第36話 神殺しの依頼

 神を殺す――言葉にすれば簡単だ。

 神様はその辺を歩いている。買い物してるかもしれないし、飲み食いしてるかもしれない。なんなら女を侍らせて闊歩しているやつだっていた。

 案外、後ろからナイフでブスっといけば死ぬかもな。


 だが少なくとも、好奇心からそれを試そうとするやつを見たことはない。

 無駄に決まっているだろうと誰もが無意識下で予想しているし、それは事実として無駄だからだ。


『当然だろう■■トール。神の体……いや、体という言い方は物質としての在り方に寄りすぎているか。神の存在に干渉するためには多くのハードルがあるのだからね』

『散々聞いたし痛いほど分かってるっつうの。いやていうか姉貴、俺その辺はマジで痛みで覚えさせられてるから……』

『ハッハッハ、ウチの神様たちはいたくスパルタだからね。なら分かっているだろうが、神々は物理衝撃には極めて強く、爆撃を浴びても傷一つつかない』

『まあ……最初期は数発だけ核を撃ってみたけど効果なくて、人類オワタってなったんだろ?』

『その通り。そしてもちろん魔法耐性もある。一定クラスに到達しない魔法や神秘は弾かれる。私のように聖騎士と呼ばれる神の加護を受けた騎士は、この性質を部分的に複写されているからこそ強いのさ』


 かつて、そんなふうに説明してもらった。


『さらに厄介なのは、その神様が司る概念に近しいものであれば、たとえ敵意を持って放たれたものだとしてもその神の支配下に下ってしまう点だろうね。火を司る神様に火炎放射器で挑んだら自分が黒焦げになるだけ、という例えが一番わかりやすいか』

『ああ……だからこの間の連中、武器を司る神様とか、死を司る神様とか、ああいうのは別格に強かったんだな』

『現状の■■トールでは太刀打ちできないだろう。あの手の連中と遭遇した際にはまず逃げるんだ、いいね?』

『はいはい』


 確かに当時の俺では、百回戦っても百回ブチ殺されて終わりだろう。

 とはいえやりようのない、完全に無敵な存在ってわけではない。


 先日の戦闘でも、背信者たちが用いた毒素は作戦に参加した男神を追い詰めていた。

 しかしそれは例外中の例外。普通は無理なのである。ていうかあの毒マジで何? あれタイムスリップして俺が元居た世界にばらまきたいんだけど。


 ……まあ叶わない夢は置いておいて(偉い神様にお願いすればできるかもしれないけど)。

 女神エルオーンが口にした願望は、俺相手に託すものとしてはこれ以上なくぴったりだった。

 なにせ俺は、誇れることではないものの、神殺しを単独で達成した経験がある。武器を司る神様も死を司る神様も希望を司る神様も平和を司る神様もみんな殺してきた。


「……とはいえ、なあ」


 エルオーンの館から出た後、俺は彼女が管轄する領土の喫茶店で陰鬱な声を漏らしていた。

 彼女は無用なリスクを避けるために、詳細は俺がその仕事を引き受けてからにすると言った。


『トールくんに殺してもらいたい神は一柱だけなのと、そいつは結構強いのと、理由は私の私怨なのと、当日のアリバイ作り含めて全面的にバックアップするの……教えてやれるのはこれぐれーでございますね』


 正直、あまりにも受けようという気になれない。

 俺をマシーンか何かだと思っているんじゃないだろうか。

 つーか神を殺すとか、もう嫌なんだが。前世がオワオワリだったから来世は頑張りたいって言ってんのになんで前世と同じことやんなきゃいけないんだ。


 憤りをぶつけるようにして、まあまあなお値段のするコーヒーを豪快にすする。

 美味い。人生ぐらい苦いのがいい感じだ。


「あ、すみませんお代わりを」

「かしこまりました」


 近くを歩いていたウェイトレスさんに注文をしてから、椅子に座りなおす。

 一杯で俺が普段飲むときぐらいのお金が飛んでいく。感覚が馬鹿になりそう。


 万年金欠の俺がこんなリラックスタイムを過ごせているのは、エルオーン直々にここら一帯でのみ使える商品券をもらったからだ。

 これは事実上の先行投資、いや事実上の前金かもしれない。とはいえ女神様からお金を恵んでもらうことに慣れ切ったこちらとしては何の恩も感じない。

 逆に、みんな俺にお金を渡すべきだと思う。そうした方が俺は怠惰に贅沢ができるから。


「どうぞ、お代わりのコーヒーです」

「ああどうも……」


 空っぽになったカップを隅にどけると、次のコーヒーが机の上に置かれた。

 なんか文字が書かれたナプキンと一緒に。


『エルオーン様は三日待つとのことです。もちろん、誰にも話さないように』

「ごゆっくりどうぞ」


 ウェイトレスさんがまぶしい笑顔とともにそう言ったものだから、俺はつられて笑った。

 何が音楽と安らぎを司る女神だよ。契約とたくらみの間違いだろ。


 ◇


 針の筵ということがよくわかったのでクラーク領中心部へすぐ戻った。

 常時監視状態に置かれているのは承知の上だが、それに重ねて別枠で監視を受ける気にはなれない。


「……ってことがあったんだ」

「それ他人に言っていいことなのかい?」

「多分ダメ」

「なんで言っちゃうんだい!?」


 しかし一人でウダウダ考えてもあんまりいいことにならなさそうだ。

 というわけで俺は、手っ取り早く一人、地獄への道連れを増やすことにした。


「相談相手としてはお前が一番かなと思ったんだよ」

「えっ……そそれは、その、信用に値すると、思ってくれたってことかな……?」

「だってほら……お前が俺の味方してくれたら、なんかこう、俺がエルオーンをブチギレさせても許されそうじゃない?」

「許されるわけがないんだけどお!?」


 哀れにも一人で買い物しているところを俺に見つかった少女。

 勇者レイン・ストームハートは紅髪を振り乱し、悲鳴を上げるのだった。

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