第31話 ほんの少しの変化
なんか次の作戦がどうこうとか言われたが、俺のやることは基本的には変わらない。
今日も今日とて、すれ違う人々に遠巻きに見られながら、クラーク領の市街地でゴミを拾い集める。
むしろレインが言っていた、次の作戦の準備を手伝えと言う命令の方が難しい。
俺の力は敵の殺傷に特化し過ぎていて、ひとたび戦場に出ればいくらでもやれることがあるものの、それ以外はからっきしだ。
戦うための準備――物資を用意したり、情報を集めたり、離れた場所に連絡を取ったりする上で俺は役立たず極まりない。
そしてそのことを、恐らくレインだけでなくヴィクトリアさん、さらにショタ神様だって把握しているはずだ。
俺に対してそれでも協力を要請したのは、『元魔王トールは味方である』という建前がなければ不安で不安で仕方ないやつらがいるというのが本線だ。
まあ、本当にやってほしいことがあるのかもしれないけどな。パシリとか。
「おい」
「ん?」
そんな感じで今後のことに考えを巡らせていると、不意に声をかけられた。
顔を上げれば、赤ら顔の冒険者が空き瓶片手にこちらを見ている。
オイオイ、昼から酒盛りか。大層なご身分だな。
「チッ……見て分かんねえのか。これ捨てとけよ」
「分かりました」
にこっと微笑んで、男の手から酒瓶を受け取ろうとする。
向こうも不機嫌そうにしながら瓶を差し出してきた、その時だった。
「あーーーーーーっ!?」
通りにクソデカい声が響いた。
何事かとそちらを見れば、ずんずんと大股に突き進んでくる別の男がいた。
あっちはなんか見覚えがあるな。
「んだよ、急にデカい声出すなって……」
「ちょ、ちょちょ、ゴミとかいいから!」
どうやら二人は顔見知りらしい。多分、一緒に飲んでいたのだろう。
だが新たにやって来た男は対照的に顔を青くした状態で、酒瓶をひったくっていく。
「お前ほんと何やってんだよお前さあ……!
「はあ? ゴミ拾いにゴミ拾わせてるだけだろ」
「いやいや、いいから。この人はいいんだって……!」
何やら俺にゴミを拾わせたくないらしい。
俺から仕事を奪うつもりか? しかしそれは……敵なのか? 味方なのか?
来世のために働いている以上長期的には敵なのだが、一方で俺に楽をさせようとしている点は味方だ。これはつまり怠惰な方向へと俺の背を押しているわけで、ああ敵でも味方でもない。こいつは悪魔だ。
「どうしたんです? ゴミなら受け取りますが……」
「いや!! いや本当にいいんです!」
どこまで拒絶するんだよこいつ。
一体全体どういうことなんだと、俺も酒瓶を押し付けて来ようとしていた男も揃って困惑してします。
あ、いや待て。なんかこいつ見たことあるな……
「……もしかして、この間の作戦で一緒だったか?」
「!! そ、そうです」
あー、なるほど完全に理解した。
「じゃあ気にするな。こっちもこっちで、これが仕事だから」
「あ……」
俺は有無を言わせず酒瓶をひったくり、彼らに背を向けて歩き出した。
恐らくあの時助けてもらったから忍びない、ということなんだろう。
最初から最後まで何もわかっていないやつが一人いたけど。
「…………」
しばらく歩き、ゴミをまとめていた路地裏へと入る。
手に持った酒瓶を、瓶ゴミ専用のごみ袋に突っ込んで息を吐いた。
そう、最近は少しだけ日々変化を感じる。
今のように、先日の作戦に参加した人たちは俺への対応を随分と変えていた。
見下している、腫れ物扱いをしているというのが今までだったのだが、ああいった変な遠慮をされる機会がぽつぽつと出てき始めた。
「別に、今まで通りでいいんだけどなー……」
独り言ちながらゴミ袋の口を縛る。
持ち上げられるのには、前世も今も慣れていない。
ああいうのは、俺以外にやればいいのに。
「……はあ」
「どうした、辛気臭い顔だな」
「あ?」
ゴミ袋を整理していると、路地裏に入って来る人影があった。
前に勇者レインと共に遠征へ行っていた、大柄な男だ。
「あんたは……レインの仲間だったよな?」
「ああ、俺はペリュス。そういうそっちは、トールで合ってるな。レインの命の恩人だろ、仲良くしてくれ」
「ペリュス、ね。よろしく頼むよ」
いや、客は彼だけじゃない。
もう一人……違う。一柱いる。
「ったく、何が清掃員だよ。気を回してて損した気分だぜ」
「そう言わないでくれ。俺だって掃除が好きで好きで仕方ないってわけじゃないんだ」
「ま、事情あってのF級なんだろうがな……しかし凄腕が増えるのは大歓迎だ。良かったら今度、遠征についてきてくれよ。正直レインについて行けるやつが増えるのなら、それ以上に助かることはねえ」
どうやら俺のことを随分と高くかってくれているようだ。
誰からどういう話を聞いたのかは知らないが、あの作戦の結果についても知っているんだろう。
「で、本題はそっちか?」
「ああ。あんたを探してるっていうから連れてきたんだ」
ペリュスの背後、今までよりずっと神威を抑えた状態で褐色肌の男神が佇んでいる。
俺が斬り飛ばした腕は綺麗につながっていた。
「元気な姿が見れて嬉しいよ。腕くっつかなかったら弁償しなきゃいけないかと思ってたからさ」
「フン。我が玉体は不滅だ」
全然不滅じゃなかっただろ。
まあ、そこをつついても仕方ない。
話の内容は大まかに予想がついている。
「レインとの勝負はあんたの負けでいいよな?」
「無論、既に彼女自身とも話をつけている。あのザマで勝利など口が裂けても言えん」
とても、とても不機嫌そうに彼は言った。
まあひっどい負け方だったもんな。
「だがそれは別にいい。貴様には恩ができた……礼は受け取ってもらうぞ」
「あ?」
どういう風の吹き回しだ、と困惑していると、男神がこちらに手を差し出した。
「紹介状だ」
「……ちゃんと内容を言ってくれ」
「貴様の働きを知り、神々の中でも貴様を戦士として重用したい者、脅威として排除したい者が現れている。その紹介状で顔を合わせられるのは、貴様を戦士としたいという一柱の神……次の作戦に貴様の参加を義務付けた者だ」
「……ッ!」
え? じゃあその神様と直談判したら、俺なにもしなくてよくなるんじゃね?
期待に自分でも目が輝くのが分かった。
だが男神は首を横に振り、気の毒そうに告げる。
「そいつは音楽と安らぎを司る女神、エルオーン――貴様が奏でる血飛沫と断末魔の音色を気に入ったという、愚かで残酷な女神だ」
「どこが安らぎを司ってんだよ」
前言撤回。
明らかにヤバい神様……神様? それもう邪神じゃねえの?
頬をひきつらせ愕然とする俺に、男神も、ペリュスも、ちっとも目を合わせてくれなかった。
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