第30話 美神と美女を侍らせ酒を飲む……?(後編)

 持ち出した酒瓶に関して、ヴィクトリアさんから死ぬほど怒られた。

 何をどう考えても俺が悪いというのがつらい。


「畜生……酒瓶一本で何でこんな目に……!」

「反省してる様子をもう少し見せてくださいよ」


 結局酒瓶は没収されるし。

 何なんだ。本当に俺をいたわる気があるのか。


「まったく……飲む前で良かったですよ。飲んでたらお酒の代金は、しばらくお小遣いから天引きですからね」

「それ俺しばらく無給になるのでは?」

「だから危なかったです。これは私が預かっておきますからね」

「いや返しておけよ」


 この女神様、しれっと自分のものにしようとしてなかったか?

 半眼になって睨むと、ヴィクトリアさんはしれっと顔を背けた。

 これクロだな……


「まあまあヴィクトリア様、いいじゃないですか。彼は私の命の恩人ですから、あまり虐めないでくださいよ」

「むう……」


 反対側の隣の席に座っているレインが、グラス片手に微笑みながら言った。

 良かった、久々に明確な仲間がいるぜ。


「それにしてもここの料理はおいしいね。お酒が進んでしまうな」

「無駄に旨いんだよな無駄に……あっ大将ごめん照れ隠し入っただけだからおしぼり投げないで。本当に美味しいから。っていうかカウンター越しにおしぼりをアンダースローで投げようとすんな。オーバースローで投げろよ」


 レインはいたく気に入った様子で、串をばしばしと平らげている。

 それに連動して空きグラスもごりごりと量産している。

 どこに入ってるのか不思議なレベルだ。


「ちょっと酔っ払ってる?」

「うん。酔っ払わないと君とこんなに会話できないよ」

「俺と会話するのには酩酊状態が必要なのか……?」


 どういうことだよ。普通にショックなんだけど。

 じろじろと見つめていると、彼女はやだなあと頬を手で扇いだ。

 うーん、可愛い。じゃなくて元気そう。飯も酒もすごい進んでいる。


「……いや、ていうかおかしくね? あれ? レイン、体大丈夫なのか?」


 あまりにも元気に飲み食いしているから忘れていたが、一応負傷していたはずだ。

 アルバートもそうだったけど、なんかみんな、すぐ毒から回復してね?

 あいつらの毒がショボいのかこいつらがおかしいのか判断がつかない。


「うん、もうバッチリだよ。心配をおかけしてしまってすまないね」

「毒素は焼き尽くしたからいいけど、流石にダメージは残ってるはずなんだが」

「それは大丈夫! 私の体は凄いんだ!」


 えへん、と胸を張るレイン。

 戦闘服から私服に着替えた後だからだろうけど、可愛らしさが強い。


「元の世界での話だけど、私は腕を吹っ飛ばされてもすぐくっつくし、半身を焼かれても戦闘を継続できたからね!」

「コワ~……」


 全然可愛くねえ内容だった。

 それはもう、人間じゃないよね?


「何? 勇者って体もなんか、こう、凄いの?」

「うん。私の世界の神様とか精霊とかの加護がフル充填されてたからね」


 そう言いつつ、レインは頬を赤らめ、グラスを飲み干していく。

 どうやら酒の加護はもらってないらしい。

 瞬間的な印象はマジで怖かったけど、これ色々と抜け穴あるな……


「じゃあそれであのダメージは回復できたんだな。逆に一回は効いたあの毒もすげーけど」

「脅威だよね。次から私は大丈夫だから、積極的に他の人を庇っていくけど……もう少し脅威性を周知しないといけないかもしれないね」

「次からは大丈夫って何? どういうこと?」

「ああ、私は勇者としていくつかの権能を用いているんだけど、その中に『一度身に浴びた攻撃を無効化する』というものがあるんだ」

「えっ……」


 えっ……。

 ちょ、ちょっと絶句するレベルの言葉が聞こえたんだけど。

 勇者じゃなくて、特定の条件を満たさないと絶対に勝てない敵キャラなんじゃないの?


「だからもうあの毒は私には効かない……と思う。もちろん、上限というか、私の権能のキャパシティそのものを超えてる代物だと分からないな」

「あ、ああなるほど、流石にそういうのはあるんだな」


 危ない危ない、全ての勝ち筋が消えるところだった。

 ……あーいや、別に勇者様相手だからって、戦うことを想定しなくていいか。

 イカンイカン、職業病が出ていた。


「じゃあ全部の攻撃を受けていくっていう感じはできないわけか」

「うん、君のあの黒い炎を防げるかもわからない。実際どうなんだろう?」

「うーん……」


 それは試してみないと分からない、というのが本音だ。

 俺の『狂影騎冠リベリオエッジ』の本質は対象の劣化だ。

 つまり、彼女が持つ権能そのものを劣化させることができるのなら、一方的に勝てるだろう。あるいはこれを攻撃と認識されるかどうかだな。デバフなら通るケースもありそう。


「良かったら今度、試してみないかい?」

「笑顔でなんてこと言ってくるんだ」

「だって君と似たような戦い方をする敵が出て来るかもしれないだろう」

「それはちょっと俺も思ったけどさあ……」


 こいつもしかしてちょっとバトルジャンキー入ってるのか?

 笑顔なのも怖い。サイコかな。


「ダメですよ、トール君の力はみだりに使うものではありませんから」


 どう答えたものか、と迷っているとヴィクトリアさんがスパっと言い切ってくれた。助かった、まさに天からの助けだ。


「むー……まあ、無理強いするつもりはないけどね。これからも長い付き合いになるだろうから」

「そうかあ? まあ、住んでる場所は一緒だけどさ」

「あれ? ああそうか、君は途中で抜けたから知らないのか」


 一瞬きょとんとした後に、何かに納得した様子でレインが頷く。


「すでに次の作戦を行うことが決まった。毒素を作る元となっている成分が取れる場所を制圧し、背信者たちが入れないよう占拠する。で、君にも作戦の準備を色々と手伝ってほしい」

「…………」


 俺はグラスを机に置いて、自分の指で眉間をもんだ。


「いや……今回結構、俺頑張ったじゃん。もうちょっと、あの、休ませてほしいんだけど。ほら町のゴミ掃除で忙しいからさあ」

「それは大丈夫ですよ。今回と同様に特例として休んでもらいますし、次回はさらにこちらも戦力を増強しますから」

「次は君が戦うことがないよう、私たちも万全を期して頑張るよ」


 レインは、いい。

 多分彼女は、本当に俺が戦わなくていいように頑張るつもりなんだろう。


 問題はヴィクトリアさんだ。

 困ったように微笑む彼女の表情が物語っている。


『今回の戦闘を知って、君を戦力として活用しようとする声が上がりましたよ』


 だろうなー。

 自分で言うのもあれだけど、戦力としては頼もしいし。

 俺だってゲームのユニットで俺がいたらめっちゃ使う。フル改造してエースボーナス載せて使い倒すと思う。


 なので、俺の回答は一つである。


「絶ッッッ対嫌です」

「お小遣い減らしますよ」

「行きます!」

「立場弱っ」


 レインが頬をひきつらせる中で、俺は結局女神様に敵わない事実に涙をこぼすのだった。

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