第29話 美神と美女を侍らせ酒を飲む……?(前編)
打ち上げをこっそりと抜け出した俺は、結局いつもの、F級がたまり場にしている安い居酒屋へと来ていた。
さっきの打ち上げは俺が素のままでいるにはつらく、かといって騎士モードを発動するにもふさわしくない絶妙な場だった。俺をはじき出したがっているのかと思うぐらいの絶妙な場違い加減だった。
というわけで飲みなおしの時間である。
「どうしたんだよトール。随分と疲れてるな」
「ちょっと野暮用が終わったところでな」
カウンター越しに大将から投げかけられた言葉に、肩をすくめながら椅子に座る。
いやあ……さっきまでと比べて本当に落ち着くなあ。
「少し、慣れてない場所に行ってきてさ。でもここに戻ってきたら安心したよ」
「おいおい、そんなに気に入ってくれてたのか? こいつは嬉しいじゃねえか」
「いや……この雑さ、汚さ、治安の悪さが俺を安心させるなって……」
「喧嘩売ってるんなら割増しで買うぞ」
大将が腕まくりをして俺を威嚇する。
ああ、これこれ。適度に舐められてるこの感じが最高なんだよな。
それはそれとして大将は熊みたいで怖い。
「そう怒んなって。今日は実はお土産があるんだ、これで機嫌直してくれ」
「ん……? お前が手土産か、珍しいな」
「ああ。この間、パトリシアと来た時……高いボトル空けちゃっただろ。あの棚が寂しいんじゃないかと思ってさ」
俺は一本の酒瓶を取り出す。
打ち上げの場から出る際、ひっそりと懐に忍ばせておいた。
ずーっと俺の目の前にあって、誰も触ろうとしていなかった、いかにもな高級酒だ。
ショタ神様は気づいていたかもしれないけど、俺をいたわりたいって言ってたし、実際見逃してくれてるしセーフでしょ。
机の上に酒瓶をドカンと置くと、店員さんがおののき、大将が目を見開いた。
どうやら知っている銘柄らしい。
「お、おまっ……!?」
「トール……お前さんはF級だが真面目なのが取り柄だったはずだろう? 盗みはいけねえよ」
「クソが……! ノータイムで窃盗犯扱いしやがって……!」
いや窃盗ではないにしろ、勝手に持ち出した代物ではあるんだけども。
絶妙に否定できないな。
「まあ、ちゃんともらったものだよ。これに見合う労働はした」
「本当か? これ正直その……俺の年収ぐらいするんだが……」
「あっこれ思ってたより断然高えな!?」
んなもん打ち上げ会場に無造作に置いてちゃダメだよ!
っていうかもしかして俺が避けられてるんじゃなくてこの酒が避けられてた? 高すぎてみんな手を出せなかった的な……?
「おいトール、本当に大丈夫なんだろうな」
「だ、ダイジョブダイジョブ……ははは……」
まあ……多分……勇者助けたし大丈夫っしょ!
もう持ってきたものは仕方ない。開き直る以外の選択肢はない。
「ほらこれ、今店にいる皆さんに振舞ってくれよ……全員にさあ……!」
「こいつ! 共犯を増やそうとしている……!」
一人で飲むと罪悪感が強すぎるからな。
俺が驚異的な粘り強さを発揮していると。
カランコロンカラーン。
店のドアが開けられる音が響き、入り口に背を向けていた俺以外の全員の表情が凍りついた。
「……?」
大将も完全に俺のことが頭から抜け落ちたらしく、ぽかんと口を開けたまま入口を見て呆けている。
一体全体何事かと振り返れば。
「ここでしたか……ひどいじゃないですか、私たちを置いていくなんて」
「そうだよ、まったく。君は一番の功労者で私の命の恩人だっていうのに、お礼すら言わせないのはあんまりだ」
そこには女神様と勇者様がいた。
最悪。そりゃそうもなるわ。
いやなんで来てんの? えぇ……?
◇
「では、乾杯です」
「乾杯!」
「……乾杯」
女神様の言葉に、勇者様が元気よく、そして俺が元気なく返事をして、グラスをこつんとぶつけ合った。
まったくもって大したことのない安酒だが、絶世の美神と美女が持てばサマになるものだ。
俺を挟む形で、ヴィクトリアさんとレインは着席していた。
先日のパトリシアに負けず劣らずの場違いっぷりだ。
なんて言ったらいいんだろう。
教室に熊がいるというか、散歩道に全裸中年男性がいるというか、そういう感じだ。
たとえとしていいのが全然出てこねえ。
「こういうお店に来るのは初めてです、何かルールとかはあるんですか?」
メニューをぺらぺらとめくりながら、ヴィクトリアさんが聞いてくる。
うわあ、ルールのあるお店であることが前提なのかよ。
「そういうのはないですね。ルール無用の何でもありです」
「格闘技の大会のレギュレーションですか?」
「凶器だけはダメです」
「格闘技の大会のレギュレーションですか!?」
補足すると女神さまが目を見開いた。
F級がたむろする店……になる前は本当に治安が悪かったらしい。自衛用に武器持っとかないとまずい時代もあったとかなんとか。
その時代からこの店を取り仕切っていたので、大将は本当は怖い人なのだ。
しかし今この時ばかりは、女神様と勇者様を前にして、さしもの彼も冷や汗を垂らしている。
「いやあ……女神様と勇者様にお出しできるものなんて、あんまないんですがねえ~……」
「あらここ焼き鳥多いですね。レインさん食べます?」
「皮砂肝レバーぼんじりなんこつササミこころのこりハツ2本ずつ全部タレで!」
「今メニューを順番に読み上げませんでしたかい……!?」
ヴィクトリアさんとレインは瞬時に順応していた。
めちゃくちゃ串もので攻めるじゃん。
「私はそうねえ、まずは冷たいものからいこうかしら」
「いいんじゃないですかヴィクトリア様。ポテサラ自家製ですって」
「あらあら」
俺を挟んで勝手に女子会が開催されている。
どういう気持ちでここに座っていればいいんだよ、俺は。
「ああそれと……マスター」
「へい」
大将が空気を呼んで、レインのマスター呼びを受け入れていた。
マスターって服装と顔じゃねえよなあ。
「実は私たち、彼のねぎらいに来たんだ。彼に一杯あげてほしい」
「……へい」
素直に頷きながらも、大将の目は『お前さん本当に何してきたんだよ』と雄弁に語っている。
俺は素直にグラスを空にして、レインからのおごりを一杯いただく。
「あら? このお店、このお酒置いてあるんですねえ」
その時、ヴィクトリアさんが俺持ち込みのお酒を発見した。
やべえ! 隠すの忘れてた!
「うわっ、それ神様たちがなんか自慢してきたことあるなあ」
「通常は出回らない代物ですからね。これが置いてあるというのは、なるほど……なかなかにスゴいお酒好きのようで」
うんうんと頷くヴィクトリアさん。
一方でレインは何かに気づき、数秒に一回ぐらい俺をチラ見していた。
よせ。バレるから。
「……そ、そんなにレアですかね?」
「もちろんですよ。造り方が根本的に違いますからね」
震え声で大将が尋ねると、ヴィクトリアさんは満面の笑みを浮かべた。
「とてもじゃないですが、通常の購入は無理ですね。価格が大変なことになってしまいます。まあ逆にこれを盗むとなると相当に度胸がないといけませんね」
軽く微笑んで、彼女は俺を見た。
「神を神とも思わない、それこそトール君のような人なら思いつくかもしれませんが。にしたって都合よく盗める場所に置かれているとも思えません」
「…………」
「確か今日の打ち上げに、先輩が一本持って行って皆を驚かせてやるって言ってました。探したんですが見つからなくて、誰かが飲んじゃったのかもしれないと思っていたんですが……まさか別の場所で見ることが、できる、なんて……」
段々と――彼女の口調は重いものになっていった。
語りながら整理されていく条件は、どうあがいても一つの事実を導き出す。
「……え? いや、えっと」
数度まばたきしてから、ついに酒瓶と俺を交互に見始めた。
「あの……トール君、まさかとは、思いますが……」
「いやこれその、違うんです。俺のおじいちゃんであるルパン・D・タツフジから譲り受けたもので……」
「絶対に嘘ですよねえェェェッ!?」
悲鳴を上げてヴィクトリアさんが俺の後頭部を思いきりはたき、俺は鼻っ面からカウンターに激突するのだった。
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