第27話 天より来たりし者相手でも

 視線が火花を散らす。

 仮面を着けた巨体の男、汚泥のカウントフェイス。

 神に恨みを持つ彼と、かつて神を殺したことのある俺が対峙している。


「君は……いや、というか、これは……!?」


 後ろで倒れ伏していた勇者レインが、驚愕の声と共にがばりと起き上がった。

 先ほどまで俺と彼女を蝕んでいた毒素は、俺が権能の出力を上げたことによって、更なる呪詛によって焼き尽くされた。

 世界を恨むことに関しては、こちらに一日の長がある。舐めるな。


「貴様! その力は一体……!?」

「こっちも制限解除させてもらったよ。やる気を出す理由が見つかったからな」


 善人が、誰かを想うことのできる人が、理不尽に傷つくのは嫌だ。

 大切な人には笑顔でいてほしい。

 仲良くなくたって、いい人なら悲しまないでほしい。


 かつて俺が抱いていた理想、世界を滅ぼすまでに至った執念。

 それを、勇者レインの言葉が思い出させた。


「……ッ、君は」

「体の中の毒素は焼き尽くしたけど、ダメージまでは消せてないから。少し大人しくしててくれ」


 振り返ることなくレインに告げた後。

 俺は足元を爆発させると、焔を凝縮させた剣を振りかざし、汚泥のカウントフェイスとの間合いを一気に詰めた。


「ぬ……っ!?」


 俺が操る黒炎は、呪詛を転換した代物とはいえ炎の性質も有する。

 炸裂させることで瞬間的な加速を可能とし、場合によっては攻撃を防ぐ防護膜としても使用可能。

 本来の使い手はもっと自由自在に操っていたが、俺も炎のイメージを介することでそれなりに扱えるようになった。


「焼き払え!」


 炎を撒き散らしながら、横一線の一振り。

 やつは腕の魔導器で刃を受け止め、つばぜり合いの形になった。

 必然、接触と同時に互いの毒素と呪詛があふれ出し、食いつぶし合う。


「ぐ、うううっ……!?」


 その結果は明白。

 ギリギリと音を立てて刃が食い込んでいき、汚泥のカウントフェイスの表情が苦痛に歪む。


「これほどの、呪詛を! 人間がどうやって……!」

「それはこっちのセリフだよ、派手に毒素をばらまきやがってどうなってんだ!」


 魔導器を介しているとはいえ、これだけの量の毒素を扱っておきながら、なぜやつ自身には毒の影響が及んでいないのか。

 ボウガンの先端に塗り付けている、とかいうレベルではない。他の連中とは明らかに何かが違う。


「執念のなせる技と言ってもらおう!」


 押し合いは不利と見たのか、やつは大きくこちらを弾いた後に間合いを取り直した。

 直後、やつが両腕に装着している魔導器、『破砕の角』から何かが射出される。


 こちらめがけてではなく、真横へと放り投げられたそれは……拳大程度の、四角い箱だった。

 地面に転がるそれにこびりついた呪詛の残滓を見た刹那にピンと来た。


「カートリッジ式か……!」

「使い切らされるとはなあ!」


 ガゴン、と重々しい音を立てて『破砕の角』の表面が回転。

 恐らく内蔵していた次のカートリッジを装填し、活性化させている。

 なるほどな。カートリッジごとに毒素を注入し適宜使用する形式なら、これだけ長い時間使い続けても問題ない。


「賢いじゃんか。誰だって簡単に、神を殺す毒を使いまくれるわけだ」

「そうだ。いつか我らの一兵卒に至るまで全員が、神を殺すための刃を手に入れることができる。そうなれば……」

「――だけど」


 やつの言葉を遮って、俺は剣を肩に置いてせせら笑った。

 確かにかっこいいけどなそれ。俺もそういうギミック好きだよ。

 だけど……なんだよ、外付けかよ。


「底は見えたな」

「…………!!」


 同時、俺の足元から呪詛の焔が疾走する。

 駆け抜ける最中に研ぎ澄まされていったそれが、漆黒の剣となって汚泥のカウントフェイスへと襲い掛かった。


「ええい、手数ばかりは多い男だ!」

「多いのは口数と罪状もだけどな」


 腕を振り回して焔を薙ぎ払うやつの懐に潜り込みながら、俺は呟いた。

 視線が重なり、向こうの表情が驚愕に凍り付く。


 カートリッジ式。使用タイミングで撃発させ、貯め込んでいた毒素を魔導器に纏わせているというのなら。

 お前自身はずっとがら空きだったわけだ。


 ってことは。

 腕のリーチより内側に踏み込みさえすれば、無防備だよなあ?


「しまッ」

「焼き焦がせ、『狂影騎冠リベリオエッジ』――!」


 俺の叫びと同時。

 あふれ出した焔が瞬時に膨れ上がり、俺と汚泥のカウントフェイスを巻き込んで一帯を焼き払った。


 ◇


 周辺の草木は黒焔に呑まれると同時、燃えるより先に朽ち果てた。

 破壊というよりは壊死、燃焼というよりは腐敗。


 通常ならばありえない光景だが、それを可能とするのが『狂影騎冠リベリオエッジ』。

 俺は爆心地となり、草花どころか微生物すら残らず死滅した地面の上で息を吐いた。


「……ま、こんなもんだよな」


 視線の先には、這いつくばりながらもこちらを睨む、汚泥のカウントフェイスの姿があった。

 とっさに毒素を解放してある程度中和したようだが、戦闘続行可能な状態じゃない。

 両腕の魔導器も火花を散らしており、相当な過負荷がかかったのが見て取れる。


「お前の負けだ」

「戯言を……!」


 腐食した仮面が地面に落ち、憤怒に彩られたやつの顔があらわになった。


「この恨みは! この怨嗟は! 決して晴れるものじゃない!」

「……そうだろうな」


 それは、分かる。

 よく分かるよ。


「トール……」


 戦いを見守っていたレインが、そっと俺の傍まで歩いてきた。

 周囲に残った黒い焔に照らされた彼女の顔は、微かな怯えと、それ以上の心配を俺へと向けている。


「答えろ! 貴様は……! 貴様たちが信じる神は、正しいのか……!」


 必死に起き上がろうとする汚泥のカウントフェイスに対して。

 俺は首を横に振って、しゃがみこみ、目線を合わせた。


「知るか」

「――――!?」

「正しいか正しくないかなんて、関係ないんだよ。俺は俺の邪魔をする奴を、片っ端から殺し尽くす。今までずっとそうだった」


 だから魔王だなんて呼ばれた。同じ人間なのに、みんなからすれば俺は人でなしで、邪神に魂を売った大罪人で、裏切り者で。

 俺も結局、邪魔者を排除して、敵を殺して、世界を滅ぼすという選択しか取れなくなって。


 だから今までのままじゃダメなんだろう。

 この世界で生きていく上で……清掃員をやっていくためには。

 俺はきっと変わらなきゃいけない。


「これからは……殺し尽くすのはやめるよ。俺は俺にとって嫌なことをしているやつを、完膚なきまでに打ちのめす。相手が神であろうとだ」


 そう告げると、汚泥のカウントフェイスは呆気にとられたあと、少しの間を挟んで皮肉気に笑った。


「この……『魔王』め」


 きっと彼にとっては、精一杯の、最大限の侮辱の言葉。

 俺はそれを聞いて思わず笑った。


「言われ慣れてるよ」


 直後、地面を指で叩く。

 黒炎が彼の頭部に突き刺さり、意識を劣化させ、気絶へと誘った。

 かくんと首を垂れた様子に、完全な無力化が終わったのだとレインも頷く。


「さて、それじゃあ俺たちは仕事の続きだ」


 立ち上がり、勇者様と顔を見合わせた。

 B部隊の掩護へ行く必要がある。

 ただ戦力を考えれば、文字通り……本来の予定通りの掃討戦になるだろう。


「広範囲をまとめて薙ぎ払える分、俺が先行して前に出た方が早いな。レイン、援護を頼めるか?」

「君には要らないだろう? ……するけどさ。まったく、酷い詐欺に遭った気分だよ」


 肩をすくめながらも、彼女は俺の肩を叩く。


「だが、助かったよ。協力感謝する」

「やれることをやっただけだよ……たまたまだし、やり方も悪辣だった」

「それでも、君は誇っていいんだ。君は胸を張れることをしたんだよ」


 ――唐突に、その言葉がストンと胸に落ちた。

 多分、きっと俺は、ずっとそう言って欲しかったんだ。


「……ん、どうした? 何か私は、まずいことを言ってしまったか?」


 完全に硬直した俺の様子に、レインがあわあわと戸惑いを見せる。

 その様子がおかしくて、思わず笑みがこぼれた。

 視界がじんわりにじんでいたのは、笑ったせいだと言い張れるように、大げさに笑った。



 ――部隊Bと合流して敵勢力を無力化、そのまま拠点を完全に制圧しC部隊とも合流したのは、それから数十分後のことだった。



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