第38話 勇者との楽しい食事

「毎日分厚いお肉が食べたいんだけど金がないから、腹いせにクラーク領内の高級肉を飼育してる牧場に夜な夜な忍び込んで嫌がらせに動物たちを追い回してたんだよ。そしたらそいつらの運動量が上がって肉質が向上したらしく、肉がもっと高くなって一生買えなくなった」

「急に何の話を聞かされてるの?」


 ご飯を奢ってもらうべくレインと個室に二人きりになってから、俺は適当にぺらぺら喋っていた。

 流石に奢ってもらっておきながらずっと無言なのはヤベーかなという気持ちでめちゃくちゃに嘘を話しまくっていたのだが、反応は芳しくない。


「あと、金色に塗れば、金色に塗られた側が勘違いして性能を上げるんじゃないかと思って、近所に住んでるおじいちゃんちの庭を全部金色に塗ったんだよ。そうしたら草だけじゃなくて石まで増え始めちゃって、庭の多頭飼育崩壊が起きてるらしい」

「まず金色に塗るところをやめよう! あと性能を上げた割りには草も石も増えることしか出来ないのが悲しすぎるかなあ!」


 まあ無言がヤバい以外にも、先ほど繰り出した話題があまりにも重すぎたかなという心配があった。ちょっと空気悪くしてない? と思って適当なことを言いまくっている。

 相手からの好感度を過度に下げてしまうと、最悪の場合は奢ってくれないまま店に置いて行かれてしまうからな。そんなことになったら翌朝まで留置所はカタい。ヴィクトリアさんになんて言われるか分かったものじゃない。


「普段裸で寝てる王子様がパジャマパーティーに来たら、やっぱり一人だけ違うから空気悪くなるのかな」

「それは裸で来たことじゃなくて、パーティーの作法に合わせてこない気質が空気を悪くしてるだけだね」


 どうもレインは常連なのか、メニューをチラりとも見ずに食事を次から次へと頼んでいった。俺は適当に飲み物を頼むばかりである。

 そのためテーブルには彼女が食べたいものが並んでいくのだが、これが意外と好みが共通しており、非常に嬉しい。


「ん、ふふ……」

「?」


 次は何を言おうか、と考えながら手を止めずにパクパク食べていると、レインは口元を押さえて笑い始めた。

 なんだ? 笑いキノコでも入ってたのか?


「いや、失礼。その、失礼ながら、トール君がここまで饒舌な人だとは思っていなくてさ」

「ああ……」


 まあそれは、本当はこんなに饒舌な人間じゃないから合ってるんだよな。

 今回だけの特別仕様である。特務隊仕様とか言い換えてもいい。両肩に追加ミサイルとか着けておこうかな。


「流石にさっきの話を忘れてあげることは出来ないけど。でも、楽しい思い出にはなりそうだよ、君のおかげで」

「そりゃどうも……どうせなら頑張って味方に引き込めないかな、とか考えてたんだけどなあ」

「ハハハハッ!」


 俺の言葉を直球のジョークだと思ったらしく、レインが派手に笑った。


「勘弁してくれないかトール君。私は神様を殺すつもりはないし、どちらかといえば、よほどの理由がない限りはそれを阻む側に立つつもりさ」

「そっか」


 俺は一つ頷いた。

 あまりにも正しい言葉だった。

 自分の立場を理解している奴は意思決定も早い。


 ――じゃあ事態が込み入った場合、こいつは俺が殺さないとダメか。

 勇者の体は脅威だが、初見殺しは通用するという話を本人から聞いている。フルパワーの権能で焼き尽くしてみて、ダメなら他の手を打とう。いや、無力化するだけなら別の手段が……


「……ッ」


 乱暴に首を振って、思考を無理矢理に切り上げた。

 何だ今のは。俺がエルオーンの味方になり、レインが暗殺対象の味方になるという、仮定に仮定を重ねただけの馬鹿みたいな考えだ。


「ま、あの話はいったんおいておこう。今はメシを楽しもうぜ」

「ああ、そうだね……このテールスープなんて最高だよ、黄金色に輝いてる。性能は向上しないと思うけど」

「さっきの話はもういいって」


 俺が思っていたよりも、彼女はよく喋るしよく笑う勇者様のようだ。

 元の世界では、じゃあ完成度が低いというか、まだ学習中なのかなという風に思うところなのだが。

 ……別の世界の勇者だっていうのなら、そういうこともあるんだろう。


「神様」

「うん?」


 パンに手を伸ばしたところで、レインはこちらに視線を向けてきた。

 世間話をするときの、何の変哲も無い顔と声だった。


「殺せるのかい?」

「…………」


 ああ、そうか。

 勇者レインはそういう話があったことに関して、まず『そもそも神を殺害する方法が確保されているのか』というところで疑問が生じるはずだ。


 しかしそこを聞かず、さもそれは当然の前提条件であるかのように振る舞っていたのは、俺の態度を見るため。

 案の定俺はそのことについて、まったく話題に出さなかった――そんなものは論じるまでもないと態度で示してしまっていたのだ。


「怖い勇者様だな」

「それはお互い様だろう」


 俺は肩をすくめて、今度こそパンに手を伸ばした。


「……トール君、君が敵でなくて良かったよ」

「お互いにそう思い続けられる関係を築いていこうぜ」


 俺もレインも、言葉を交わして同時に笑った。

 きっとその関係でいられるかどうかは、俺たちよりも世界がどんなもんか次第だろうな、と双方分かっていたから。


 あー……エルオーンに返事しないとなあ。

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