。

 今この部屋に一般人とか一般騎士とかを入れると、即座に失神すればいい方。場合によっては神威によって物理的に体がひしゃげるだろう。本当に恐ろしい。


「え、ちょ、ヴィクトリアさん……?」

「安心してください」


 見とれてしまうほどの美しい笑顔を浮かべて、彼女はゆっくりと立ち上がる。


「あいつは私が殺しておきます」

「ダメですよねぇ!?」


 慌てて立ち上がり、部屋から出ていこうとする彼女を羽交い絞めにして止める。


「離してくださいトール君っ! あのバカ女はいっつもいっつも誰かに迷惑をかけないと気が済まないんですよ! 学生の頃もそうでした! 今までは許してやってましたが、よりにもよって私のトール君にまでそういうことをするなら上等じゃないですか! ここで引導を渡してやるってんですよ!」


 ダメだ、完全に冷静さを失っている。

 あと俺が思っているよりも、ヴィクトリアさんとエルオーンさんの間には因縁があるようだ。


「……ふーッ、ふーッ……落ち着きました。いいですよトール君、私がとりなしておきますから」

「え?」


 じたばたするのをやめたヴィクトリアさんが、不意に真面目な声色でこぼした。


「トール君が作った悲鳴や断末魔が好きって……私はそういうやつなのを知っているのでいいですが、君はそういうやつと、話したくはないでしょう」

「……まあ、正直嫌です」

「私も嫌です。元『魔王』である君にしか価値を見出していないクソ女と会ってほしくないです。私の方があなたのことをずっと分かってあげられるんですよ?」

「真面目な話の入りだったのになんで激重女に着地してしまうんだ」


 あと目がガチで怖ぇぇ。


「……まあ、今の話を聞いて、逆に俺がいかないとだめだなって思いました」

「そんな! 何がダメだっていうんですか!」

「全部だよッ! あんたに行ってもらったら普通に殺し合い始まりそうで怖すぎるんだよッ!!」


 結局ヴィクトリアさんからは何のヒントも得られなかった。

 音楽と安らぎを司るっていうぐらいだし、スライムのASMRとかでいいか?

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