第26話 背信者攻撃作戦(後編)

 駆け付けた戦場で、俺が最初にやったことは周囲の確認だった。

 光景そのものを切り裂くようにして、視線を横一閃に走らせる。


 再び仮面を着けた汚泥のカウントフェイス以外、敵の気配はない。このメインの通路を、恐らく一人で請け負ったのだろう。

 いやまずこいつがなんでここにいるんだよという疑問はあるけどな。


「脱獄が得意だったのなら、最初にそう言ってくれよ。迂闊なことができないよう、もっと体を壊してやれたのに」


 軽口をたたきながらも、俺は次に勇者レインの姿を探していた。

 あの男神がやられてるのは別にいいんだが、勇者様の実力は本物だ。彼女がどういう状態なのかで、汚泥のカウントフェイスの戦力評価が随分と変わってくるんだが。


「勇者の少女ならばそこだ。この神を庇ったところを、我が一撃を以て沈めた」


 こちらの視線から考えを呼んだのか、汚泥のカウントフェイスはそう言った。

 彼が指さした先、確かに少女が一人倒れ伏している。


「……一撃かよ、すげーな」

「一撃耐えられた、だけでも驚愕だ。文字通りに神を殺す毒を、彼女はその身一つで受け止め、死を免れている……とはいえ、時間の問題だろうがな」

「……!」


 それはまずいな。

 放っておくとレインが死ぬ。こんな拠点を潰すためだけの戦いで勇者が死ぬっていうのは、ちょっと見過ごせない。


「~~ッ! いつまで触れている、不敬であるぞ!」


 その時、男神が怒号と共に拘束から逃れた。

 男神の周辺の大気が歪み、収束されていく神威に物理法則がまとめて破壊される。

 だがそれより先に、汚泥のカウントフェイスの拳が振るわれた。


「ぬおおおっ!?」


 とっさに片腕でガードした男神が、インパクトのままに弾き飛ばされた。

 こちらの足元までごろごろと転がってきた姿を確認して、驚愕に息が止まる。


 男神の右腕が変色し、歪んでいた。

 細胞単位での変質――とかそういうレベルじゃない。神の玉体にここまで干渉できる能力はそう多くない。


 脳裏をよぎるは、聖騎士アルバートにすら有効だった毒素。

 あれをさらに強化したとしたら、これぐらいできてもおかしくない。


「う、ああぁぁっ……!?」


 だが思考をまとめるよりも先に、男神の右腕の歪みが、ぶくぶくと膨れ上がる形で体へと広がっていこうとする。

 オイこれ毒の拡散力高すぎるだろ!


「……ッ!」


 とっさの反応で、俺は男神の右腕を肩口で斬り飛ばした。

 地面に転がったその腕が、膨れ上がって破裂する。


「ぐああああっ!? ぐぅぅ……っ!」

「分かってるよな今! 腕斬り飛ばさなきゃ体全部吹っ飛んでたからな!?」

「わ、かっているっ……!」


 脂汗を垂らしながら、褐色肌の男神は汚泥のカウントフェイスをキッと睨みつけた。


「我が片腕をよくも、痴れ者が……!」

「おいお前もうすっこんでろ! 邪魔だ!」


 俺は背後へと振り向いた。

 遅れてやって来たA部隊の面々が、片腕を喪失した神の姿にギョッと立ち止まる。


「君たち! こいつ連れて下がってくれ!」


 男神を蹴り飛ばしながら、俺は手の中に焔の剣を呼び出す。

 レイン意識ない男神使い物にならない汚泥のカウントフェイス無傷五体満足!

 戦えるのは俺しかいない!


「『狂影騎冠リベリオエッジ』……!」


 剣を振るい、黒い焔を放射する。まずはこいつをレインから引き離す。

 地面を引き裂きながら疾走した炎が、しかしやつの腕の一振りで弾き飛ばされた。

 ……ッ! 押し負けた!?


「二度も同じ技は通用せん!」


 振るわれた拳から飛んでくる魔力パンチ。受けるという選択肢は浮かびもしなかった。

 飛び退くようにして回避すれば、俺の背後で爆音と共に砂煙が上がる。


 威力の跳ね上がり方もさることながら、最もまずいのはすれ違いざまに感じた悪寒だ。

 先ほど男神の腕を破壊したのは間違いなくこの禍々しい毒素だ。

 前回はなかったのだが、魔力パンチに毒素が練り込まれている。


「誰だよお前……ッ!」

「一度名乗ったはずだぞ、忘れたか」


 明らかに異質。明らかに異様。

 先日戦った時と比べて、別人のように強い。

 確かあの魔導器、『破砕の角』だったか。アレから感じる気配もまるで違う。


「我らとて、ただ烏合の衆ではない……見るがいい、あれはお前にとって何色だ?」

「……!」


 動きを止めたやつが、ゆっくりと俺の後方を指さす。

 警戒を切らさないまま一瞬だけ振り向いて確認すれば、夜闇の中に黄色い煙が細く上がっていた。


 あの発煙筒は……襲撃失敗、劣勢の色かよ……!

 スキンヘッドの人が向かった先、恐らくはB部隊だろうが、そこが逆襲に遭っているとなると話は変わってくる。


 部隊Cは今も退路を断つべく先行している。ここから戻ってきてもらっても間に合わない。

 ならば、敵拠点の襲撃という任務を果たすためには、手っ取り早くこいつをぶっ倒して、B部隊を援護して突き崩すしかない。


「さあ答えろ、黒髪赤目の異邦人よ」

「あ?」


 汚泥のカウントフェイスが両腕の魔導器を稼働させながら、こちらを真っすぐに見据える。


「神は正しいのか? 神はいていいのか?」

「……ッ」


 嫌な質問だ、俺も神に恨みがあるって分かってるからだろう。


「お前が滅ぼしたい神様は、お前の世界の神様だろうが! 今ここにある世界を否定しようとするのは、単なる八つ当たりでしかねえよボケナスッ!」


 叫びと共に間合いを詰めて、汚泥のカウントフェイスを蹴り飛ばそうとする。

 だが出力を増したやつの魔導器は、俺の足をあっさりと受け止め、腕の一振りで大きく弾き飛ばした。


「~~ッ!」


 接触の瞬間、こちらに流し込まれてきた呪詛。

 制限下でも瞬時に上書きできていたそれが、体を内側から焼き尽くす。なるほど神様相手でも圧勝してたわけだ……!


「いきなり強くなりすぎだろ……!」

「当然! すべての制限を解除した故にな!」


 地面を削りつつ着地し、レインを庇う立ち位置を陣取る。

 もとより弾かれるのは想定済み、この位置取りがしたかった。


 だが……代償が思っていたよりキツい。

 流し込まれた毒素を制限下のフルパワーでなんとか無効化しようとするが、間に合わない。じわりじわりと、毒素に体が蝕まれていくのを感じる。


「制限解除って、お前それ神様にかけられるやつじゃなくってか?」

「違う。我らの指導者により、幹部級は普段は力を抑えている……神を滅ぼすための力は、垂れ流すだけで味方すら殺してしまうからな」


 ずっ、ズリぃよそれ~~!

 俺めちゃくちゃ制限されてるのに! もう画像すら読み込めない通信制限ぐらい制限されてるのに!


「だったら神様だけ殺してろ! 他人のために戦ってる女の子を殴るな!」


 叫びつつ剣を振るうが、全てを受け止められる。

 反対にやつの攻撃を、俺は必死に避け続ける。


 このままだと押し切られる。

 単純で、しかし絶対的な出力差で、勝ちはないし上手くやらないと負ける。


 ただ……正直、別にそれでいいはずだ。

 俺に求められていた役割は、敵のエースを倒すことじゃない。

 つーか俺、荷物持ちだからね。ちょっと頑張り過ぎ。


 勇者様が手っ取り早く全部蹴散らしてくれるはずだったんだけどな。あの男神が余計なことし過ぎなんだよ。帰ったら絶対に富と財宝を譲ってもらうからな。


 そもそも俺はただ、彼女に頼まれたからここにいるだけ。

 戦う理由なんて、何一つ……


『……君は世界を守りたかったんですか?』


 脳裏をよぎる、ヴィクトリアさんの問いかけ。

 俺が守りたかったのは町だと答えた。そこに嘘偽りはない。


 それは、町に人々がいるから。

 剣戟の最中、背後を確認する。倒れ伏しているレインの指がぴくりと動いた。


「……ぅ、っ」


 呻き声をあげながら、彼女がゆらりと体を起き上がらせた。

 焦点の合わない瞳がこちらに向けられ、剣を振るう俺と拳を振るう汚泥のカウントフェイスを認める。


「……っ!? トール、君は……ぐ、ぅっ」


 彼女はなんとかして立ち上がろうとし、失敗して倒れ込んだ。

 動きを見ればわかる、戦おうとしている。


「君が、戦わなくて、いい……っ」


 血を吐くような声。

 俺は大きくやつの腕を弾き、一度間合いを取り直した。


「……レイン、喋らなくていい」

「ちが、うっ……戦うのは、わた、しがやればいい……!」


 ……そうかな。そうだよな。俺もそう思うよ。

 清掃員の仕事じゃないよなこれ。


 満身創痍の女の子がいて、凶悪で強大な悪い敵がいて。

 町のゴミ拾いを仕事にしている男一人に、何かできるはずもない。


 ああ分かった、分かったよ。

 分かってるよ。


 そうだとしても、俺は、ここで投げ出せない。

 世界を滅ぼしてでも守りたかったものたちがあったんだ。


 だったら――こんなところで、過去の誓いを裏切れない!


「……どうせ聞こえてるんでしょ、ヴィクトリアさん」


 静かに、呟く。


「制限解除を願います」


 同時。

 脳裏に響く我が管理官の声。


『制限壱番から参番を解除――トール君、勝って!』


 その言葉と共に。

 俺の意識が一瞬だけブラックアウトし、神経が根底から切り替わった。


「…………!」


 脱力した状態の俺を見て、汚泥のカウントフェイスが何かを察知したのか攻撃を仕掛けようとする。

 だがもう遅い。



「我が身を照らし給う愛しき光よ――零墜せよ」



 起動言語を紡ぐと同時に、足元からこぼれた焔が周囲を焼き尽くす。

 解き放たれるは、神すら塵殺する絶死の権能。

 唾棄すべき、悪の虐殺粛正権能。



「昼を夜とするために、精霊神仏天使善人悉く死に給え」



 素晴らしいものを、優しいものを、まぶしいものを、温かいものを。

 それら総てを貶め蔑み愚弄するための、存在してはならない最悪の力。

 俺の意思によって制御されたその炎は、毒素を練り込んだ拳を一方的に打ち消し、俺とレインの体内に回っている毒素を焼き尽くす。


『……ッ!?』


 前後に響く、驚愕に呼吸の詰まる音。

 起動言語を介することで、この権能は正式に引き出される。とはいっても、部分的な制限解除だから、これで二割程度か。


 本来の密度と輝きを取り戻した剣を、俺はやつへ突きつける。

 元魔王らしく、正々堂々、正面から邪魔者は蹴散らそう。



「蒼穹を討て、怨嗟の黒炎――『狂影騎冠リベリオエッジ』ッ!」



 さあ第二ラウンドだ。

 今度は磨き残しがないよう、最後まできちんと掃除しなきゃなァ!


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