第37話 相談されるのも勇者のお仕事
「あ、ありえないだろうトール君……」
わなわなと震えながら、勇者レインは俺の言葉に顔をひきつらせた。
路上で彼女を取っ捕まえた後、俺は場所を変えて人気のない公園まで来ていた。
「その……忘れているかもしれないけれど、私、勇者だよ? 神様たちに色々と指示されて働いたりしてるし、社交界とかにも呼ばれてるんだよ?」
「おっ、今の特権を盾にしてくる悪いやつっぽくていいな」
「話聞いてる?」
思ったことをそのまま口にしたら、レインは額に青筋を浮かべた。
「そんな私相手に、神が神を殺そうとしているなんて言って……相談に乗るのは別にいいが、それはそれとして見過ごすはずがないだろう!?」
彼女の言い分は実にごもっともだった。
勇者というのは本当に厄介な立場だ。絶大な権利や莫大な恩恵を受ける代わりに、極めて厳しい制限を受ける羽目になるからな。
実際の行動だけでなく、思想面でもある程度の縛りが生じるのである。
「まあ、立場としてはそうなるんだろうけど。でも一番レインが相談相手としては適切だと思ったからさあ……」
知り合いを順番に挙げていくと、どうにもレイン以外の候補が出てこないのだ。
確認してみよう。
ヴィクトリアさんは論外だろう。エルオーンと旧知の仲っぽいし。
パトリシアもなんかダメそう。あいつなんだかんだ神嫌いだもん。
アルバートは立場がレイン以上に神寄りなのでダメ。
ショタ神様は……なんか、俺のためのアドバイスはしてくれなさそう。
というわけでもうレインなのだ。
冷静に考えると、こう、確かに勇者様に言っていいことではないよなあ!? と自分でも思う。でも他にいないんだから仕方ないじゃないか。
「私が一番適切って……それは、消去法の結果かい?」
「うん」
俺の返事を聞いて、レインは苦い表情を浮かべた。
なんというか、『こいつほんとダメだな……』と言わんばかりの顔だ。
「何かおかしいか?」
「いや、だって……神様関連の相談相手が消去法で私になるのだとしたら、交友関係が尖りすぎているんじゃないのかな? 見直すことをオススメするよ」
そんな……俺の交友関係、神様元悪役令嬢聖騎士神様に勇者を加えて終了してるけど、別に尖ってないはずなんだけどなあ。あと飲み屋。
ハイ嘘です。尖りすぎている。尖りすぎて週刊誌を挟んでおかないと助からなさそうだ。
「まあ、声をかけてくれたのは嬉しかったよ。私としても、ここまで遠慮無く話しかけられたのは……うん、そうだね、素直に嬉しい気持ちが勝つかもしれない。いや、本当に容赦なくここまで連れてこられたけどさ」
レインは何やら悩ましげな表情で嘆息した。
今日はオフの日だったのか、可愛らしい私服プラス眼鏡プラス帽子と、ぱっと見では天下無双の勇者様だとは分からないような外見になっている。
……あれ?
「……ん? もしかしてなんだけど、今日オフでお忍びだったりしたか……?」
「今気づいたのかい!? 見たらわかるだろう普通ッ!」
顔を赤くしてレインが叫んだ。
「な、なんだっていうんだ、まったく……こちらばかり意識しているのは分かっていたが、こうも意識に差があるなんて……」
ぶつぶつと呟きながら、勇者様が顔を振る。
普段とは違うってのは分かってたけど、そんなに違うとは。これは悪いことをしたな……
……いや、普段というのはあくまで見る機会が多いという意味に過ぎない。
レイン本人からすれば、むしろこちらの方が普通なのかもしれない。
「今まで見る機会が多かったのは、勇者としての姿の方ばっかだったからさ。今回は可愛くてびっくりしたよ」
「か、かわ……!?」
見れば見るほどにオシャレだ。
今日出会ったエルオーンはかなり現代的というか、トレンドに乗っかって自分を可愛らしく飾り付ける、神様らしからぬ外見だった。
しかしレインは柄や色使いなどはシンプルにまとめつつ、洗練された着こなしで素材の良さを引き出している。
もしかしてこの後デートだったりするのだろうか。
だとしたら、俺なんぞが絡んでいるのはさぞ不快だろう。
ここは迅速に撤退するとしようか。
「オフの時に悪かったよ。じゃあ、俺はこれで」
「あっ……」
とりあえず相談相手として不適切なのは分かった。
俺は彼女に軽く手を振ってその場を去ろうとする。
「ま、待って!」
だが一歩踏み出す前にレインがこちらの腕を掴んだ。
「ん? どうした?」
「その……あっ、えっと。よく考えたら、二人きりだな、って……」
「最初からそうだけど……」
もしかして俺に見えない誰かがいたりするの?
ちょっと待ってくれ、怖いんだけど。
俺幽霊とか苦手なんだよ……幽霊って攻撃効かないんだろ? 絶対嫌だ……
「そうじゃなくて、珍しいじゃないか。だからその、ご飯とか、どうかな……」
「え? 大丈夫なのか? 俺F級だし……」
「だ、大丈夫さそんなの! 勇者っていうのは他人の相談を受けるのも仕事の一つだ、うん! だからあれだ、さっきの話を詳しく聞くよ、心配なら個室も取ろうじゃないか! うんうん! だから、その……えっと……だめかい……?」
彼女は指と指を突き合わせながら言った。
頬を染めて、こちらの様子を上目遣いにちらちら伺いつつのお誘いである。
うわあ可愛い。凄いねこれは。
「あー……まあ、いいけど」
動揺を悟られないよう表情を制御しつつ、俺は肩をすくめた。
「色々と付き合わせちゃったしな。ここはお前に奢ってもらうよ」
「あっ、うん……うん!? あれ!? 普通逆じゃないかな!?」
予定あったわけではないっぽいし、たくさん奢ってもらっちゃおうかな。
稼ぎがない時は、人様にたかるに限るね。
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