第28話 打ち上げと神様の有難いお言葉

「私の出番はなし。まあ、トールがやる気を出したからには、そうなるでしょうね」


 戦闘が終結した、背信者たちの拠点があった山間の中。

 夜闇の中に紛れることのできない、輝くような美貌の女がひとり呟いた。


 その視線の先には、敵勢力を一掃し、作戦に参加した人々の無事を勇者レインと共に確認して回っているトールの姿がある。

 手に握った剣の大まかな性質は把握していた。制限を一部解除した戦闘も観察し、恐るべき性能と、それを自在に操る彼自身の強さも確認した。

 だがそれでも、彼女は首を傾げる。


「謎は尽きないわね――」


 あの時。

 トールがこの世界へとやって来た時。

 彼女の目の前で、『泥の巨神』へとトドメを刺した時。


 トールが握っていたのは怨嗟を煮詰めた黒焔の剣ではなかった。

 むしろその真逆。

 あらゆる闇を祓い、憎しみを断ち、人々を救うために天上より振り下ろされるような、光そのものを彼は振り回していた。


「二つの力を持つにしても、いくらなんでも真逆すぎるのよね……どちらも強力な権能だし、本来なら同時に行使するどころか、保持している時点で権能同士がぶつかって不具合が起きそうなものだけれど」


 腕を組み悩まし気な表情を浮かべた後。

 パッと思考を切り上げて、彼女は首を振る。


「まあ、それはおいおい分かることかしら。期待しておきましょう」


 彼女の視線の先でトールが、スキンヘッドの男から肩に腕を回され、ぎこちない笑みを浮かべている。

 規模は小さくとも、彼は自分の意思で剣を持ち、戦いに勝利した。

 それが彼女の、パトリシア・フロントラインの顔に笑みを浮かべさせる。


「お帰りなさいトール。私たちは、戦場でしか生きられない存在は、あなたの帰還を心より歓迎するわ」


 ◇


「では、乾杯ですね」


 ヴィクトリアさんの言葉に、広間に集まった連中が揃ってジョッキを掲げた。

 極秘作戦ではあったので、打ち上げをお店で大っぴらにやるわけにもいかない、ということらしい。


 作戦会議を行った建物の一室で、持ち込まれた酒やら料理やらを机に並べ、俺たちは戦いで消費した栄養と気力をガツガツと補給していた。

 片腕を失った神様は見当たらない。どうやら別の場所で治療を受けているようだ。


「いやあ、今回は死ぬかと思ったな」

「俺ちょっと明日から鍛えなおしだわ」


 腕利きたちの表情には疲れが色濃く残っている。

 幸いにも死亡者は少ない。毒をモロに食らったやつらは助からなかったらしいが、情報は共有されてたはずだしな。避けなかったやつが悪いよ。


 犠牲者を出しつつも、戦果はきちんと上がった。

 敵勢力は潰したし、制圧した拠点には神に通用する例の毒素を作る施設もあったのだ。

 製造方法が分れば、逆算して解毒剤も作ることができるだろう。


 すべては前向きに終わった。万々歳の結果だ。

 ……まあそれはそれとして、話す相手もいないし、チラチラ見られてるしで、絶妙に気まずいんだけどね。

 っていうか場違いじゃない? 俺荷物持ちやってたわけだし。


 仲いい人もいないしヴィクトリアさんのところに行こうかな……と思っていたその時、俺に近づいてくる影があった。


「やあ、トール君」


 その笑顔を見た瞬間、俺は思わず呻いていた。

 今回の作戦の立案者であるショタ神様、摩秤マービンだ。


「功労賞だね」

「一番働いた人に贈る賞なんだとしたら、事実上の罰ゲームですよね」

「ひねた捉え方をしないでほしいな。本当に僕は君をいたわりたいんだよ?」


 ふわふわと浮きながら摩秤マービンがのたまう。

 こいつ……


「どこからどこまでが予想の範疇だったんですか? レインがやられてたのは流石に予想とは違うでしょう……」

「いやー、まさか本当にあのケースがあるとは思わなかったよね」


 ケラケラと笑う顔に、思わず拳をぐっと握ってしまった。


「……一応ありうると考えて、あんたは俺たちを送り出したのか」


 どいつも、こいつも。

 神様っていうのは、そういうものだ。

 人間のことを一つの生命体として認識しているが、まったく対等ではない。


 倒すべき敵であろうとも、自分を信奉していようとも、蟻のように見ている。

 レインが助かったのは俺がたまたま間に合ったからだ。

 そうでなければ、今頃……


「でも君の戦いを見ることができた」

「……ッ!」


 冷水をぶっかけられたみたいに、頭の中が真っ白になった。

 まさか。

 まさかそのために、この作戦を立てた?


「神殺しの『魔王』の強さ。そして君が力を振るう条件。これらを見定めることでやっと、僕たちは君という存在を容認することができる」

「……今の話を聞いて、無条件にぶっぱなしたくなりましたけどね」

「制限下に戻った後にすることじゃないなあ」


 舌打ちをして、俺は手に持っていたグラスの中身を一気に飲み干した。


「おや、暴力が使えないならお酒の勝負かい?」

「あんたと一緒だと酒も飯もまずくなる」


 その辺のテーブルにグラスを置いて、俺は首を横に振った。


「帰る。ヴィクトリアさんとレインによろしく伝えておいてください」

「……本当に感謝はしているんだよ」

「そすか」


 馬鹿馬鹿しい。

 俺は振り向くこともなく部屋を後にしようとする。


「トール君。一つだけ忠告だ」

「…………」

「自分の持っている力……いや、価値というべきか。それは君自身が適切な形で示さなければならない。何も成し遂げない人間は多数の中に埋もれていくんじゃない、時に誤った形で評価され、排斥され、身を滅ぼすこともある」


 振り向かなくてもわかる。

 摩秤マービンは笑っている――本当に楽しそうに。

 俺がこれからどうなるのかを、面白がっている。


「次の人生のためにどう生きるかじゃないよ、トール君。ここが君の二度目の人生だ――『今』を計算して生きられない人間には来世どころか明日すらない」


 ……ああ、いや違うな。

 これさっきまでの可愛い感じの笑顔じゃなくて、多分ギャンブル漫画みてーな怖い笑顔浮かべてるわ……


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